第56話

明の異変を感じた白田は、彼が居るアーケードへと駆けつけた。


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白田はスマホを手にしたまま、アーケードを急ぎ足で歩いていた。

何とか明に居場所を聞き、タクシーでアーケード入り口まで来た。

美鳥と言う喫茶店・・・・それだを頼りにそれらしき店を探して焦る気持ちで小走りで走る。


見つけた


昭和香る古めかしい美鳥と書かれた看板。

白田はそこへ走り寄るが、店はシャッターが閉まっていた。

それも営業時間終了という訳ではなく、店の外観から既に廃店のようだった。

白田は周りをぐるりと見回し、明の姿を探す。

だが、それらしき人は居ない。

そこで電話を掛けようとするが、ふと目に止まった路地への入り口。

隣のテナントの距離は、2メートルも無い。

薄暗い路地に近づき、闇が深い空間を見る。


ここで電話を掛けていたのか・・・・


明の声の反響や、周りの雑音が遠く聞こえる状況から考えれば、この路地に明が居たと予測できた。

何故、こんな所で。

アーケードの通行人から人目につきにくい空間。

普通に考えれば、こんな場所に入り込む状況なんて身を隠すことぐらいしか思いつかない。

電話口の様子のおかしかった明、そしてこの状況に不安がぐわっと大きくなる。

光が届く範囲には明の姿はない、なら奥なのか・・・と白田は一歩路地へと足を踏み入れる。


「白田」


アーケードの方から、名前を呼ぶ探し人の声。

その声の方に振り向くと、明が居た。

手にたこ焼きを持って、モゴモゴと口を動かしている。

緊張感ゼロの明の姿に、白田は走り出して明に飛びつく。


「なっ!?」


抱きしめる白田に、明は咄嗟にたこ焼きを持つ手を広げて潰されることを免れる。


「心配した」


ぎゅっと明の体を包む腕に力が篭もる。

通行人の視線が、2人に突き刺さる。


「別に心配するような事」


「何言ってるの、様子がおかしかったし・・・」


体を離して明の顔を覗き込む。

いつも通りの、表情のない明。

今は何の変化も見当たらない。

しかし、電話の時は明らかに変だった。


「送っていくよ」


「あ?何で、別に一人で帰れるし」


「駄目、俺が心配で気が気じゃない」


「はぁ?意味わかんねぇ・・・・・・・・・なぁ・・・」


明が何かに気づき、じっと足元を見る。

白田はその視線の先を見た。


「!?」


「ぷはははははっ」


びっくりする白田に、笑い出す明。

白田の足元、左右の靴が違っていた。

右は革靴なのに対して、左はショートブーツ。


「普通気付くだろう、あはははははは」


履き方も履き心地も違う靴を気づかずに履いてきた男に、明は歯を見せて爆笑する。

それほどに心配し、一刻も明の元へと焦っていた白田。

格好悪いところを見せてしまったと恥ずかしい反面、明が声を出して笑う貴重なシーンにまぁ良いかと思ってしまう。


「そんなんで、家まで付いてくんなよ」


「恥ずかしいから、明そばにいてよ~」


「無理、知り合いと思われたくない」


「絶対、離れないから」


結局、明に何が起きたのかハッキリとしないままだ。

ここで聞き出そうとすれば、明は正直に話してくれるのだろうか・・・


たこ焼きを手に歩き出した明の隣に並ぶ白田。

「近づくな」と言う彼に、ピッタリと肩を寄せて歩く。

押しのける事をせずに、口先だけっで嫌がっている明は本気で嫌がってない事は解る。


もし、本気で聞き出そうとすれば、押し退けられるかもしれない。

日富美が『もしかしたら辛くなって白田さんと距離を取るかもしれない』と言った言葉が頭に浮かぶ。

明の過去が、今日の出来事に直結してるとは。

だが過去に受けた影響が、今も残っているとしたら・・・・・最初に受けた、明の不器用な距離感。

人を突き放すような攻撃性と、ガードの固さ。

やっと心を開いてくれた明が、また出会った頃に戻ってしまったその時・・・・・もう二度と心を開いてもらえないかもしれない。

それだけは避けたい。

やっぱり・・・・あのアドレスを見た方がいいかもしれない。

明の過去を知れば、彼が何に影響を受けているか少しでも解るかもしれない。

彼が不安に思っている事、恐れている事から守ってあげたい。

白田は明のたこ焼きをせがみながら、漸くあのURLにアクセスする決心をした。



******



愛野宅前



静まり返った住宅街に、タクシーが一台停まっている。

後部座席の扉が開きっぱなしで、客が乗り込むのを待っているかのようだ。

つい先ほど到着した、愛野家。

家の敷地に入っている明を、見送る為に白田はわざわざタクシーから降りている。


「気にしなくていいよ。俺が勝手にタクシーに乗ろうって言ったんだから」


ここまでの料金を払おうとする明は、白田に遠慮された事が不服なようでずっとブチブチと文句を垂れている。


「けど、お前がわざわざ来る事なかったんだぞ」


「それも、俺が勝手に来たことだしさ。明の事が心配で、家でじっとなんて出来なかったよ」


「・・・・・・・・・」


白田の言葉を素直に受け入れる事が出来ずに、不満顔の明。

そんな明に、クスリと笑いを漏らしてしまう白田。


「ほらっ、今日は冷えるから早く家の中に入って」


普通ならば、送ってくれた人間を明が見送るべきだ。

だが、それすらもさせてもらえなさそうな相手に、明は諦めの溜息をつく。

クルリと男に背中を向けると、ポケットからキーケースを取り出す。

玄関の扉の前に立ち、鍵穴に鍵を差し込む。

それでも背後の男は、未だ動く気配がない。

明が家の中に入るまで、待つ気でいるようだ。

そんな過保護過ぎる男に、もう一度溜息をつく明。

そしてクルリと男の方へ向き直すと、スタスタとそばに寄り。


「今日は、ありがとう」


と小さな声で口にすると、男の反応を見ることもなくまた玄関へと戻り

今度こそ、家の中へと入った。

ガチャリと鍵を締めて、靴を脱ぎ2階の自室へ向かう。

か〜〜〜と熱くなる頬を感じて、意味もなく階段を上がる足が早くなる。


本当は嬉しかった。


電話をくれた時、平然を装っては居たが、ちょっとした異変を感じとって駆けつけてくれた白田に胸が熱くなった。

抱きしめられた時の安堵感は、今でも思い出せる。

彼が来てくれた事で泣きたい程に切ない感情が、一瞬で消え去った。

そして・・・・・・本当はお礼の言葉ではなく。

帰らないで、もっと側に居ていほしいと言いたい気持ちがあった。



57へ続く

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