ノック へのエピソード


窓に物音がして、ふと、君が顔を上げる。

椅子から立ち上り、カーテンの端に立ち、外を見る。

今年はじめての木枯しが、枯葉を押し流し、万物が冷たい世界に向ってまっしぐらに流れていた。

誰もいない。

まっすぐに続く道には舞い去る紙くずひとつない。照り凍えた日暮れの街路樹が、霜に焦げた梢を一斉に宙にたなびかせて、老婆のようだ。

光り雲は鈍いろの空を低く飛び、その先の、見えない海を、小船が一艘、太陽に向かって逆走する。

カーテンを離れて、振り向いた君の部屋。本棚の上に誕生祝いの手編みのマフラーと手袋がきのうの香りを留めている …

幼い昔、いつも遊んでいた友達が君にはいた。もう覚えていない。

何でもないのに、何かを忘れていたことを突然思い出すことがある。だが、机の陰をのぞいても何もない。無駄なのだ。

あきらめて、もう一度窓に寄り、ちまたを見やるが良い。

たった今、道の向うに円盤が降り立って、怖ろしい二本脚の者が現れ、力づくでさらおうともせず、やさしく手招こうともしなければ、君は行くだろう。

恋人と家族を捨てて彼らと行くはずだ。

人々も、いつか君を忘れてくれる。  

もはや誰も君を愛さず、裁くこともない。



          窓をたたいたのは

          ただの風


          君の忘れた

          ぼくじゃない

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