第27話 ドラゴンパレス
カンタベルの都に戻った僕らは、レノア先輩に連れられて下町までやってきた。
「さあ、ついたぞ。ここがドラゴンパレスだ」
先輩が指し示す先には古くて汚い石造りの建物があった。
ドラゴンパレスは冒険部が日頃から世話になっている素材買い取り専門店である。
ただ、どうみてもドラゴンパレスは名前負けしている。
知らなかったら気づかずに通り過ぎてしまいそうなほどに店は小さい。
飾り気のないドアの横に手のひらサイズの看板が申し訳程度にかかっている。
『ドラゴンパレス 各種素材買い取り 高額査定承ります』
「どうみても普通の民家ですよね?」
「これでも創部以来ずっと
「なにがボロ屋じゃあっ!」
突然、痩せてヒョロヒョロのおじいさんが杖を振り回しながらレノア先輩を怒鳴りつけた。
いつの間にか僕らの後ろに立っていたようだ。
「うおっ、ゲッペル!?」
どうやらこの人がドラゴンパレスの店主らしい。
禿げた頭の両脇の髪は真っ白で、枯れ木のように細い腕をしている。
だけど目から溢れる覇気に衰えはない。
「うちは創業200年の老舗だぞ。文句があるのなら
おじいさんはぷりぷりと怒りながらドアを開けた。
「ナハハ……、怒るなよ、ゲッペル。悪気はないんだからさ」
レノア先輩はゲッペルさんと話しながら店の中へと入っていく。
呆然と二人のやり取りを眺めていた新入部員にシャロン先輩が説明してくれた。
「あの人が店主のゲッペルさん。口は悪いけど買い取り価格の公正さには定評がある人よ。これから長い付き合いになるだろうから、みんなもしっかりとあいさつしておきなさい」
僕らもシャロン先輩の後から店の中へと入った。
ドラゴンパレスの中は予想以上の奥行きを持っていた。
壁一面にずらっと棚がしつらえてあり、買い取った素材や販売品が山のように並んでいる。
その迫力に僕らは圧倒された。
「で、今日はなんじゃい? アンゴルクロウの脚でも持ってきたんか?」
カウンター席に座るゲッペルさんの前に、レノア先輩は大きな袋をドスンと置いた。
「へっ、今日はいつもとはちょっと違うぜ。中を見て驚け」
「フンッ、娘っ子がいきがりおって。どれ……」
ゲッペルさんは袋の口を開いて少しだけ目を見張る。
「ほぉ……、アンゴルクロウの脚に薬草各種……下の方はゲイルバッファローの尾か。ん? 七本もあるな。どうした? 弱小冒険部にしては中々の成果じゃないか?」
「へへっ、今年の新入部員は活きが良くてね。これからもばんばん買い取りを頼むことになると思うぜ」
ゲッペルさんは浮かれるレノア先輩に呆れたような視線を送る。
そして買い取り品を査定しながら話し続けた。
「調子に乗っていると足元をすくわれるぞ。冒険っていうのはそういうものだ」
「わかってるって。どうだい、いくらになる?」
ゲッペルさんは丁寧にメモ書きをしながら査定額を算出する。
アンゴルクロウ討伐報奨金 1000×12=12000
ゲイルバッファロー討伐報奨金 10000×7=70000
魔結晶(小) 500×12=6000
魔結晶(中) 800×7=5600
ゲイルバッファローの角 2800×7=5600
薬草(バラ) 3000
「全部で10万2千200レナウンだ。気に入らなきゃ他所へ行きな」
10万2千200も入るのか!?
今日はお祝いに大きな肉の塊でも買ってしまおうか?
