第20話 ニグラダ平原
長い苦痛の時間が終わり、週末がやってきた。
魔法史はあくびが出るほど退屈だったし、
救いはノエラ先生の『呪術講座Ⅰ 生贄の選定とその効果』くらいで、これは抜群に面白かった。
どういうわけかユンロンの一派がいつも生贄の実験台にされているところもよかった。
あいつら何かやらかしたのか?
とにかく今日から二日間は休みだ。
宿題はたくさん出ているけど気にしない。
冒険部はニグラダ平原へ一泊二日の旅に出る。
校門に集合した僕ら六人は、最初に街へと繰り出した。
まずやらなくてはならないのは食料と備品の買い出しだ。
「レノア先輩、今日の夕飯は何にしましょうか?」
「そりゃあもちろん肉だ! 塩コショウを振って焚き火で焼く」
先輩はいたってわかりやすい。
「でも、生ものなんて大丈夫ですか?」
秋とは言え気温はまだまだ高い。
肉や魚は傷んでしまう恐れがある。
「安心しろ、シャロンは氷冷魔法が得意だからな。冷やしてもらえば問題ない。ちなみにシャロンは火炎魔法も得意なんだぜ。四大魔法性格診断でいうところの二重人格だ、ウププ」
「うるさいわね。そんなの当たらないわよ!」
根拠はないんだけど、火と氷、
シャロン先輩のイメージはクールビューティーだけど裏の顔ってどんなだろう?
ちょっと気になる。
「淫乱だな」
珍しく小声でタオがつぶやいていた。
「身も蓋もなさすぎだぞ。せめてツンデレくらいにしておけよ」
「悪いな、俺は自分に正直に生きていたいんだ」
ほんとにタオは自由だよ……男の前では。
「リングイム君、こっちの袋を持ってくれる?」
「は、はい……」
シャロン先輩に呼ばれたタオは蚊の鳴くような声で返事をしていた。
肉だけにとどまらず、野菜やパン、ミルクや果物なども購入していく。
これは豪華な食事になりそうだ。
お金は学校から配られた活動資金で賄うとのことだった。
「冒険部は人数が少ないから活動費もあまりもらえない。今回の遠征では次回分も稼ぐからね。みんなしっかり素材をゲットするんだよ!」
「おー!」
元気に返事をしているのはパットン姉妹だ。
彼女たちは一攫千金を夢見ている。
僕らは手に入れた素材を入れる袋やロープなんかも買い足して学院へと戻った。
すべての準備を終えた僕らは先輩たちの案内で転送ポータルが設置されている場所に向かっている。
「いいか、何度も言うけど転送ポータルのことは極秘だからな。誰にも言うんじゃないぞ」
クラブ勧誘の際、真っ先に秘密を漏らした人が何か言っている……。
「とはいえ、ポータルのある場所は封印がかけられていて、滅多なことでは近づけないけどな」
ほう、僕の塔があるローレライの森と同じだな……って、向かっているのはそのローレライの森じゃないか!
