118 攻略レジドルナ

 ジェドラ親子と若旦那ファーナスとの会合を終えると、俺とリサは即座に学園隣にある自分達の屋敷、黒屋根の屋敷に直行した。帰る車上、俺もリサ、共に声を発することはなかった。おそらくリサが考えている事は俺と同じ。屋敷でどう話をしようか、どう主導権を取ろうか、だろうから。


 俺には四歳離れた実姉がいるが、リサのような面倒くさい関係ではなかった。おそらく考えているベクトルが違っていたからだろう。それにリサほど親密じゃないし、仲が良い訳でもない。そういう事もあってか、今回のような主導権争いなんて起こることもなかった。


(姉ちゃん、元気にしてるかなぁ)


 俺より結婚が遅かった姉は、子供が愛羅より年下だった。ウチと逆で上が娘で下が息子。久しく顔を合わせていない間に、この世界に飛ばされたもんだから記憶も薄くなってしまっている。人間、必要性が低いことや遠いことは忘れていくのだ。代わりに必要な事を新たに入れるようになっている。そんな事を思っていたら、黒屋根の屋敷に到着した。 


「グレン。レジドルナの毒消し草どうやって調達するの」


 俺の執務室のソファーに座るや否や、リサはいきなり問い詰めてきた。顔は笑っていない。笑う余裕がないのか。実に珍しい。俺はこの際、いじってやることにした。


「ムファスタから手を出す」


「そんな事、誰でも考えられる事でしょう」


「だからムファスタに『手』があるんだよ!」


 珍しく探りを入れてこないリサにヒントを与えてやった。


「・・・・・『手』? 手って何?」


 素面でそう言った。ダメか。少し気が立ってテンパっているようだな、リサは。おそらくレジドルナについて、俺から何も聞かされていない事を苛立っているのだ。ならばレジドルナ外の話から始めたほうが良い。


「ところでノルト=クラウディス公爵領の毒消し草。どう扱えば良いと思う」


「ノルト=クラウディス公爵領・・・・・」


 ファーナスの話で驚いたのは地方分三割強のうち三分の一はノルト=クラウディス領産だという事が分かったのだ。つまり全体の一割がノルト=クラウディス領産。これをどうするか。


「調達できるの」


「領主代行でクリスの長兄デイヴィッド閣下に封書をしたためれば可能だろう。だがデイヴィッド閣下は領民思いの真面目な人物。そのまま実行してくれるかどうかは・・・・・」


「分からないわね、そんな人物では」


 リサはニコニコしながら言った。調子を少しは戻したか。


「でも貴族領だから都市に比べてモノは動かないと思うの。でも他所の毒消し草がなくなると、動くわね。やはり・・・・・」


「人間の心理だからな、それは」


「毒消し草を止めてもらうのはどう?」


 ん? リサ、それは・・・・・


「毒消し草の領外持ち出しを禁じてもらうの。疫病に備えて、といった適当な理由をつけて。そうすれば、他所から手出しされることはないわ」


 リサよ、お主も悪よのう。カネを使わず毒消し草を囲い込んで貯蔵するとは。それならばデイヴィッド閣下もおそらく同意してくれるだろう。ノルト=クラウディス公爵領の毒消し草は、買い占めた毒消し草が無くなった場合、最後の切り札になるだろう。必要あらば使い、必要なければ使わない。何より買い占める手間が一つ省けるのがいい。


「ハッキリ言ってアルフォンス卿の方がいいわ」


「どうしてだ。デイヴィッド閣下は責任感がある人物だぞ」


「情緒を持ち出してくる人は読めないから・・・・・ 夫とするには・・いいかもね」


 なんだその棘のある言い方は。リサのこういう猜疑心。猜疑心の強さには引くことがある。顔はニコニコしていながら、腹の底では全く違うことを考えている訳で、恐ろしいと言えば恐ろしい。そのリサがアルフォンス卿をいい・・、というのは属性が近い可能性があるな。


「クラウディス地方に使えそうな方がいませんでしたか?」


 クラウディス地方に・・・・・ そんな人物いるわけ・・・・・ いた!


「首府サルスディアの冒険者ギルドにビリケン頭の男がいた」


「冒険者ギルド・・・・・」


 その名にリサも躊躇している。そんなに忌み嫌われているのか、冒険者ギルド! ファンタジー世界の雄はであるはずの冒険者ギルドは、エレノ世界の商人界では最下層の地位に置かれている。


「まぁ、いないよりマシかも。ウチの草になるつもりがあるのか確認して」


 なんという扱い! と思ったが、ここは弟らしくリサの指示に従うことにした。


「それと・・・・・ サルジニア公国の毒消し草も無視していいわ。首府ジニアにはロブソンが、モンセルにはトーレンが護ってくれているから誰も手出しできない」


 俺が一番聞きたかった事を察知して答えるリサはやはり凄い。これで西のノルト=クラウディス領、北のサルジニア公国への対処法は決まった。南の王都トラニアスは若旦那ファーナスに任せればいい。