浮かれた気分でカウンターに積まれる銀貨を眺めていたら、タオに袖を引っ張られた。
「見ろよ、ロウリー。ドゥヴノスの実だぜ」
すぐ横の台の上にサクランボ大の果実が籠に盛られている。
ドゥヴノスとは懐かしいな。
オレンジ色の実はホオズキのようにも見えるけど、味はイチジクに近い。
非常に珍しい果物で、標高の高い山岳地帯にしか生えていない貴重種だ。
僕は何回か採取したことがあるけど、危険な岸壁の隙間にあった。
ラッセルのサポートなしじゃ無理だっただろう。
「あれを食べると20秒だけ無敵状態になれるんだよね。山で獲ったことがあるよ」
「へえ、俺は実物を見るのは初めてだ」
ゲッペルさんは僕たちのことをじろりと睨む。
「ガキにしちゃあ良く知ってるじゃねーか。こいつは何だかわかるか?」
しわしわの手がカウンターに置いたのは大きな魚の骨だ。
50センチくらいはありそうで、頭の上に角のような小さな突起が出ていた。
ゲッペルさんは質問を出す試験管のように僕らを値踏みしている。
「コペイングかな?」
タオが即座に応える。
僕もラッセルに教えてもらった知識を少しだけ補足した。
「たしか骨に魔力を蓄えられる魚だよね。その力で長距離を泳ぐ回遊魚だ」
「秋から冬が旬なんだよな。噂ではけっこう美味いらしいぜ」
「じゃあ今度、コペイングのスープを作って小砦でパーティーをしようよ」
「ホームパーティー!? 宅飲みってエロイ響きがするよな!」
盛り上がる僕らをよそに、ゲッペルさんは挑発するような視線をレノア先輩に向けていた。
「おいおい、本当にマシな新入生が入っているじゃねーか。勉強なら部長さんより優秀かもしれねえぞ」
「うるさいなあ。私は腕で勝負するタイプなの。今年の武闘祭も優勝を狙っているんだからね」
武闘祭って、武器を使用した近接戦闘の大会だよね?
レノア先輩は今年も優勝を狙うっていってなかったか?
「先輩って、もしかして昨年の優勝者?」
「ああ。といっても、年齢別のな。総合では28位だから、まだまだたいしたことないよ」
「いや、それでもかなりすごいですよ」
強いとは思っていたけど、そんな実力のある人だったんだ。
「まったく、冒険部はクセの強いガキばかり集まりやがる。それでもお前らの初代部長バウマンよりはましだけどな。あいつは本当にどうしようもないやつだった」
え、師匠の話?
「あ、アスターはバウマン様の弟子なんだぜ!」
うわっ、レノア先輩が余計なことを言ってる!
その話はあんまり広めてほしくないのに。
案の定、ゲッペルさんは僕を胡散臭そうな顔つきで僕を見てきた。
「バウマンの弟子だとぉ~?」
「まあ、一応なんですけど……」
「あいつはどこにいる?」
「わかりません、旅に出てしまったので。いちいち弟子に居場所を告げる人じゃありませんし」
ゲッペルさんは大きなため息をつく。
「まあ、そうだろうな。とにかく、今度あいつにあったら言っといてくれ。10年前に貸していた金を返せとな。なんなら小僧が返してくれるか?」
やっぱりろくなことにならなかった……。
僕らは店の中で手に入れたお金を分け合った。
こういう時は計算が得意なシャロン先輩に任せるのが一番だ。
「今回の取り分は一人1万5千レナウンよ。残りの1万2千200は次回の活動費としてプールします。いいわね?」
異論を言うものは一人もいない。
ドライドを捕まえる罠を用意したり、夕飯の材料を買ったりと、活動費はけっこうかかるのだ。
銀貨1枚と小銀貨1枚をもらって僕の気持ちにも大きな余裕ができた。
さっそく今から買い物にでも行こうか……。
そのとき、僕は店の棚に置かれた綺麗な石を見つけた。
白、赤、緑、青など、色とりどりのマーブル模様で、大きさはドゥヴノスの実くらいだ。
「そいつはクランペ渓谷の石だぜ」
僕が石を見ているとゲッペルさんが教えてくれた。
クランペ渓谷はベルン山地の奥にある幻の秘境だ。
流れの激しい川ではこのような綺麗で珍しい石が取れるそうだ。
「加工前の原石だから値段は高くないぞ。一つ5000レナウンでいい」
苦学生にとってはじゅうぶん高価じゃないか!
でも、今は臨時収入がある。
アネットにお土産を持って帰るって言ったけど、ニグラダ平原では何にも用意できなかったんだよね。
代わりにこれを買っていってあげるとしよう。
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