主探し
第1話 メイドの勤め
――行ってくる。
そう告げて主が出ていったのはいつのことだったか。
代わり映えのしない日々を繰り返してきたフィリアには、すでに分からなくなっていた。それでも彼女は主の帰りを待ち、メイドとしての役割に徹してきた。季節のない空を臨む窓を拭き、床を掃き、家具を修繕し、布を繕い、出来る限りのことを毎日欠かさず続けた。
一度閉じられた扉が、再び主の手により開かれる日のために。
そして二週間前、ようやく扉が開かれた。
だが、現れたのは待ち焦がれていた主ではなく、四人の男。
しかも、見てくれからして、フィリアの主が好むような人種ではない。
来客と捉えるには無理のある相手に、屋敷の守りを任されているメイドが選んだのは――それでも客人としてもてなすこと。
何故なら、彼らは主のサインが入った紹介状を持参した上で、主からしばらくの間ここを使うように許可を貰ったと言ったのだ。
正直なところ、不信感しかなかった。
しかし、受け取った紹介状に不審なところはなく、以来、彼らは主の客人としてこの屋敷に逗留している。
もちろん、従順なメイドであるフィリアは、主のために客人たちをもてなした。食事を用意し、部屋を掃除し、客人たちが暮らしやすいよう努力は惜しまなかった。
とはいえ、主もいなければ金もない屋敷では、至らない部分がどうしたって出てしまう。それでなくとも、見た目通り粗野な客人を怒らせることは毎日で、殴られるのも蹴られるのもひっきりなし。メイドの体裁を保ってきた服さえも、客人たちの気分で時と場所を選ばず床を擦るため、不格好な縫合跡が増えていくばかり。
その都度感じるのは、本当に彼らは主の客なのかという疑惑と――紹介状の真偽まで確認してなお疑う自身への失望。
主のサインを持った客を疑うことは、主を疑うことに等しい。
こんな自分が主のメイドを名乗っていいものか。
この二週間、そんな葛藤を抱えるフィリアは、しかし、一方で希望を持つ。
主の客が現れたということは、そう遠くない内に主が帰ってくるのだと。
ゆえに、今日も今日とて、客人たちの横暴のせいでぎこちなくなった身体を引きずりつつ、フィリアは屋敷の点検に歩いていた。
幸いにも、と言うべきか、客人たちはフィリアに対するほど屋敷を粗雑に扱うことがなかったため、真新しい傷などは見当たらない。まあ、金目の物がなかったのが功を奏したとも言えるが。
屋敷にはそう呼べるだけの部屋数はあったが、フィリアの主が招く客は、美術品や宝飾類よりも、互いの見識を広めることに熱心で、華美な装飾よりも難解な議論を好んでいた。
ある日のそんな光景を投影し、束の間、誰もいない部屋を眺める。
知らず浮かぶ笑みにフィリアが気づく直前、
「ってぇな、クソが!!」
野太い男の罵声が響き、鈍い音が続く。
聞き慣れたソレに目を瞬かせたフィリアは、対象が自分ではないことに驚き、慌てて玄関ホールへ向かった。
だが、そこには誰もおらず、フィリアの目が自然とある一点を見る。
玄関扉を背にした正面奥、大広間へ続く扉。
罵声が聞こえてきた方向に間違いはないなら、残された可能性は此処のみ。
通常であれば、すぐにでも確認に向かうところだが、大広間は男たちが来てより、立ち入りを禁じられていた。
主の客に禁じられては、扉に手を触れることも憚れる。
そう思って近づこうともしてこなかったフィリアだが、只事ではない先ほどの声を思い出したなら、意を決してドアノブに手をかけた。
ゆっくりと押し開き、久しぶりに大広間を覗き――かけ、
「何してやがる」
「っが!」
迎えた男の胸板に反応する前に顔が殴られ、玄関ホールに倒れ伏す。
「も、申し訳ございません……あっ」
眩む視界で起き上がろうとするが、その前に足首を掴まれ、上に持ち上げられる。乗じてするりと下がるスカート。慌てて手を伸ばせば、仰ぎ見ることになる男の顔が、逆光の中で下卑た笑みを象った。
「んだよ、その反応。今更隠すような身体でもねぇくせしやがって、一丁前に誘ってんのか? ええ?」
「い、いえ、決してそのような――んんっ」
勘違いも甚だしい。
ただの「反応」だと説明できればどれだけいいか。
だが、客をもてなすメイドに興を削ぐような真似はできず、鼻息を荒くした男の拙技を受け入れるしかない。その内に気を良くした男は、フィリアのはだけた胸ぐらを掴んで立たせ、近くの客室へと向かい出す。
客の要望に付き合うだけのフィリアは、しかし、その陰で思い起こしていた。
ノイズに霞んだ視界の中で、確かに見た大広間の光景。
――力なく垂れる、小さな手を。
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