299 王宮前広場

 ノルデン王国宰相府。その建物は王宮内の南東部に位置している。対して南西部には統帥府。文が東、武が東。その北に位置する王宮内に宮内府というのが三府の位置。南面正面が王宮の正入口で、その左右に宰相府、統帥府の建物が配されている。この正入口、即位式などの重要行事や王族の出入り以外使われる事はない。


 王宮には正入口の他に東門、西門、北門があり、王宮関係者の出入りは基本的に西門が使われ、貴族たちもこちら側を通って王宮に入る。一方、宰相府の関係者は東門から出入りしており、北門は葬儀の際に遺体を通す門。正入口前は王宮前広場になっており、ここで臣従儀礼を行うことになっている。


 臣従儀礼が行われるからといって王宮前広場が平民に開放されることはない。だから広場に通ずる中央大路、特に王宮前広場と中央大路を仕切るディマリエ門周辺には、『常在戦場』を一目見ようと多くの平民が詰めかける事になるのでは? 第五警備隊長のマキャリングがそれを心配している。俺もそれを聞いて、もっともだ思った。


 平日初日の昼下がり。臣従儀礼の打ち合わせの為、俺はアイリと共に王宮前広場に来ていた。平民が入ることができない王都前広場に来るのは、もちろん初めて。以前宰相府にやってきた際には、宰相府東口から入っているのでこの王宮前広場自体見たこともない。


 それはアイリも同じことで、アイリの方は「広いですねぇ」と石畳の広場を見て感心している。今日は下見ということで、『常在戦場』からは実務関係者だけが王都前広場に来ている。隊士の編成を担当する二番警備隊長のルカナンス。隊士らに指示を出す五番警備隊長のマキャリング。隊士らの行進の経路を考える第六警護隊長ルタードエの三人だ。


 他の者は明後日に行われる臣従儀礼に備えて、今日は休みなのだという。その三人と打ち合わせをする中、懸案だと思ったのはやはり、王宮前広場に出入りする際の行進である。『常在戦場』の隊士は殆どが平民。その平民の集団が宰相府へ臣従儀礼を行うのだ。平民階級の人々が一目見たいと思って集まるのはごく自然な話である。


 人だかりができて何か大事があっては大変。現実世界のように、警察やそれらしきものが存在せず、警備するような人なんていないのだから。俺は行進の経路を考えている第六警護隊のルタードエを呼んで、その辺りどのように考えているのかを聞いてみた。


「マーサル庭園から東に進んで中央大路に入り、北上して南面門であるディマリエ門を通過し、王宮前広場に入る予定です」


 ディマリエ門は王都の象徴で、アルービオ朝初代国王ディマリエ一世の名を冠した門で、マーサル庭園とは今から二百年前に王都を襲った「トラニアス大火」の復興に際し、アルービオ朝第九代国王マーサル二世が作ったいわば防災公園。


 大火の惨状と焼け出された民を目の当たりにしたマーサル二世は、街の延焼を防ぐことと避難場所を確保するために民衆庭園を造営した。そのため庭園の名に国王の名を冠しているという訳だ。だが、マーサル二世はただ庭園を造ったわけではない。この時マーサル二世は庭園を囲い、開放する時間を定めて入場料を徴収したのである。


 つまりマーサル庭園を有料とし、その費用で庭園を維持する仕組みを導入した。その上で非常時には庭園を開放し、避難場所とする。平時の維持と、有事の対処をよく考えた施策だ。こうした防災公園は王南東部にもう一つあり、こちらはパーティル庭園という。


 こちらは今から百年前、第十五代国王であるパーティル三世の時代、王都の拡張に合わせて整備された。どちらの庭園もトラニアスの民にとって憩いの場となっている。話を戻してマーサル庭園だが、臣従儀礼当日に臨時閉園して『常在戦場』の待機場所とすることになっている。


 これは宰相府からの提案だった。というのも、宰相府側の敷地に五百名近くいる『常在戦場』の隊士が待機する場所が確保出来なかったからで、故に臣従儀礼が行われる王宮前広場に向かうため、街中での行進が企画される事になったのである。会場までの街中行進は、実は『常在戦場』の待機場所の確保という事情があった。


 一方、話は変わってトラニアスのメイン通りである中央大路。中央大路とはいっても道路の幅はそれほど大きくはない。それでも馬車が四列で並んでも余裕なので、三十メートル幅はあるだろう。


 王宮を北端として南に直線で伸びる中央大路は王都の象徴であり、初めて王都に来た者を驚かすには十分な広さを持つ道路である。王都南にはマルニ湖という湖が広がっており、湖畔にはノルデン王国建国碑が立っている。この王国建国碑が中央大路の南端の目印だ。


「始まりは分かった。臣従儀礼が終わった後はどうなる」


「王都前広場よりディマリエ門を通って中央大路を南下、西に向かってマーサル庭園に入ります」


 往路も復路も同じ道を使う・・・・・ ルタードエからの回答に俺は戸惑った。往路で『常在戦場』を見た者がそのまま待った状態で王宮前広場で臣従儀礼を行い、終わった後に同じ道で帰るというのである。


