第25話 秘密のほくろ
朝食の席で、固いライ麦パンを噛みちぎったレノア先輩が高らかに宣言した。
「今日こそゲイルバッファローを仕留める。みんな抜かるんじゃないよっ!」
昨夕、ここからほど近い小川のほとりで、僕らはゲイルバッファローの足跡を見つけている。
おそらく7頭くらいの群れだろう。
「でも、どうする? 追跡は簡単だと思うわ。足跡をたどればいいし、ララベルさんの『
シャロン先輩は冷静に議論を始める。
「そんなもん、追いかけて討ち取ればいいじゃない」
それに対してレノア先輩は直情型だ。
「相手はゲイルバッファローよ。アンゴルクロウみたいに簡単に狩れる相手じゃないわ。ことによったらガゼル型のドライドより手強いのよ」
ゲイルバッファローは平均体長がおよそ2メートル強、体重は800キロを超えるものがほとんどだ。
そんなものが突進してくれば無事ですむわけがない。
「そこはほら、アスターのオートシールドで……」
僕の方を向いたレノア先輩の顔が赤くなった。
きっとバスルームでのハプニングを思い出しているのだろう。
僕もかなり焦っているのだけど、動揺を悟られないように発言する。
「正面の敵だけなら僕一人で抑えてみせますけど、敵が7頭もいたんじゃ、全員を守り切るのは無理だと思います」
シールドは無敵だけど、カバー範囲は1メートル×2がいいとこだ。
「全部、落とし穴に落としちゃえばいいんじゃない? 向かってくる敵なら簡単に罠にかかりそうだけど」
ララベルが言うほど簡単じゃない。
「落とし穴は一つしか作れないんだよ、今のところは。だからその方法で狩れるのは1頭、よっぽど運がよくて2~3頭までだよ」
7頭ものゲイルバッファローが4メートル四方の穴に次々と落ちていくのは無理がある。
群れから孤立している個体を狙うのがいいのだけど、そんなボッチバッファローがいるだろうか?
「一撃離脱作戦はどうですか? 攻撃を与えて逃げる、攻撃を与えて逃げる、を繰り返すんです」
タオはゲリラ作戦を提案するがシャロン先輩は首を横に振った。
「隠れる場所が多い森の中や遺跡内ならそれも有効だと思う。でもここは草原よ。見晴らしが良すぎてすぐに見つかってしまうわ」
丘の起伏に隠れても、角度によってはすぐにばれてしまうということか。
「あの……」
おずおずと手を挙げたのはルルベルだった。
「なんだい、ルルベル? 意見があるなら遠慮なく発言していいんだぞ。冒険部で遠慮は無用だ」
レノア先輩に促されてルルベルは頷いた。
「敵が逃げずに向かってくるなら
「籠城戦だと?」
「アスター君の了承を得られればだけど、この小砦にこもって敵を討つんです。アスター君、小砦を設置するのにどれくらいの時間がかかる?」
「そうだな……地形にもよるけど、5秒くらいあれば」
すでに作ってある砦を呼び出すのにそれほどの時間はかからない。
「でしたらゲイルバッファローの目の前に砦を設置することは可能じゃありませんか? 城壁の上からこれをせん滅するのです」
レノア先輩は立ち上がってルルベルの両肩をがっしりと掴む。
「おとなしそうな顔をして大胆な作戦を考えるじゃないか! 私もいい案だと思う。ロウリー、異存はあるか?」
「ないですよ。せっかくの砦です。存分に使ってください」
「シャロンは?」
「私も賛成よ。やってみましょう」
僕らは朝食がすみ次第、ゲイルバッファローの追跡に取り掛かることにした。
出発直前にレノア先輩に呼び止められた。
みんなは鎧を装着するために寝室にいるらしく、キッチンには僕と先輩しかいない。
「ロウリー……」
先輩は真面目な顔で言いよどむ。
何を考えているかはわからないけど、怒っている様子はない。
「な、なんでしょう」
白々しく訊いてしまったが、話の内容はわかっている。
きっと今朝のバスルームでのことだろう。
僕ももう一度きちんと謝らなくてはならないと思っていたところだ。
「あ~、朝のことだけどな……、あれはもう忘れろ。見たものの記憶もなくせ」
僕は素直に頷いておいた。
でも記憶の消去は無理だと思う。
だってあんなに大きくて、きれいで、エッチで……。
「ああー! 今、私の裸を思い出しただろう!?」
レノア先輩が疑わしそうに僕の顔を覗き込んで抗議する。
「思い出していません!」
僕はむきになって否定した。
もちろん、思い出していないのは嘘だけど。
「だって、顔が赤いぞ。本当に、本当に、本当に、忘れたか?」
「正直に言うと無理です……」
「はぁ~、誰にも見せたことないんだぞ……」
恥じらいながら涙ぐんでいるシャロン先輩を見ていると、それは貴重なものをありがとうございます……とは言えない。
「ごめんなさい。僕には謝ることしかできません」
「鍵をかけておかなかった私も悪かったんだけどな……。でも一つだけ約束してくれ。今朝のことは二人だけの秘密だ。これでも伯爵家の娘なんだ。いろいろと困ることもある」
「わかりました。このことは絶対に口外しません」
先輩の左胸にほくろがあることは僕だけの秘密にします!
「うん、わかったならいい。今日も頑張ってくれ!」
レノア先輩はいつものサバサバキャラを取り戻したようだ。
こうして、この事実は封印するという密かな協定が僕らの間で結ばれた。
小川で見つけた足跡は草原を西の方角へ延びていた。
ララベルは『探索の風』を使いゲイルバッファローのいる場所を探り当てていく。
「臭いが薄いわ。かなり離れていると思う……。4キロ……いえ、5キロ以上の距離があると思う」
特に姿を隠す必要はないので、僕らは堂々と道を急ぐ。
こういうときにホース型のドライドがあると便利だろう。
走破性の高いアニマル型は草原などを旅するのに最適なのだ。
「部員の数だけホース型をそろえたいよな。そしたら探索もずっとはかどるのになあ。ニグラダ平原にはホース型のドライドもいるって話だぜ」
レノア先輩はうっとりと夢を語る。
「だったらぜひ捕まえたいですね。6頭のホース型を並べて探索だなんて、一流の冒険者みたいじゃないですか」
「だろ、だろ? でもさあ、アニマル型は捕まえたくてもすぐに逃げるんだよな。その点マシン型は動かないから楽だぞ」
先輩が遺跡で見つけたバイク型は全く動かなかったそうだ。
アニマル型は自律型ゴーレムなのに対して、マシンタイプは半自律型ゴーレムなんて呼ばれることが多い。
命令を受けて自動で動くこともできるんだけど、基本的にはじっとしているものがほとんどだ。
僕としてはどちらにも魅力を感じる。
マシン型は乗りこなす喜びがあるし、アニマル型は主従が一体となって動くところに予想外の効果が生まれるそうだ。
「ロウリーはどんなドライドが欲しいんだ?」
「僕ですか、僕はバード型に憧れています」
バード型は鳥の形をした飛行タイプのドライドだ。
アルバトロス型やロック型が有名だけど、激レアドライドでもある。
「バード型ときたか! でも、夢はでかい方がいいよな」
「そりゃあもう、冒険部ですから」
僕らは二人で笑いあった。
そこにはもう朝のような屈託した思いはない。
「シッ! 静かに」
風の匂いを嗅いでいたララベルが会話を遮る。
「近いわ……そろそろ見えるはず」
ついにゲイルバッファローとのご対面のときがきたようだった。
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