472 クリスの秘策

 御苑をお借りしたい。クリスに何かを渡したいと聞いてきたノルデン国王フリッツ三世に対し、そう答えたクリスの願いを国王は受け入れた。その理由を問われたクリスは、普段貴族でさえ入る機会が少ない御苑に、貴族達を招待して王国への忠誠を高めたいと話したというのである。


「陛下は大変お喜びになり、お貸しいただけることになりました」


「クリスティーナに話を聞いた時には本当にビックリしたわ。よく頼めたわね、って」


「願い事を聞いていただけると思ったので、咄嗟に・・・・・」


 クリスはその場の閃きだけで御苑を所望したようである。借りた御苑に貴族を招待して懐柔しようなんて、その場でよく閃いたよな。やっぱりクリスは政治的なセンスを持っている。御苑を賃借できるのは三週間後の休日初日。つまり慰労会を行う日程は既に決まっているということ。


「ですが、アウストラリス公が動かれてしまいましたから・・・・・」


「そんな事はないわ。これは好機よ。貴族の態度を問う事ができるわ」


 レティは力説した。貴族を御苑に招待すると、否が応でも御苑に来るか、アウストラリス公に付くかの選択を迫られる。貴族でさえ立ち入る機会が少ないという御苑。この機会を逃してまでアウストラリス公に付くのかどうか、貴族派の貴族達は真剣に悩むだろう。それぐらい御苑の威力は絶大なのだと言うのである。


「レティシア・・・・・」


「エルベール派の方は招待状を送る準備ができたわ。宰相派の方は?」


「こちらも出来たわ。国王派も軒並み」


 宰相派に国王派、そして貴族派第二派閥エルベール派。この三派だけで全貴族の過半数を越えるはず。アウストラリス公への牽制のつもりで動いていたクリスとレティによって、それなりの戦える陣形が構築されていると言えよう。


「でしたら、他派閥の貴族にも送りましょう」


 レティがいつものノリでクリスティーナをせっついた。話によるとクリスの方も手をこまねいている訳ではなく、次兄で宰相補佐官のアルフォンス卿や宰相の親友で宰相派の代表幹事を務めているシェアドーラ伯、一族の長であるクラウディス=ディオール伯などに働きかけ、他派閥の貴族に招待状を送る準備を進めていた。


「ボルトン伯に話は?」


「まだ・・・・・」


 俺が聞くとクリスは遠慮がちに答えた。だが、このボルトン伯を巻き込むのは重要である。何しろ乙女ゲーム『エレノオーレ!』では、宰相失脚の流れを最終的に決したのが、このボルトン伯なのだから。しかもリアルボルトン伯は、あのタヌキっぷり。貴族派の頭目アウストラリス公が動いた以上、こちら側への引き込み工作は非常に大切な事である。


「だったら、ボルトン伯にも頼んだらいい。先日、軍監に就任したドーベルウィン伯を支える集いをやっている。そこにアルフォンス卿も来られたとの事だから」


兄様にいさまが・・・・・」


「だったら、こちら側も言えそうね」


 レティが俺の意見に賛成してくれた。それを受けてクリスも腹を括ったようだ。


「分かりました学園長代行閣下には、直接お願いに上がります」


「私も一緒に行くわ!」


「レティシア・・・・・」


 クリスが嬉しそうにレティシアを見る。明日、クリスとレティが学園長室に訪れ、ボルトン伯を慰労会に誘う事が決まった。二人が動くのであれば、俺も動かなければならないな。


「俺はハンナに頼む」


「ハンナさんに?」


「まるで襲爵式の時みたいじゃない!」


 俺の提案にレティがそう言って笑った。あのときもボルトン伯とハンナ、そしてクリスの助勢を得て、三百家以上の貴族がミカエルのリッチェル子爵位の襲爵に立ち会う為に参列した。今回もあの時の陣形に近い。アウストラリス公が動くことが決まった今、俺達に出来ることは自陣営を構築して固めること。


「饗応の方はどうなっているんだ?」


「まだそこまでは・・・・・」


 クリスが口籠もった。どうやら招待状を出すことを考えるのに精一杯で、そこまで頭が回っていなかったらしい。クリスもいっぱいいっぱいなのだ。


「だったら襲爵式の時のように、トラニアスの店を集めた要領で集めよう。クリスはべスパータルト子爵に相談して、取り纏める人を決めてくれ」


「分かりました。明後日、屋敷に戻り至急協議します」


「じゃあ、みんな頑張りましょう!」


 レティが元気よく言うと、トーマスとシャロンが笑った。それにつられてクリスも微笑む。レティはこういうところがあるな。沈みがちな場を盛り上げて、皆を奮い立たせる役割。ムードメーカーのようなものである。この辺り、世代も違う別人だが、佳奈にも似た部分がある。ウチの家も常に佳奈中心で回っていた。


 来週初めにこの件を再び協議することを約束して、会合は散会した。その為、レティにブラッドの話。入学早々トメロという教官をブラッドに紹介した件について、全く聞くことが出来なかった。この話は別の機会に聞くしか無い。そう思って、今日聞けなかった事には折り合いを付けた。気を取り直した俺はすぐにウィルゴットに魔装具で連絡を取る。


