第6話 模擬試合

「どうやらレーア姫には、我々の真の力をお見せせねばならないようですね」


 レーアにまんまと挑発されたデーディリヒが、お約束とでも言うべきセリフを吐く。

 まさに、レーアはその言葉を待っていたのである。


「是非。間近で見せてもらいたいわ。その機動甲冑が見掛け倒しでないことを祈ってますわ」


 してやったりとばかりにレーアはさらにデーディリヒを挑発すると、翔太の胸をむんずと開いて自身の機動甲冑に乗り込んだ。


〈おい、オマエ! いったい何考えているんだ!〉


 無茶苦茶な展開に翔太が咆えるが、悲しいかなその声はどこにも届かない。

 そもそも翔太自身は、己の意思では動くことすらままならいただの装備品。体を動かす主導権はレーアが握っており、乗り込まれたら最後、頭からつま先までのすべてが彼女の思いのままに操られるのだ。


 翔太の意識が宿る機動甲冑はレーアの操作により起動を開始した。



 しかし……



〈遅い。トロイ。何だこりゃ!〉


 大口を叩いてレーアが機動甲冑を動かしたが、その動きは出来の悪いアニメよりもぎこちなく、かろうじて大地に立っているという代物だった。


 まずは様子見とばかりにだんまりを決め込んでいたデーディリヒが「どうしましたか、姫さま。ずいぶんと足元が心もとないようですが?」と腹を抱えるほど。


「何で! 何で! 何でっ!」


 思い通りに動かないとレーアがヒステリックに叫ぶが、大声を上げたくらいで動きが良くなれば誰も苦労はしない。


「まさかとは思いますが、そのようなみっともないお姿を、領民に晒すおつもりではありませんよね?」


 レーアのぎこちない動きに、攻守一転して今度はデーディリヒが挑発をする。

 領民に晒すに反応したのか、レーアはギクシャクした動きにもかかわらず「まさか」と一笑。


「ワタシがそんな無様な姿を見せるとでも? これは真新しい機動甲冑の【ウィントレス】が思い通りに動くか確かめているだけよ」


 必死の操作で胸を反って「まだビタリーの調整が万全でないから少し挙動にズレがあるだけです」と見栄を張る。


 だが無論、そんな戯言をデーディリヒが信じる訳はない。


「ならば姫は、ウィントレスを思い通りに動かせれるのですね?」


 デーディリヒの売り言葉に「もちろん!」と安請け合いしてしまう。


「では、ここはひとつ模擬戦をしてみましょう」


 自身の機動甲冑である【ドロール】に乗り込みながら、デーディリヒが唐突に提案する。


「姫の甲冑を3本斬れば私の勝ち。逆に姫が私の甲冑に一太刀でも入れれば勝ち。これくらいのハンディで勝っていただかないと、戦場には連れていけません」


 じゃじゃ馬を宥めるためのデーディリヒのムチャ振りに、レーアは「分かったわ」とまんまと乗せられたのであった。


 現役騎士とのガチ勝負。

 ハンディ付きとはいえ無謀だろう。


〈おいおい、大丈夫か?〉


 一部始終を傍観していた翔太が呆れるのも無理からぬことだった。




 デーディリヒが乗ったドロールが、右手に剣を握ったまま鍛錬所の中心に無防備に立った。


「遠慮は無用。どこからでも斬り込んでください」


 騎士の余裕からか、それとも完全に見下したからか、先手をレーアに譲った格好。


「そう。ならば遠慮なしに行かせてもらうわ!」


 言うや否やバカ正直に前へ進むレーアを翔太が〈バカか?〉と罵る。


〈考えもなしに猪突猛進したら、相手の思うつぼだろう〉


 デーディリヒがどの程度の実力を持っているのかは不明だが、剣技でレーアに負けるとは思わない。しかも機動甲冑の操作は完璧な若葉ワッペン、勝てる要素が万に一つも見つからないのだ。

〈この場合1本くれてやってでも、相手の動きや太刀筋を見極めて、どうやって攻めるかあるいは攻撃を避けるか考えないといけないのに……〉


 レーアは一切の考えなしに太刀を携え、デーディリヒの駆るドロールへと立ち向かう。

 一見すると勇ましそうだが、その実タダの脳筋直情行動。それでなくてもヨタヨタした歩みだったのに、重量物である太刀を手にしたおかげで、左右バランスが崩れてヨタヨタがさらに悪化する。


「そら、背中ががら空きです」


「キャッ!」


 切り結びすらしてもらえずに背中に一撃。


 訓練用に刃引きされているとはいえ、機動甲冑の背丈に合わせた1メートル半もの刃渡りのある太刀である。レーアのウィントレスは背中を強打されて、踏まれたカエルのようにその場に突っ伏した。

