116 家族会議

「おお、久しぶりだな。元気にしていたか」


 待ち合わせ場所であるレストラン『レスティア・ザドレ』の個室に入ると、先に座っていたザルツが野太い声でロバートと俺に声をかけてきた。


「父さん、久しぶりだね。大丈夫だった?」

「ああ、元気にしている。無理を言って済まない」


 ロバートと俺はそれぞれ言葉を返した。ザルツの横にはリサが座っている。ニコニコしていて機嫌が良さそうだ。手紙で「リサを褒めてやってくれ」と書いたのが功を奏したか。俺はディルスデニア王国から帰ってきたロバートと学園で合流して『グラバーラス・ノルデン』にやってきた。


その車上、ロバートからディルスデニア情勢を聞いた。王国とは言ってもその実、ノルデンとは大きく異なる国のようで、今の首相サムイッシューはダンスで国民を魅了して、今の地位に就いたという。ダンスが上手かったといって、どうやって首相なんかになれるのか、と聞いたらそれは俺にも分からないと、ロバートは呆れるように言った。


 そりゃそうだよな、全く理解不能だ。それで国がやれるのだから、おめでたい話である。ロバートはこの変わった芸を持つサムイッシュー首相と接点を持ち、ディルスデニアの交易拡大を図りたいと言っていた。二人でそんな話をしながら、ザルツとリサのいる『レスティア・ザドレ』の個室にやってきたのだ。


「こうやってお前たちが揃うのは半年ぶりか」


 ザルツは俺たちを見渡して言う。少し前までは全員モンセルにいたのに、今は俺とリサは王都に、ザルツはムファスタから西のラスカルト王国に、ロバートに至っては北のサルジニア公国から南のディルスデニア王国に大移動だ。アルフォード家の行動範囲は一気に広がった。


「ニーナには悪いことをした」


「一時の我慢だ。いずれ落ち着く」


 俺がモンセルにいるニーナ、母親の事を言うとザルツは自分に言い聞かせるように返してきた。愛妻家であるザルツにとって、これほど長くニーナと会わなかったのは初めてだろうから、気にしているのは間違いない。


「お父さんが元気だから、お母さんも安心するよ」


 リサが手紙も書いたから喜ぶはずだ、と話した。その当人も予想以上に元気だ。ザルツを迎えに行く前、一人心配していたリサとは大違いなので、おそらくザルツと色々話をすることができたのだろう。ウチの家や宰相の家に限らず父と娘というものは、どの家でも難しい関係のようだ。


「ところで、リサを迎えに寄越してまで、みんなを集めたのはどうしてだ。リサに何も言わないとは余程の事か」


 食事中、ザルツがいきなり本題に斬り込んできた。おそらく俺が話をしないため、間合いを計って仕掛けてきたのだ。仕事の話に親子兄弟は無関係。どちらがどのような順で話を進めていくのか、これはまさに主導権を争うもの。ザルツはまさに話の主導権を取りに来たのだが、俺はそれを渡さない。


「今、世界は大きな変異に見舞われているようだな」


「クラウディス地方で何があったの」


 俺がザルツの話をはぐらかそうとすると、リサが横槍を入れてきた。間髪入れずに刺してくるのは流石リサ。しかし俺は情勢を確定させてから本題に入りたい。だからそれを無視して話を進める。


「クラウディス地方は多雨に見舞われているようだ。ディルスデニア王国で疫病が流行しているという話と同様、何かが起こっている」


 適当な話でこじつけてそれらしい話にした。リサはニコニコしているが目は笑っていない。ザルツの方は腕組みして目を伏せている。おそらく考えている事は両者同じ。自分のペースで話がしたい。みんなが考えている事は己が安全圏から話をするため、主導権を取りに行く事だけだ。しかしロバートは違った。


「ディルスデニア王国では疫病が蔓延していて解毒剤が全く足りない。解毒剤を譲ってほしいと言われたので、リサがくれた分を渡したぐらいだ」


「ラスカルト王国でも疫病が広がっている。ディルスデニア王国からの病だと専らだ。解毒剤どころか毒消し草もないと嘆いていた」


 ロバートの話にザルツが続いた。話が俺の呼び出しから、周辺諸国の疫病に変わったのだ。俺はそちらの方から話をしたかった。


「お兄ちゃんは解毒剤渡して大丈夫だったの?」


「ラシュワンを出る直前だったからね。リサには悪いと思ったんだけど、商談相手が困っていたから・・・・・」


 リサは首を横に振って「元気だったらいいのよ」とロバートに言った。全くその通りで、疫病に罹っていないのに解毒剤を持ち帰る意味がないのだから、渡して恩を売るのは大正解。それにしてもラシュワンとはディルスデニア王国の首都。そこでも疫病が蔓延しているのか。


