6. 試験開始
「ここでアンタをブッ倒せば成績に色がつくってもんだぜ!」
「大人しくここでくたばんな!」
怒号と爆音が平野に鳴り響く。
入学試験に参加した生徒たちがライバルを減らすために色とりどりの魔法を用いて、各々の得意な戦闘スタイルで戦っている。
戦闘が激化しているエリアでは、炎が燃え盛っているかと思えば、一瞬で草花が凍り付き、はたまた一陣の風が竜巻へと変わり氷や炎を吹き飛ばし、その竜巻を突如隆起した岩壁がかき消していたり。
「………マジで何でもアリだな。」
そんな様を、大木の上からスマホのカメラを通して湊は眺めていた。
電波は通じないが、それ以外の機能は生きている。
望遠鏡の代わりとして持ってきたスマホがこうして役に立ってくれたのは行幸だ。
「これはいよいよ平野に出ていく選択肢はないな………。」
そう言いながら湊は木から降りた。
幸い、この試験に参加している人間は血の気が多い奴らばかりらしい。
こんな森の中にまでやってきて標的を見つけるよりも、障害物のない平野にいる奴らと喧嘩したほうがやりやすいのだろう。
「喧嘩するのは俺の実力的に厳しいし、ここら辺で身を潜めるのが得策だな」
鬱蒼と生い茂る木々の間を掻き分けて、更に森林の奥へと進む。
エリアの外に出れば警告されるとの話だったが、今のところ何も言われていない。
どうやらとてつもなく広い敷地だと思っていたが、想像以上らしい。
「人に見つからないように………。」
なるべく腰を落とし、見つかることがないように歩を進める。
ゆっくりゆっくり進みながら周りを見渡しながら隠れるのに適した場所を探していると。
「おっ?これは洞窟か?」
入り組んだ森の先に大きな洞窟を発見した。
チラッと見た感じ、縦穴では無く横穴みたいだ。
「ギリギリまでここで時間を潰すのもアリかも知れないな………」
洞窟に入るにあたり懸念する点は主に2つ。
1つは原生生物の有無だ。
虫や蝙蝠、鼠などの小型生物はもちろんのこと、このようなファンタジー世界であればボス級の所謂『魔物』が潜んでいる可能性も否めない。
そしてもう1つは自分と同じような思考を持つ人間の存在だ。
この森に身を潜めて、自分と同じような思考を持つ人間には出会っていないものの、自分以外の人間が全員戦闘民族であるとは思えない。
まぁ、そのような思考を持つ人間と鉢合わせた時、大喧嘩になる可能性もあるかもしれないが、もし自分と同じ考えならば、協力体制を築けるかもしれない。
「今の俺の戦力を考えると、協力者は多い方がいい、かな?」
そう呟きながら腰元の銃を引き抜く。
これは入試前に帽子屋から貰った『麻痺銃』だ。
帽子を被った彼曰く、こちらは対象を麻痺させ行動を止める効果がある、らしい。
そしてもう一丁の銃。
こちらは最後の切り札ではあるものの、人に対しての発砲は推奨されていない。
『麻痺銃』の装弾数が9発に対し、こちらの銃の装弾数はたったの1発。
撃つ機会は無いだろう。
「まぁ、ここでウジウジしててもしゃーないか」
湊は自分の頬を軽く両手で叩き、意を決して洞窟へと歩みを進めた。
※※※※※※
「………ちょっと肌寒いかも」
春物のシャツに薄めのパーカーという服装は季節的な視点でみたら正しいと思うのだが、如何せんこの薄暗い洞窟にはミスマッチだ。
懸念していた点の1つ、原生生物の有無に関しては今のところ『無』だ。
自分がこの洞窟を踏みしめている足音と、ぴちゃん、ぴちゃんと音を立てて垂れ落ちる水滴の音のみが反響し響き渡る。
スマホのライトを頼りに先へと進む。
時折、あの時見た翅のついた球体が洞窟内部を出たり入ったりを繰り返している。
「一応、ここも監視システムが届いているってことか」
『監視システムの目が届く限り、死の心配は無い』だったか?
