071 商人の刀
休日。新しい刀を作ってもらうため、アイリと共に鍛冶ギルドに馬車で出かけた。鍛冶ギルドの場所は金属ギルドや家具ギルドなどといった、いわゆる「製造ギルド街」の一角にある。このエレノ世界、基本的に個人商店しか存在しないため、業界組合であるギルドの力は極めて強い。
ギルドにはこういった産別団体である「職業ギルド」と、アルフォード商会のような取引商人同士が組織する「商人ギルド」。そして金融ギルドのような特定分野別の「出資ギルド」が存在する。共にギルドとつけるので紛らわしいのだが、会社すら存在しない、この世界の概念では「ギルド」と名付けるしかないという訳だ。
鍛冶ギルドの中に入り、『商人秘術大全』に書かれている製造法や構造の刀を所望すると、微妙な顔をされた。
「作れないわけではないんだが・・・・・」
「なにか問題でもあるのか?」
「いや、原料がな・・・・・」
話によるとこの刀を作るには「
「金属ギルドで手に入らないのか?」
「元々需要が少ないから、扱ってすらいないんだよ」
「どうやったら手に入る?」
「普通に流通していないので手に入らない。産出地に行けばあるかもしれんが」
「どこだ?」
「クラウディス地方」
クラウディス地方か。原材料がない以上、これ以上ここに居ても仕方がない。俺たちは鍛冶ギルドを後にした。
「残念でしたね」
アイリが自分の事ではないのにしょんぼりとしている。まぁ、しょうがないじゃないか。俺たちは繁華街近くにある個室カフェに入った。
「クラウディス地方ってどこなのですか?」
「クリスの実家だ」
えっ! とアイリが驚いている。クラウディス地方はその名の通り、ノルト=クラウディス公爵家の所領である。クラウディス地方はノルト=クラウディス家の居城がある平野部のサルスと山岳部のトスで構成され、玉鋼という鉱石があるのはおそらくトスの方だろう。
「ではクリスティーナさんにお願いしてみては・・・・・」
「いやぁ、多分それも難しいと思う」
金属ギルドで流通していないということは、ノルト=クラウディス家が持っていない可能性が高いからだ。おそらくその地方内でのみ、ごく少量流通しているに過ぎないのだろう。アイリがクラウディス地方が遠いのかと聞いてきた。
「ああ、遠いな」
モンセルの倍とは言わないが、それぐらいの遠さではないか。高速馬車で飛ばしても二日近くかかるだろう。奥地であるトスであることもネックになるかもしれない。
「車で行けば、そんなに時間はかからないんだろうが」
「クルマ?」
「ああ、馬のない馬車だ。四、五倍の速さで進む」
アイリは青い目を丸くした。無理もない。現実世界とこのエレノ世界は全く違うのだから。
「この前のモンセルだって四時間程度で着くぞ。道路が整備されていればの話だけど」
「コウイチさんが住んでいた世界の話ですね」
「そうそう」
「前にも聞きましたけれど、まるで物語のお話ですもんね。コウイチさんの世界」
そうなのだ。アイリから見た現実世界は俺の感覚とは逆、物語の世界なのだ。ゲームの為に作られたはずのエレノ世界。しかしその中で生きる者にとってはエレノ世界が現実で、エレノ世界を作った現実世界は夢物語の世界なのである。
アイリは俺の話す現実世界の話を喜んで聞きたがった。それは現実世界でよくあるSFや異世界転生の物語を楽しむそれに似ているのだろう。しかし当事者となってリアル体験してしまっている俺にとっては、所詮は作り話と思ってしまう。やはり事実は小説より奇なのだ。
「学校に通う期間が十六年というのにもビックリしましたけれどね」
「まぁ学園が五年制ということを考えると長いよなぁ」
「学校が小学校、中学校、高校、大学と四つあるのにも驚きました」
「でも学園に該当するのは高専なんだけどね。学園はこの高専、高等専門学校がモデルなんだろう」
「モデル?」
「ああ、どちらも五年制だし、満十五歳からの入学だからね」
学園がどういう経緯で五年になったのかは不明だが、俺の推論はおそらく正しい。だってここはエレノ世界、現実世界の人間が考えた世界なんだから。俺はこちらの世界の話に話題を変える。
