「第一章:ストレイド家は没落する運命にある」

第4話「ふたりの約束」

 白昼堂々と決闘に挑み、チンピラどもをことごとく病院送りにした僕のことを知ろうと、多くの記者たちが押しかけた。

 屋敷の者が総出で応対して追い返すことには成功したが、そのせいでヘラお母様は大いに怒った。


 後妻であるせいか、僕に辛く当たることの多い彼女は、ここぞとばかりに説教を開始した。

 やれ、年頃の娘がスカートをひるがえして暴れるなんてとんでもない。

 やれ、ストレイド男爵家の品位をおとしめるような真似をして。

 やれ、遊び歩く暇があるなら、礼儀作法やダンスの練習でもなさい。

 やれ、いつかあなたもしかるべき殿方に嫁ぐのだから、いつまでもふわふわ浮いた気分でいるんじゃありません。

 金切り声は1時間も鳴り止まなかった。

 

 心優しいお父様が止めようとしたが止まらず、意識を回復したベスが身を投げ出すように説得して、ようやく収まった。

 

 その後もベスは僕から離れず、どこか怪我は無いかとしきりにたずねてきた。

 あまりに何度も確認してくるので「ほら、大丈夫だろ?」とドレスの袖をまくったり裾をめくったりして肌を見せてやったら、「そ、そんな……っ、ベスにはまだ刺激が強すぎますうぅぅっ」とか謎の言葉を発して逃げて行った。


 おそらくまだ調子が悪いという意味なのだろう。

 大人しく自室に帰って寝ているように、他のメイドに伝言を頼んでおいた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 


 天蓋付きのベッドに装飾棚、猫脚の鏡台に猫をモチーフにした小物類にぬいぐるみ。

 広さにして20畳ほどもあるだろう豪華で可愛らしい自室に戻った僕は、ビロードの椅子に腰掛けながら耳に手を当てた。


「ヘラお母様のお小言こごとで未だに耳が痛いが……ともかく収獲はあったな。まずベスが僕のために無理やり起きて来てくれたこと。『友達』というにはほど遠いが、少なくともゲーム内のベスでは考えられなかった行動だ」


 ペンを取ると、猫の肉球がスタンプされた革の手帳に今日あった出来事を記していく。


「この体の能力を知れたことも良かったな。体力は無いが、質量が軽いせいだろう動き自体はそれほど落ちていない。キレとスピードでカバー出来るし、筋肉をつけて骨を強くすれば、もっと良くなるだろう。となれば、身を守るのに心配はないな」

 

 ふむふむとうなずきながら、これからやるべきことを書き込んでいく。


「前世の件は伏せておいたほうがいいだろうな。ゲーム世界のことも含めてこちらの人間に理解出来るとは思えないし、無用な火種を生みかねないし。頭がおかしくなったと思われて施設にでも入れられたらことだし……そういえばアリア発狂エンドとかいうのもあったっけ……。ということは直近の課題は……」


 1:筋肉増強、骨の強化。

 2:すべての破滅フラグの把握。

 3:内面の変化を悟られないようにすること(特に前世の件や掃除人の件)。

 4:友達作り(継続)。


「ま、こんなところだろう」


 僕は腕組みした。


「1は問題無い。2は……すべてというわけにはいかないが、大枠では覚えている。極力破滅フラグを踏まないように気をつけつつ、それでも踏んでしまった場合は力ずくではねのけると。3は……これはおそらくかなり難しいと言わざるを得ないな」


 ペンの尻で額をつつくと、僕はハアとため息をついた。


 はっきり言って、相手に応じて言葉遣いや態度を自由に変えられるほど、僕という人間は器用に出来ていない。

 掃除人をしていたのは生い立ちのせいもあるが、それ以外にふさわしい生き方が見つからなかったからでもあるのだ。


「前世や掃除人の件は口にしなければ平気だろうが、内面はにじみ出てしまうだろうな……。あるいは今回の一件のせいで変わったのだという風に持っていけばいいか? 大きな事故や怪我を経験したことによって性格が変わる人というのは一定数いるものだからな……」


「ねえねえお姉さまっ。お姉さまの『ぜんせ』は『おそーじ屋さん』だったのっ?」


「ああ、そうだ。それが何か………………うん・ ・?」


 ハッとして振り返ると、お目々をキラキラさせた幼女が僕の肩越しに手帳を覗き込んでいた。

 銀色のおかっぱ頭、アイスブルーの大きな瞳、ちんまりとした体にライトグレーのドレスを身に着けた、お人形のように可愛いらしい女の子──今年6歳になったばかりの妹のレイミアだ。