「それで作物の方はどうだったんだ?」


「小麦も大豆も出来が良いらしい。豊作になるんじゃないかって。ただ疫病で収穫する人が確保できるか、と」


 おおお、そうかそうか。予想以上にいい話じゃないか。ノルデン王国とディルスデニア王国は山を隔てているだけだが、全く状況が違うとは。


「ラスカルト王国の中もロバートの話まではいかないが似たようなものだ。死に至る疫病ではないらしいが、長患いして動けなくなるそうだからな」


「何とかなりそうだな」


 ザルツの話を聞いて俺はわざと・・・独語した。


「グレン。勿体振らずに言え!」


 ザルツが苛立ちながら俺を急かす。これは演技だ。だが今回はその演技に乗ってやる。


「クラウディス地方で今、大変なことが起こっている」


「なんだそれは!」


 ロバートがその話に食いついてきたが、ザルツとリサは俺を見ているだけだ。俺は一呼吸置いて言った。


「凶作だ。例年の半分の収穫があればいいと言われる大凶作だ」


「はぁ?」「え!」「なにぃ」


 それぞれがそれぞれの反応を示した。共通しているのは驚いていることだ。


「公爵領の方は領主代行のデイヴィッド閣下がモンセルのトーレンと協議して、サルジニア公国のジニア=アルフォード商会より小麦を調達する話が進んでいる」


 今日の朝、トーレンとデイヴィッド閣下の両方から封書が届き、ノルト=クラウディス公爵家がサルジニア公国産の小麦を購入の方向で一致した旨が書かれていた。トーレンによるとジニア=アルフォード商会のロブソンから具体的な輸入総量を確認してからデイヴィッド閣下との直接協議に入るとの事で、こちらは俺たちが手を出さなくてもいいだろう。


「おい、いつの間にそんな話が進んでいるのだ!」


「一週間だよ、一週間!」


「グレン! どうして言ってくれなかったのよ!」


 驚くザルツに一週間だと言うと、リサが声を大きくして抗議してきた。だから話の主導権を取りに行くことは重要なのだ。話の手綱を握ることで、黙っていた事への抗議を無力化できる。無力化しておかないと、次の駆け引きの具にされること間違いないからだ。


「この話を知っているのはノルト=クラウディス家の人間と数名の臣下だけだ。後は知らない」


「機密なのか・・・・・」


 ロバートがそう口に出したが、ザルツとリサにとっては察しが付く話なのだろう。何も言ってこない。俺は続けた。


「まぁ、そんなもんだ。クラウディス地方から急ぎ戻って、宰相閣下と協議をしたが、収穫高が明らかにならない限り手が打てないという話だ。つまり・・・・・」


「露見するまでに手を打っておかないと・・・・・」


「大騒動確実ね」


 ザルツとリサが伝言ゲームのように続ける。まるで悪巧みを考えているような雰囲気だ。


「みんなが知るまでに・・・・・ 終わらせないとな」


 ザルツは大きく息を吐いた。手の平で口元を叩いている。ザルツが考えている時の仕草だ。


「解毒剤をディルスデニア王国に売って食糧を買い付けるのはどうだろうか」


 ロバートが提案してきた。悪くはない。悪くはないが、それは誰しも考えること。


「こちらが食糧不足だって判れば、相手が値を吊り上げてくるわ。お兄ちゃん、その時どうするの?」


「そ、それは・・・・・」


 リサの疑問にロバートは窮した。そうなのだ。それがあるから一筋縄にはいかない。そこが商売の難しさである。しかも問題はそれだけではない。


「それに解毒剤には限りがある。生産力も高くないからな、解毒剤」


 俺は言った。解毒剤の製造は家内工業の域に留まっている。その原因はエレノ世界が強固なギルド制に縛られているからに他ならない。現実世界における問屋制家内工業から前に進んでいないのだ。どうして進んでいないのかと言えば、進まなくてもある程度暮らせるからで、進んだら逆に暮らせなくなるかもしれない。


「だったら毒消し草を売ることができないの? すぐに調達できそうだし」


 毒消し草。それだけでも効果があるのだが、解毒剤の原料として用いられる。毒消し草の成分を濃くしたものが解毒剤だ。


「でも単価は安いよ。かさばる・・・・し」


「しかし調達はすぐにできるぞ。製造を待たなくていい。安いから大量に売ることが出来る」


 俺はロバートの意見に異を唱えた。普段ならばロバートの意見は正しい。小さな荷で高単価高収益のものを売り捌けば、輸送コストをかけず高い利益を出すことができるからだ。しかし今回の場合、少し事情が異なる。「食糧」と「解毒」がそれぞれの国で必要なのだ。それをどう橋渡しをして利益を得るのか、これが重要となってくる。


「毒消し草と食糧をバーターで売るのはどうだ?」


 ん! ザルツ。それはどういうことだ!


「毒消し草の量に応じて、食糧を売ってもらうという方法だ。毒消し草を買いたければ食糧を売らなければならない。毒消し草を持っていかないと、相手が食糧を売ってくれない。これならば確実に食糧が手に入る」


「毒消し草を一手に扱えば、他の業者が食糧を買い付けに行くことは不可能になるわ」


 おおおおお! 毒消し草を買い占めればディルスデニア王国とラスカルト王国の取引はアルフォード商会の一社独占体制が確立される。外国との商取引は実質的にアルフォード商会のみが行う形となる訳だ。他の連中には触らせない。まさに悪徳商人の手法! ザルツとリサ。君たちは本当に悪よのう。


「毒消し草をダシにして食糧を安定的に買い付けるって事なのか」


「そうだ。そうすれば相手が高値でフッかけてきても、こちらも同じ様に高値でフッかければいい。草と作物のサヤは全く変わらぬ」


 ロバートの疑問にザルツが答えた。相手が十のモノを二十で言ってくれば、こっちも十を二十と言えばいいだけ。そうすれば「作物-毒消し草」の額、つまりサヤは同じにできる。実によく考えた手法だ。流石はザルツ。商人心理を見抜いた人質戦法。全く抜け目がない。


「これでやることが決まったようだな。お前達、これからアルフォードを掛けた大きな商いをすることになる。覚悟を決めるようにな」


 家長でもあるザルツの言葉に、俺達兄弟は姿勢を正した。

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