「アイリはパフェとか好きなのか?」
「ほら、学園でスイーツ屋とかあるだろ」
「私は・・・・・ 食べたことがないから分かりませんね」
「だったらここで食べてみるか?」
えっ? と戸惑うアイリを尻目に小さめのショコラパフェを二つ頼んだ。いつぞやのリディアが頼んだ苺パフェの大きさを考えると小さい方でいいかと思ったからだ。だが、俺の予想は間違っていた。
「おいしいですね」
アイリがニコニコとしながら、出てきたショコラパフェを一瞬で消失させてしまったからだ。さっきの戸惑いは一体何だったのかと。今度はパフェをアイリに選ばせると、フルーツパフェが運ばれてきた。出てきたパフェをニコニコと頬張るアイリ。女の子はパフェが好きなのか。
そこそこの大きさのパフェをきれいに平らげたアイリは満足そうな表情を浮かべている。
「今度、一緒に学校のスイーツ屋に行こうか」
「はい。行ってみましょう!」
元気なアイリを見て、ああ、頼んでよかった、と思いながら、俺たちは他愛のない話を交わして楽しんだ。
「グレン。自分の世界に帰りたいですか?」
突然、アイリは青い瞳で俺を真っ直ぐに見据え、真剣な面持ちで聞いてきた。こういう時のアイリに対しては誤魔化すことはできない。それは経験則から分かっている。
「正直に言って下さい」
沈黙する俺にアイリは念を押してきた。正直に言うしかないだろう。俺の頭の中にシューマンのピアノ協奏曲が流れる。
「俺は自分の世界に帰ることしか考えていない」
覚悟はしていただろうが、アイリはハッとした表情となった。
「俺は何としても帰る。帰ってやる。そのために全てを賭けているんだ」
俺がそう言うと、場の空気はより重苦しくなり、沈黙が支配した。アイリは下を向いて押し黙っている。
しばらく経って、俺が口を開いた。
「このことは誰にも言っていない。アイリが初めてだ」
「方法は・・・・・ あるのですか?」
「見つかってはいない。だがそれを見つけるために学園に入った」
俺はこれまで黙っていた事を一気に話した。
「アイリ。この世界では学園にアイリとレティがいることで時が刻まれるんだ。時が刻まれないと物語が進まない。進まないと俺は帰れないんだ」
「どうして・・・・・ どうして私とレティシアなのですか?」
「それはアイリとレティがこの世界の主人公だからだ」
「えっ!」
「信じようと信じまいとこの事実は揺らがない。それがこの世界の軸なのだから」
「グレンが・・・・・ グレンが知っている話と今は一緒なのですか!」
アイリが語気を強めて迫ってきた。こんなアイリ、初めて見る。
「いや・・・・・ 違う」
「だったら、それはもうグレンが知る物語ではないのでは? 違いますか!」
更に語気を強めるアイリ。いつもは優しい瞳が睨みつけるように変わっている。
「確かに話は変わっている。だが軸そのものは変わっていないんだ。婚約イベントも別の婚約で穴埋めされている。話が変わっても物語自体は全く揺らいでいない」
「でも・・・・・でも・・・・・」
アイリの青い瞳には涙が溜まっている。やってしまった。アイリが俺に対し、これほど強い思いを持っているとは思っても見なかった。
「アイリ。アイリは何も悪くないんだ。レティもね。誰も悪くないんだ」
「ただ無関係な俺が紛れ込んできたのが悪いのかもな」
「グレンは悪くありません。だってグレンは望んでこの世界に来たわけではないでしょう」
「そうだ、起きたらいきなりこの世界だったからな。だが来たおかげでアイリと話せている。なんの脈絡もないけど、ここに来たからアイリと出会えたわけだ。俺にとっては悪い話ばかりじゃない」
「・・・・・」
「だから思いつめなくていい。俺が帰るのも必然だと思ってくれたらいいんだ」
「グレン・・・・・」
肩を落とすアイリに、俺は気の利いた言葉一つ掛けることができなかった。
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