「なっ……レイミア……っ?」


「ベスとかリタみたいなことをしてたんだねえー、偉いねえー」


「どうして君は……いつからそこに……?」


「大きな男の人に『けっとー』で勝てたのもそうゆーことなんだねえー。そういえばリタなんか力持ちだもんねえー」


「ちょ……っ?」


 慌てて腕で隠したが、どうやら遅かったようだ。

 レイミアは手帳から目を離すと、どこから取り出したのか、頭にシャーロック・ホームズみたいな帽子を被って胸をそらした。

 

「ふふーん、レイミアはねー。探偵だからねー。『おんみつ』したり、『じょうほー』を見つけたりするのは得意なのですっ」


 そう言えばレイミアは読書家で、探偵小説が好きという設定があったっけ。だから6歳という年齢にしては識字能力や理解力が高いんだ。


「くっ……」

 

 僕は呻いた。


 どうしよう、最も知られてはならない秘密を民間人に知られてしまった。

 消すか? これぐらいのサイズなら死体を運ぶのも難しくはないだろうし、森の中に適当に穴を掘って埋めておけば……。

 いやしかし、あんな事件の直後にレイミアの行方が知れなくなったら、真っ先に疑われるのはこの僕では?


「大丈夫だよ、お姉さま。探偵は依頼人の秘密を守るものだから」


 焦る僕の腕を、レイミアが訳知り顔で優しく叩いてきた。


「……ん? 依頼人・ ・ ・?」


「そうだよ。だってそこに書いてあったでしょ。『ぜんせ』とか『おそーじ屋さん』のことは秘密で、なんか『友達』が欲しいんでしょ? 上のふたつはよくわかんないけど、色々危ないから鍛えようってことだよね?」


「あ、ああー……」


 レイミアの言いたいことがようやく理解出来た。


 1:筋肉増強、骨の強化。→体を鍛えよう!

 2:すべての破滅フラグの把握。→色々危ないからね!

 3:内面の変化を悟られないようにすること(特に前世の件や掃除人の件)。→とにかく秘密で!

 4:友達作り(継続)。→依頼人キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!!

 

 という理路展開らしい。


「なるほど、なるほど……」


 どうやらレイミアは、『掃除人』のことを本当にお掃除する人だと思い込んでいるようだ。

 チンピラたちを全滅させた僕の力も、『前世』のそれのおかげだと。


『友達作りの協力』が探偵のする仕事かどうかはともかく、そういうことなら都合がいい。

 レイミアの誤解を、むしろ利用してやればいいのだ。


「ううむ、さすがにそこまで見抜かれてはしかたないな。さすがは探偵だ。白状するよ。君の言う通りで、僕の前世は『掃除人』なんだ。だがこのことは秘密だ。絶対に誰にも喋っちゃいけないよ?」


 僕が認めると、レイミアはパアッと笑顔になった。


「向こうの『掃除人』業界は争いが激しいからね。下手をすると敵の組織がこちらまで追いかけて来て、みんなが狙われてしまうかもしれないからね、絶対だよ?」


てきのそし・ ・ ・ ・ ・きにね ・ ・ ・らわれる ・ ・ ・ ・!? ひゃーっ、『おそーじ屋さん』って怖いんだねえええぇぇぇぇーっ!?」


 何がそんなに琴線きんせんに触れたのか、レイミアはその場でドタドタ足踏みして興奮し出した。


 ちょっと声が大きいが、これぐらいの女の子が騒いで回ったところで信じる大人はいないだろう。

 もしどうしても邪魔になったら、その時こそ事故に見せかけて始末すればいいだけだしな。


「うんわかった! レイミア言わない! お姉さまとの約束ね!」


 僕の計算も知らずに、ふんすふんすと鼻息を荒くするレイミア。

 

「ようし、いいぞレイミア探偵。では改めて依頼をしよう。君の言う通り、僕は『友達』を作らなければならないんだ。それは前世からの引き継ぎ『任務』でね……」


 自分に絶対的に欠けているコミュニケーション能力を補完するべく、僕はレイミアと手を組むことにしたのだった。

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