ジャイアント・ステップ

佐藤ムニエル

 元々は蜥蜴とかげの一種であった。岩場の陰に隠れ、腹が減ったら蠅を捕って食えば良い身分であった。しかしあの〈光〉を浴びてからというもの、余の生活は大いに変わった。

 まず、体がむくむく膨れ上がった。一匹食えば満足していた蠅が足らなくなり、二匹三匹と増えていき、そのうちにいくら食べても空腹を感じるようになった。今ではもう、蠅など口に入っても気付かない。この島には、山以外で余より高いものは何もない。

 また、以前は四つの足で大地を踏んでいたのだが、体が大きくなるにつれ二本の足で佇むようになった。以前は狭い場所に滑り込むことも木を這い上ることも朝飯前であったが、それももう無理だ。今では長い尻尾が邪魔で、走ることすらままならない。もっとも、たとえ尻尾がなくとも、このような図体では滑り込む隙間も上る幹も見当たらないわけであるが。

 そしてもう一つ。これは〈光〉と関係があるか分からないが、息子ができた。余には生んだ覚えも生ませた覚えもないのだが、息子を名乗るそれは、「パパ、パパ」と言いながら余の尻尾を追いかけてくる。

 だが、余はこいつを、どうしても愛することができない。理由は簡単である。可愛くないのだ。可愛くないだけならまだしも、大きく開いた目玉、薄笑いを浮かべるように曲った口元、出っ歯、短い手足、身の丈より長い尻尾を供えたその風貌は、憎らしくさえある。最初のうちこそ相手をしてやったものだが、今では鼻先に留まる小鳥ほどの気も払っていない。

 醜いことが奴を愛さぬ理由となるのなら、余だって誰からも愛されぬであろう。余は、山の麓にある湖に己の顔を映してみる。

 そこに映っているのは、黒光りする硬質な皮に覆われた、大きな蜥蜴の顔である。口の端からは牙がはみ出している。全く怒っていないのに、怒りに満ちている形相だ。広がる鼻孔から鼻息が噴出し、湖面を揺らす。怪獣の顔が波に歪む。これでは誰も愛してはくれまい。

 肩越しに、小さな怪獣の顔が現れる。例の息子である。

「パパ、何をしているのですか」

 余は答えない。

「湖に何かいるのですか? ねえパパ、どうなんです」

 息子は余がいくら無視しても、決してめげない。精神が強いのか単に鈍感なだけなのか、こちらが観念するまでしつこく話しかけてくる。

「大きな魚でもいるのですか? たしかにそろそろ昼食の時間ですね。腹も減りました。大きな魚がいるのなら、潜って捕まえましょう。もし水が怖いのなら、代わりに息子が潜りますよ」

「お前だって泳げないくせに」やれやれ、という思いで余は言う。「大体、魚など見ていない。そんなもの食べたところで、腹の足しにもならないからな」

「では、何をしていたというのです」

「お前に答える必要はない」

「つれないなあ」

「つられて堪るか」

 余は踵を返し、湖畔を後にする。もちろん、息子もよちよちと短い手足を動かしながら追いかけてくる。

「ついてくるなよ」

「パパ、遊んでください」

 常々邪魔に思っている尻尾を振ると、息子は喜々としてじゃれついた。口を横に広げ喜んでいる。その顔を見ているとまたしても、やれやれ、という気分になった。

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