塔のある場所よりずっと南だけど、どうやらポータルは同じ森の中にあるらしい。
考えてみればポータルを作ったのもラッセルだ。
ローレライの森に設置されていてもおかしな話じゃないな。
「これが目印だよ。封印の解除は代々の部長と副部長にのみ伝えられているんだ」
霧がかかるローレライの森の端っこに、小さな石像が立っていた。
その姿は穴から出てきたモグラだ。
モグラの表情は驚きに満ちている。
不意に地上に出て、いきなり開けた世界に戸惑いを見せているようだ。
ラッセルは、我々は無知なモグラである、ポータルを使って世界を見てこい、とそんなメッセージをこの石像に込めたのかもしれない。
でもモグラってほとんど視力がないんだけどね……。
レノア先輩は石像の前に手をかざし、口の中で呪文をつぶやく。
この呪文は僕が知っている解除の呪文と同系統のようだ。
ただ、先輩のは簡易版だな。
言うなれば僕やアネットが知っているのがマスターキーだ。
おそらく僕の呪文でもポータルの封印は解除できるだろう。
レノア先輩が呪文を唱え終わると、石像の周囲10mほどの霧が晴れていき、小さなアーチ状の石門が三つ現れた。
「右からルアーム迷宮、ニグラダ平原、ベルン山脈へ続く門だぞ。よく覚えておくように」
「バカレノア! 右からベルン山脈、ニグラダ平原、ルアーム迷宮よ。みんな間違えないでね。もう、ちゃんと書いてあるでしょう?」
慌ててシャロン先輩がレノア先輩の言葉を訂正する。
「んなこと言ったって、この文字は汚くて読めないんだよ。どうやったらこんな下手くそな文字を書けるんだか」
間違いない、石門に書かれたこの痺れヒルがのたくったような字は師ラッセルのものだ……。
あの人もこういうことは覚えられないからメモしといたんだろうな……。
「よーし、荷物を持ってついてこい! 滅多にないことだけどポータルを抜けた先でいきなり魔物にエンカウントすることもある。全員警戒を怠るなよ!」
剣を抜いて進むレノア先輩に続き、シャロン先輩、僕の順番でポータルをくぐった。
小さな石門を抜けると、そこはニグラダ平原だった。
見渡す限りの広い草原が続き、ところどころに木がまばらに生えている。
今いる場所は緩やかな丘の上で全方位に渡って遠くまで見渡すことができた。
「ようこそニグラダ平原へ。ここが私たち冒険部に与えられたフィールドだよ!」
僕ら新入生は茫然と景色に眺め入る。
数秒前までいたのは王都カンタベリンで、今はそこから100㎞以上離れた草原にいるのだ。
自分たちが置かれた状況を把握するのに少しくらいの時間はほしい。
すごい……。
ラッセル、アンタは滅茶苦茶な人間だけど、やっぱりすごい魔法使いだよ!
こんな素晴らしい魔道具を開発するなんて。
これさえあれば三つのエリアは探検し放題じゃないか。
転送ポータルはおそらく僕も解除できる。
ソロで冒険に来て腕を磨くことも可能だな。
「よし、まずはベースキャンプを設営するぞ。この丘にテントを立てて今夜のねぐらにするんだ」
レノア先輩に指示されて、僕らは運んできたテントを設営した。
張るのは二つ、女子用と男子用だ。
「一つのテントに雑魚寝じゃないのか……」
タオはどうしてそういう発想をできるのかが僕にはわからない。
それに気を遣うのは嫌なので、僕は別々の方がいいと思う。
「先輩、あの、トイレはどうするんですか?」
モジモジしながらルルベルが質問している。
ここは草原で見渡す限り遮蔽物がない。
「それはその辺でするしかないんだよ。土魔法で小さな穴を掘ってさ……。ちなみに男子諸君!」
レノア先輩が眼光鋭く僕たちを睨みつける。
その手にはブロードソードが太陽光を浴びて輝いていた。
「覗いたら切り落とすぞ」
「なにを……?」
「あれをだ!」
「ひーっ!」
タオが情けない声を上げていた。
それくらいレノア先輩の迫力はすさまじい。
「いやいや、そんなことしませんって。見張ってもらっていても構いませんから」
ライオンに睨まれた小動物のように僕とタオは震えていた。
「でも、トイレのたびにアスター君たちを見張るのも恥ずかしいよね……」
俯きながらルルベルは唇を噛んでいる。
女の子にとってはそうだよなあ……。
よし、仕方がない。
「あの、解決方法があります」
「というと?」
「俺のも見せますので、おあいこということで!」
「タオは黙ってて!!」
僕は周囲を見渡してなるべく凹凸のない斜面を選ぶ。
「この能力は秘密にしておこうかと思ったんですけど、冒険部の人たちは信用できそうです。だから、僕の真の能力『
「
シャロン先輩の質問には後で答えることにして、僕は自分の魔力を展開する。
「出でよ、小砦!」
草が風にうねる草原に、小さな砦が出現していた。
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