第31話 ロック&キー
ラッセルの小屋に戻った僕は、寝室の奥にある倉庫の扉をゆっくりと開けた。
「うっ、重っ!?」
何かがのしかかっているようで、扉は今にも勢いよく開いてしまいそうになる。
僕が全体重をかけて支えているけれど、隙間からはポロポロと物が落ちてくる始末だ。
古いノート、得体のしれない
いったいどれほどの物を詰めれば、こんなことになるというのだ?
ドサッ……。
解放された品物はゆっくりと寝室の床へと散らばった。
「ふう……、壊れたものはないようだな?」
ラッセルのことだから危険物だってなんだって、平気で詰め込んでおくのだ。
エッチな本と爆裂魔法筒を一緒に収納するのはラッセルくらいのものだろう。
……いや、タオもやりそうだな。
でも、タオは意外にも整理整頓が得意だ。
さて、問題はこれをどうするかだ。
本人がいれば、必要なものとそうでないものを分けられるのだけど、不在とあっては仕方がない。
旅立つ前にここにある物はすべてロウリーにやる、という言質をもらっているので僕の判断で片付けるとするか。
ただ、ラッセルの持ち物には、ぼろく見えて貴重な品が混じっていることが多々ある。
例えばこの布だ。
一見小汚いマントに見えるけど、正体はラビリンススパイダーの糸を織り込んだ超強力な布で、魔導士の高級ローブにも使われる素材である。
今は相当かび臭いけど、洗えば仕様に足りるかな?
こいつは塔の洗濯機に放り込んでしまおう。
これは……たんなる穴の開いた靴下か。
「う、うおぇっ!」
数十年の時を経ているというのに、いまだに師匠の足の匂いがするぞ。
恐ろしい
こういうものは庭で燃やすに限る。
僕の火炎魔法じゃ消し炭にするのに時間がかかるけど、仕方がない。
万が一の時はアネットのファイヤートルネードで灰に戻してもらうのだ。
父親の不始末を娘と弟子が片付けるというのだから
「おや、この箱はなんだ?」
僕は『地図』と汚い文字で書かれた大きな紙箱を手に取った。
中身が詰まっているようでかなり重い。
ひょっとするとお目当てのものが見つかったかもしれないぞ。
箱の中身は予想通り各種の地図で、探していたニグラダ平原、ベルン山地、ルアーム迷宮の地図もここにあった。
しかも地図はそれだけじゃなく、国内外の様々な場所を網羅している。
これだけで一財産といって差し支えない量だ。
こんな大事なものをあの人は無頓着にくれちゃうんだよな……。
それはラッセルという人のスケールの大きさなのかもしれない。
僕は改めて師匠の偉大さを感じた。
「あれ? これはなんだろう……」
手に紙以外の感触がすると思ったら、箱の底から大きな
鍵はついておらず、小さなダイヤルが一つついている。
果たして何のロックだろうか?
ヒントになるような書類はないかと箱の底を探ったら、師匠の字が書かれた書類の束が見つかった。
『地下道を掘ってシェリルちゃんに
アホみたいな計画名がアホみたいな文字で綴られている……って、ちょっと待て!
この図面はなんだ?
まさか師匠、学生時代に土魔法を使ってこの小屋からシルフィー寮までのトンネルを掘ったというのか!?
それだけじゃない。
秘密のトンネルは学園の地下を縦横無尽に走っていて、水路や点検口と交じり合い、様々な場所へ行けるようになっている。
おや? こっちには日誌もあるぞ……。
火の上月 ×日 シルフィー寮下の魔法障壁をようやく突破。さすがは
火の下月 〇日 魔法障壁は一つではなかった! クソッ、障壁は四つも仕掛けられていたのだ。俺の夢はここでついえてしまうのか……。破れないことはないが、このままでは俺が先に卒業してしまう。留年を本気で考える……。他の手を考えるか。
風の上月 △日 シェリルちゃんにふられた。キモいと言われた。すべてがどうでもよくなった……
師匠は何を考えているんだ。
一瞬でもあの人を偉大だと感じた自分がバカみたいじゃないか。
日誌にはまだまだ続きがあるな……。
風の中月 □日 フェイちゃんがおはようって言ってくれた。もしかして俺に気があるのか? きっとそうに違いない! 心についた傷が癒えていくような気がする。フェイちゃんこそ俺の聖女! フェイちゃんこそ俺の女神。よし、今度はウンディーネ寮に向けて穴を掘ろう!
師匠は学生時代、このような恋と失恋を繰り返し、トンネルを掘り続けたようだ。
アホすぎる……。
でもこの地図とトンネルは僕にとってはありがたい。
学生生活を楽しむためにも大いに活用させてもらうとしよう。
ところで箱の底に入っていた錠前だけど、こちらの謎も解けた。
師匠はトンネルと地下道を構築するうえで、学園の扉にかけられた鍵をいくつか外さなくてはならなかった。
魔法学園の鍵だけあって一筋縄ではいかない魔法錠ばかりだ。
ふつうは諦めるところなんだけど、天才の師匠は『
エロや盲目的恋のためにそこまでやるんだから、やっぱりある意味ラッセルはすごいのだろう。
そして、この錠前は『開錠』を練習するための魔道具だったのだ。
横についたダイヤルで難易度の設定ができるようになっている。
難易度1から練習して、最終的に難易度5を開錠できれば、この世界のほとんどの鍵を開けられるようになるらしい。
僕はこれをそっと箱に戻そうかとも思ったんだけど、結局は誘惑に打ち勝てなかった。
だってルアーム迷宮ではしばしば宝箱が発見されるんだよ。
こじ開けようとすればトラップが発動するものが多いとも聞いている。
安全に宝箱を開けるには鍵師の技術を持った仲間と組むか、町まで宝箱を持ち帰らなければならない。
だけど『開錠』の魔法を覚えていれば、そんな心配は一切なくなる。
僕は片づけを放棄して師匠の書いた術式を読みだした。
魔法を使うには、まず術式を完璧に暗記しなければならないからだ。
暗記がすんだら難易度1から練習してみるとしよう。
今夜は少し夜更かしをしてしまいそうだ。
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