 カネに糸目は付けないと話すと、「おう! その話乗った!」とウィルゴットは快諾。店の手配に動くことを約束してくれた。一方、屋敷の中で徘徊していたロバートを捕まえると、事情を話してウィルゴットへ協力するように頼んだ。ロバートが何故かやる気になっているのが幸いだった。今はとにかく、味方が必要である。


 続いてグレックナーにも連絡を取った。ハンナに協力してもらうように頼むためである。すると横に丁度ハンナがいるということで、すぐに魔装具を代わってもらい、御苑の話をするとハンナのテンションが一気に上がった。


「まぁ! 公爵令嬢がそんなお話を!」


 ハンナは興奮していた。魔装具越しにもそれが分かる。御苑に一度は入りたかったのといいながら、貴族達の歓心を買うにはうってつけの材料だと話した。この辺りレティの話に通じるものがある。なんでも貴族の間では「一度は見たい御苑かな」と言われているらしい。話を聞いて分かったのだが、クリスはいわばキラーコンテンツを手にしたのだ。


「この前の襲爵式のときと同じね。楽しみですわ」


 まるでゲームを楽しむかのように話すハンナ。俺はハンナに詳しいことはレティとやり取りして欲しいと頼んだ。ミカエルがリッチェル子爵位を襲爵した際には、クリスやエルダース伯爵夫人、それにレティとも一緒になって貴族を式に招待していたのだから。俺は魔装具を切ると、すぐに封書をしたた」め、女子寮に届けた。


 一通はクリス、一通はレティである。クリスにはウィルゴットやロバート、そしてハンナの協力について知らせ、レティにはそれに加えてハンナとのやり取りを頼んだ。クリスの方には慰労会の段取りに動いてもらわなければいけないと思ったからである。今、何を成すべきかを考えて動いていると、まるで覚醒したかのように頭が回ってくる。


 俺は改めて乙女ゲーム『エレノオーレ!』における宰相失脚のプロセスを思い返す。暴動で犠牲者が出たことを指弾され、その責任を問われ宰相の地位を追われたノルト=クラウディス公。国王派と宰相派の二派連合と貴族派がいずれも貴族の過半数に至らない状況下、中間派を取り纏めたボルトン伯が貴族派に付いて宰相の失脚が決定的なものになった。


 この状況をリアルエレノの勢力割合に当てはめると、国王派二十五、宰相派二十の合計四十五の二派連合に対し、最大勢力の四十五という貴族派。そこに十の中間派が貴族派に乗って五十五となり、過半数を越えたので国王派と宰相派の二派連合が負けたという話となる。確かに割合としては合っているし、話自体はおかしくない。


 が、このリアルエレノの貴族勢力は国王派が三派、貴族派が五派に分かれており、両派いずれも一枚岩とは言い難い。また中間派に至っては派閥らしい結合さえ怪しい状態。割合や派閥状況自体はゲームと同じなのだが、その内情は全く異なる。だからこそ分かりにくし、読みづらいのだ。しかし、それ故にこちらから仕掛けられる要素が十分にある。


 ゲームでは一派のように描かれていた貴族派だが、実際には五派あり、それぞれの派閥のトーンが異なる。しかもアンドリュース侯を見ても分かるが、第一派閥のアウストラリス派でさえ、一枚岩とは程遠い状況。貴族会議の招集に必要な貴族の支持は全貴族の三分の一、割合でいえば三十四以上。つまり三十三以下ならば貴族会議は招集できない。


 つまり論理上、貴族派四十五のうち十二、単純計算で貴族派に属するおよそ二割の貴族を切り崩せば、貴族会議が開けない計算だ。しかし第三派閥を率いるバーデット侯や、第四派閥の領袖ランドレス伯のように、派閥領袖が宰相府に反発しているような派閥に属する貴族を切り崩すのは現実問題、相当大変なのではないか。


 が、第二派閥を率いるエルベール公や第五派閥のドナート侯のように、領袖が宰相府に対して融和的な派閥ならば、十分に脈がある。この二派閥をすべて切り崩せば、貴族派の三分の一近く。つまり三十三を下回る訳で、貴族会議の招集はまず不可能。現段階では机上の空論に過ぎないが、やってみる価値は十分にあるだろう。


 俺は一晩、貴族でもないのにグルグルとそんな事を考えていたのだが、そんな俺とは全く違う方法でアプローチを仕掛けようという発想の持ち主がいた。リサである。朝の鍛錬時、俺の様子を見て何かがあると思ったのだろう。言ってみなさいよ、とニコニコ顔でけしかけてきたのである。


 リサはとにかく勘がいい。勘の良さというか、鋭さではピカイチだ。これに対抗できるとすればレティぐらいなものである。このエレノ世界に来て勘がいいなと思ったのは、リサとレティの二人。佳奈も勘はいい方だったが、この二人には叶わないのではないかと思う。なので俺は早々に観念して、御苑での慰労会と貴族会議の一件をリサに話した。

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