第2話「特技はゴミ掃除」

 ベスの苦しみ、ベスの悲しみ。

 僕を突き動かしたのはしかし、それだけではない。


『多くの人と接し、友達を作ること』。

 それが『ボス』の下した最後の『任務』だった。


 正直、意味はわからない。

 果たしたからといってどうなるわけでもないだろう。

 だがそれは、積極的に反故ほごにしていい理由にはならない。

 退職していない以上、僕は依然として『組織』の『構成員』なのだから。

 最強をうたわれた『掃除人』なのだから。

 

「友達……ね」


 いかにもめんどくさい話だが、『任務』は絶対だ。

 子供の頃から傍にいるベスはその対象としては申し分ないわけだし、ここはひとついい所を見せておくとしよう。


「おい、君」


 ベスを背後に隠すように動くと、僕は大男に言った。


「わかったよ。君の要求も、腹積はらづもりも」


「おお、わかってくれたか。そいつあ話が早え──」


「その上で言わせてもらおう。相手が悪・ ・ ・ ・かったな ・ ・ ・ ・と」


「……ああ?」


 大男の目が、スッと細くなった。

 ギュウとこぶしが握られた──暴力の気配。


「僕はベスを信じる。君はチンピラであり、か弱き貴族の子女を狙って詐欺を働く卑劣漢だ」


「……なんだと?」


「衛士を呼んでもいいが、それではこちらの気が晴れぬ。よってここは、君の言うように紳士の流儀・ ・ ・ ・ ・でやらせてもらおう」


 レースの手袋を脱ぐと、僕は即座に大男の顔面に投げつけた。


「そら、いかに愚鈍な君でもわかるだろう? 君と僕の誇りを賭けた『決闘』の始まりだ」


 手袋が地面に落ちるまで、大男は自分がされたことに気がつかなかったようだ。

 無理もない、これほどサイズに差のある小娘に決闘を挑まれるなど、普通は考えないだろう。


「おま……はあ? 決闘だああっ?」


 驚きは、すぐに嘲笑に変わった。

 大男そして大男の手下たちが、一斉に下卑た笑い声を上げた。


 ──お嬢ちゃん何言ってんのー? 本気? 本気なのー?

 ──ぐはーっ。可愛いすぎておじさんやられちゃったあーっ。

 ──おいおい誰か、決闘見届け人を連れて来いよっ。もっともこんなの信じてくれたらの話だけどなあーっ。


 僕の言葉を強がりととったのだろう、みんな揃って笑い崩れている。


「いいぜえ、お嬢ちゃん。その決闘、受けてやる。だが、わかってんだろうなあー? 決闘ってのは己の誇りを賭けた勝負だ。敗者はすべてを失う。高貴な身分のお嬢ちゃんだって、例外はねえ。その意味がようー」


 大男はニヤニヤと笑いながら僕の体を眺め回した。

 年端もいかない僕の体を目だけで犯しているのだろう。ゲスめ。 


「お嬢様……どうかご穏便に、ご穏便に……っ。お金なら、わたしが頑張って働いて返しますから……っ」


 ベスの反応も、これまた当然のことだ。

 温室育ちのお嬢様が、まさかこの大男に勝てるわけがない。

 衆人の前で傷をつけられ、汚されるよりはと考えたのだろう。

 

「心配するな、ベス」


 僕はベスに背を向けたまま、大男に向かって歩き出した。


「実はな、たった今思い出したんだが……」


 手にしていた日傘を開くと、勢いよく上へ放り投げた。

 

『…………っ!?』


 誰もが驚き硬直する中──ダダンと強く踏み込むと、地面からの反発力を利用して大きく跳んだ。

 空中で体を捻ると、足の甲を大男の顔面に叩きつけた。


 産まれてこの方まったく鍛えていないお嬢様の肉体だから難しいかと思ったが、存外上手く動いてくれた。

 僕の蹴りを食らった大男の体はギュルンとばかりに回転し、石畳の上を数回バウンドして、最終的には店舗の壁に叩きつけられ、気絶した。


 周囲があぜんとする中、僕はスタリと着地。

 ちょうどのタイミングで落ちて来た日傘を受け止めると、ベスに向かって振り返った。


僕はゴミ掃 ・ ・ ・ ・ ・除が得意な ・ ・ ・ ・ ・んだ ・ ・

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