 それでは往路で行進を見た市民が沿道に残った上に、復路で見ようと考えていた人や人だかりを見て寄ってくる人で沿道が埋め尽くされるではないか。警備もない状態でそれは危険なこと。俺はそれを告げた上で一つの提案をした。


「往路か復路、どちらかにしないか」


「街中での行進をですか?」


 そうだ。俺はルタードエに答えた。それを聞いたマキャリングが頷いている。


「街中の行進を往復二回から一回に減らせば、混乱が起こりにくいということか・・・・・」


「だが、二回を一回に減らしたからといって、混乱が起こらない保証があるのだろうか?」


 マキャリングの意見に、編成実務を担当するルカナンスが疑問を呈する。確かにそれはある。二回が一回になったからといって、『常在戦場』が街中を行進する事には違いがないのだから。そのやり取りを見ていたルタードエが口を開く。


「しかし混乱が起こる可能性が減るのは間違いありませんな」


 行進経路を考えているルタードエはその経路が公式に発表されるわけでもないので、行進を一回限りとした方が人が少ないのではないかとの認識を示した。また『常在戦場』が街中で行進をしなければならない訳でもなく、こういった行進を誰も見たことがないので、一切知らせず一度きりの行進を見せて終わりとした方が確実ではないかとも言った。


「二回目に行進したら、間違いなく人だかりができる、ということですな。それは」


 行進の数を二回から一回に減らす効果について疑問視していたルカナンスが、ルタードエの話を聞いて納得したようだ。要は行進やり逃げをするのが一番リスクが低いというルタードエの論が、最も合理的ではないか。そのような判断が働いたようだ。


「でしたら、街中行進は臣従儀礼が終わった後、という事になりますなぁ」


 もう決まったという感じでマキャリングが言う。その言葉に皆が頷いた。言うまでもない、そんな空気が場に漂う。街中の行進は臣従儀礼が終わった後の一回のみとするということが、阿吽の呼吸で決まった。


 続いて王宮前広場内での入場順や行進経路、退場順やその経路について詳細な打ち合わせが進む。この辺りの部分、予想よりもスムーズに話が進んでいったのだが、一つの問題が発生した。


「王都前広場に入場する前、団はどこで待機をするべきだろうか・・・・・」


 ルカナンスの言葉に、皆が黙ってしまった。マーサル庭園に『常在戦場』の隊士が集まり、そこからディマリエ門を通って王都前広場に入り臣従儀礼を行う。それが当初の計画だった。だから待機場所が確保された状態。ところが俺の提案で、その待機場所がなくなってしまったという訳だ。


 まさかマーサル庭園で待機し、行進せずに隊士各自が王都前広場へ向かうなんて馬鹿な事はできない。その為には隊士の新たなる待機場所を確保し、そこから王都前広場に入場という形にする必要がある。


 皆が頭を悩ませる中、俺は統帥府の建物に目をやった。宰相府の東側には馬車溜まりなどの広い空間があった。王宮を中心としたシンメトリー構造である宰相府と統帥府。もしかすると統帥府西側には宰相府の馬車溜まりのような空間が存在するかもしれない。


「よし。一度統帥府と交渉してみよう」


「えっ!」「大丈夫ですか?」「そんなことが・・・・・」


 ルタードエもルカナンスもマキャリングも、俺の案に驚いた。


「しかし誇り高い近衛騎士団が素直に応じていただけるとは・・・・・」


 貴族出身のルタードエが控えめながら否定的な見解を示す。確かにその通りだ。だが、事情を話してみるという事も悪くはないだろう。それに近衛騎士団にはドーベルウィン伯の弟であるレアクレーナ卿や、伯爵の義兄でスクロードの父親であるスクロード男爵が団長を務めている。


 スクロード男爵やレアクレーナ卿と顔が繋がれば、何らかの話ができるやもしれない。それがダメだったとしたら、グレックナーを通じて話をしてみてもいいじゃないか。そういう訳で俺達は統帥府に向かった。


 が、建物の正面玄関は閉まっている。向かいの宰相府を見ると開いているのに統帥府の玄関は閉まった状態。休みだから閉まっているのだろうか。俺達は仕方がなく、建物沿いを歩きながら統帥府への入口を探す。すると思わぬ人物と出会った。


「スタン殿!」


 その姿を見て思わず声が出てしまった。相手の方も俺を見て驚いている。リディアの長兄でウィリアム王子付きの宮廷騎士ガーベル卿の長男スタンだ。よく考えたらスタンは近衛騎士団に務めていたのだったな。だからここにいてもおかしくない。黒い騎士服に身を包んだスタン・ガーベルの元に俺達は駆け寄り、言葉を交わす。


「スタン殿、お久しぶりです」


「これはアルフォード殿。こんなところに何故・・・・・」


 俺と俺の周りにいる『常在戦場』の幹部を交互に見ながらスタンは問うてきた。そこで俺は事情をあれこれ話し、スクロード男爵やレアクレーナ卿への目通りをスタンに頼んだ。

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