「大口を叩いた割には、あっさりと斬られてしまいましたな。口だけでなく態度でも本気を出していただかねば、同道した兵士に笑われてしまいますぞ」

 俯せに潰れたレーアに向かって、これ見よがしにデーディリヒが冷笑を浴びせかける。


「言われなくても分かっているわよ。今のはちょっと油断しただけ、今度こそワタシの本気を見せてあげるわ」


 デーディリヒの嫌味に対抗するように、レーアが咆えると、太刀を杖代わりにして再び立ち上がる。

 立つには立ったが先ほどの一撃が効いているのか、足元はさらにおぼつかなく、まさに立っているのがやっとの状態。太刀を構えたところでへっぴり腰では、まともに刀が振れるとは思えない。


「どうしました? かかって来ないのですか? なら、私から行きますよ」


 おたおたしているレーアをからかうようにデーディリヒが1歩前に出る。


 どんな原理で動いているかは不明だが、2メートル半もの身長と総金属製のボディからして相当な重量があることは確か。故に動作が生身よりもゆっくりではあるが、その巨体から繰り出す長い刀身の斬撃は決して侮れない。


 プレッシャーを感じるているのか、体越しにレーアが緊張から息を飲むのを感じるのだが、翔太の感想は全く別のところ。


〈コイツの足捌きって、このレベルなの?〉


 翔太の目から見て、デーディリヒが駆るドロールの動きはいかにももどかしく、お世辞にも手馴れたなどとはとは言い難い。


〈自分の体じゃなくて着ぐるみみたいな甲冑を操っているのもあるだろうけど。それにしたって動きは緩慢で隙だらけだし、足捌きに至っては素人に毛が生えた程度じゃん〉


 これだったら余裕で勝てる。


 自分の意志で動くことができたら……だけど。


 じれったさに翔太が歯噛みしていると、パーンと鈍い音がしてレーアのウィントレスが前につんのめる。


「これで2本目」


 デーディリヒが淡々と1本打ち据えたと告げる。


「もう諦めたほうが宜しいのでは?」


「まだ1本残っているわ!」


 デーディリヒの降伏勧告を退けレーアが気丈に言い放つが、彼我の実力差は圧倒的。それこそ奇跡でも起きなければ彼女の勝利は望めないだろう。


「……そうですか。では、諦めていただくよう、完膚なきまでに叩いて見せましょう。ご覚悟!」


 諦めの悪いレーアにやれやれと首を振りながら、デーディリヒが「行きます」と3本目を取りに前に進む。


 ずんずんと前に来るデーディリヒに対して、レーアは剣の構えすら満足に出来ていない。


〈おい、やる気あるのか? あんな鈍ら剣にいいようにあしらわれるのか?〉


 聞こえないと分かっていてもハッパをかけずにいられない。

 レーアはやみくもに剣を振り回すだけ。これでは胴がガラ空きで、打ってくださいと言っているようなモノ。


「トドメです!」


 文句の付けようがない勝ちを収めようとデーディリヒが剣を大上段に構える。

 大技を繰り出す前で隙だらけの態勢なのだが、2本取られて後のないレーアは焦りからテンパっており、せっかくのチャンスが見えていない。

 レーアの処遇がどうなろうが翔太には一切関係ないが、このいけ好かない野郎に剣を当たられるの気に食わない。


〈だから今だ。胴を薙ぎ払え!〉


 千載一遇のチャンスに翔太が叫ぶ。しかしレーアは反応することなくデタラメに剣を振り回しているまま、唯一無二の機会を棒に振ってしまった。


〈何でだよ! こんなヤツに負ける気か?〉


 なすがままにされるなんて絶対にイヤだぞ。一太刀くらい入れさせろ!

 渾身の力で喚いたそのとき。


〈やってられるかー!〉


 翔太の咆えた声に呼応するかのように、突如全身に力が漲った。

 つま先から頭のてっぺんまでの感覚が甦り、剣の重さが掌に感じられる。

 ならば負けてなどいられない。


 キン!


 乾いた金属音が鍛錬所に響きわたり、翔太が操るウィントレスの剣がドロールの放つ斬撃を受け止めた。


「なんとー!」


 渾身の一撃を捌かれるとは思わなかったのだろう。デーディリヒが一瞬、阿呆のように立ち尽くす。この好機を翔太は見逃さなかった。

 両の腕に力を込めると、デーディリヒの太刀を弾き飛ばす。と、勢いに押されるようにトロール後ろ向きにたたらを踏む。


 この好機を見逃さなかった。


〈往生せいよ!〉


 テンション高く翔太が咆え、ウィントレスが剣を横向きに構え直すと、大きく1歩踏み出した会心の一撃でトロールの胴を打ち据える。


 模擬戦の刃引きした剣とはいえ、まごうことなきホンモノ。強い斬撃をもろに喰らったドロールは勢いを殺すことなく、前のめりに崩れていった。

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