こんな人目のつかなそうな所まで目を届かせているとは、以外にしっかりしているんだな。
死ぬ心配は無いのかな、そうだといいんだが。
「………ん?」
湊は足を止め、物影へと身を潜める。
自分以外の足音が1つ、洞窟の奥からこちらへと向かってくる。
ライトを消し、息をひそめ、暗闇に目を慣らす。
腰元の『麻痺銃』に手をかけ、いつでも撃てる体制を整える。
やがて、向こうからやってくる足音は、湊が先程まで居た場所の付近までやって来て、歩を止めた。
「………居るんだろう?そこに」
女性の声がする。
アナウンスで聴いたような大人の女性の声ではなく、自分と同年代なような気がする。
「返事は無し、か?なら、君は私達に『敵意』を抱く人物ということか」
「わーっ!!ちょ、ちょっと待ってくださいよっ!!」
ここで衝突するのは自分にとって分が悪い。
そう考えた湊は考える事を放棄して、飛び出してしまった。
そこにいたのは少女だった。
黒く、長い髪をポニーテールに纏めていて、鋭い目つきで整った顔立ち。
そして何より、服装が現代的である。
腰元には木刀を持っている。
これは体育の時に習った剣道の『
「………もしかして、日本人か?」
思いもよらぬ質問に面食らう。
もしかして、この様な質問を飛ばしてくると言う事は――――。
「じゃあ、あなたも『現実世界』からやってきたって訳ですか?」
「そもそも、この世界で生きてきた人ならば『現実世界』はここだと思うんだけどな」
困ったように目の前の少女は笑う。
しかし、少女は湊が腰元に手をかけているのを見て、すぐに真顔に戻る。
「………あの~、とりあえず自己紹介でもしませんか?」
「それは、何故?」
目の前の少女は、静かに湊に問いかける。
お互いに、警戒状態を崩すことはない。
「いやー、こんなところで時間を潰しているくらいだし………。俺たち仲良くできるんじゃないかなーって思って………。」
「なるほど。一理あるな。」
少女は納得したように頷く。
ただ、相変わらず湊に対して警戒していることに変わりはない。
「ただ、その考えを持っているのなら、君から自己紹介してもらいたいものだがね。」
「………そうっすね、俺の名前は最上湊です。」
湊はひとまず自分の腰元の銃から手を離す。
自分から警戒状態を解いて、名前を告げる事で相手にも同じ動きを促そうと考えたのだ。
「………君は甘いな」
しかし、それはどうやら悪手だったらしい。
警戒状態を解いた湊を見た少女は、先程よりも強く木刀を握り、大きく1歩踏み込んだ。
「一閃、『花見酒』!!」
彼女がそう叫ぶと、湊と少女の間の空けていた、かなりの距離を一瞬で詰める。
少女の鋭い眼光は、湊の首筋を鋭く捉えており、低い姿勢を保ちつつ彼女の持っている木刀を抜刀する。
「危ねぇッ!?」
湊は、その攻撃を、上体を反らし間一髪で躱す。
まるで、昔観た事あるハリウッド映画の様な体勢で攻撃を躱したため、そのまま尻餅をついてしまった。
少女は、湊の行動に一瞬驚いたものの、すぐに尻餅をついた湊に再び追撃をしようとしている。
「くそっ!!」
湊は、問答無用で攻撃を繰り出してくる少女に対して銃を抜く。
銃口が自分の方を向いていることを確認した少女の攻撃は、首筋へ届くことなく宙で止まった。
「………まさか、避けられるとは思ってなかったよ。」
「俺だって、急に殺されかけるとは思ってなかったけどな!?」
湊が必死の形相で放った一言に、少女はくすりと笑い、木刀を納めた。
「
彼女はそう言って、湊へと手を伸ばす。
湊は、その手をしぶしぶ取って立ち上がる。
「キミの言う通り、別に私も積極的争う姿勢はないよ。仲良くしよう」
そう言って、微笑む真宵。
しかし、数秒前に殺されかけた湊は、彼女に対して苦笑いを返すことしかできなかったのであった。
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