「私が言えることは言いました。今度はグレンの番よね」


 ニコニコしているが目が笑っていないリサ。さぁ、今度は言えよお前という感じだ。よし、それを逆手に取るか。


「ムファスタに『手』があると言ったよなぁ」


「ええ、言ったわね・・


 俺が少し苛立ち始めるリサ。ニコニコしているが感情の微妙な変化は隠せない。まだまだ子供だ。いくらリサが優秀でも、こういう場面、四十七+六の人生経験の方が勝るというもの。


「だからムファスタにもう一度行ってくれないか?」


「はぁ?」


 リサの声が珍しく裏返った。思考停止したのである。その隙に乗じて言葉を押し込む。


「ムファスタに行って『手』を動かしてくれ」


「えっ!」


「リサなら動かせる。ホイスナーと組んだら絶対にやれるから」


「・・・・・」


「やってくれるな。リサ」


「分かったわ・・・・・ でも『手』を教えて・・・・・」


 リサがようやく降参した。この勝負、俺の勝ちだ。飲ませてからタネを明かさないと、先にタネを明かしたからといって、こちらの要求を飲むとは限らないからな、リサは。面倒だがリサにはこうでもしないと、こちらの意図に沿っては動いてくれまい。


「レジドルナにドラフィル商会を営むレッドフィールド・ドラフィルという人物がいる。そのドラフィル商会は今、ムファスタギルドにも加盟していのだが・・・・・ このドラフィルを介してレジドルナの毒消し草を買い占めればいい」


「信用できるの? そのドラフィルという人」


「リッチェル子爵家の出入り・・・だ」


 話を聞いたリサから笑顔が消え、何度も頷いた。


「大丈夫のようね、そのドラフィルさん。分かったわ」


 疑問が氷解したリサに説明した。レジドルナの盟主であるトゥーリッド商会の警戒が強まっていること、ドラフィルとはレティを介してやり取りをしていること、ムファスタギルドの会頭ホイスナーにドラフィル商会の加盟を依頼していたので事情を承知していること、ザルツも知っていることである。


「ひどーーーい! お父さん、一言も言ってなかったじゃない!」


「リサには関係ない話だったからな、今までは・・・・


「あーーーー!!!!! 私の完敗だわ! この前、ムファスタまで行ってきたのにホイスナーに探りを入れなかった私の負けよ!」


 リサは子供っぽく悪態をついた。いつも冷静なリサがそんな事をするなんて・・・・・ 可愛いじゃないか、リサ。話が終わるとムファスタに向かう日が決まったら教えてね、と言いながら、執務室からサッサと出ていった。無駄を許さない合理主義者のリサらしい。残された俺は各所に送る手紙を書く作業に取り掛かった。


 手紙は全部で七通。まずクリスの長兄ノルト=クラウディス卿デイヴィッド閣下。こちらには疫病で苦しむ両国の話を書いた上で、他の地域で毒消し草を買い集める事によって草の不足が起こる可能性があり、ノルト=クラウディス領の毒消し草の領外持ち出しを規制してもらいたい旨を正直に書いた。


 あのデイヴィッド閣下の性格を考えると、でまかせを書いたら後が大変そうだからである。後は理由付けとして「解毒剤の材料を確保し、領内の疫病に備える」という提案をしておいた。これならハードルが下がるだろう。


 次にクラウディス地方サルスディアの冒険者ギルドにいたビリケン頭のペルナ。リサが使えるのなら欲しいというので、「冒険者ギルド支配人様」とおだてておくことにした。「どうですか、前に言っていましたウチでの一仕事。やる気だったらモンセルのアルフォード商会に連絡ね。夜露死苦・・・・!」書いておく。


 そしてアルフォード商会の面々。セシメルのザール・ジェラルドには毒消し草をかき集めるようにと書けばいいが、ムファスタのジグラニア・ホイスナーには、毒消し草を買い占めるように指示を出す一方、リサがレジドルナ対策の為に向かうので、協議して話を進めて欲しいと認めておかねばならなかった。


 これが本拠モンセルにいる番頭メリックリンダ・トーレンとならば、毒消し草の買い占め話の他に、ノルト=クラウディス卿デイヴィッド閣下との交渉経過の話や、サルスディアのビリケン男が使えるかどうかを判断して「良きに計らえ」とまで書かねばならない。トーレンだから大丈夫だろうが、色々書かなければいけないのがもどかしい・・・・・


 ジニア=アルフォード商会のアーレント・ロブソンには、今後の小麦購入可能量の報告、毒消し草の買い占め可能の可否を問い合わせなければならない。みんなにはザルツとロバートの動静も伝えておくことにした。主と息子はいないのに、よく回っているよな、ウチ。しかしよく考えたらアルフォード商会、いつの間にデカくなったんだ、これ。


 ドラフィル商会のレッドフィールド・ドラフィルには、大きな仕事の話があるのでムファスタで俺の姉と会って欲しい。ついては向かえる日程を教えてくれと書いた。ドラフィル宛の手紙はレティの封書で送らねばならないので女子寮受付に預け、レティを通してからでなければドラフィルの元には送れない。後の封書は待たせてある早馬に渡した。


 しかしこれ、十五歳の仕事ではないだろ。というか、学生だろ、俺。それにこんな事をしていたら、帰られるものも帰れなくなってしまう。本当の意味でなんとかしなくては・・・・・ 仕事に忙殺されながら「どうしてこうなった」と考えてしまった。

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