第10話 入学式
先生の登場にクラスは息を呑んで静まり返った。
特に男子生徒は全員が先生に釘付けだ。
「ア、アンバランスアタックが直撃。煩悩値180%上昇。危険水域だ……」
隣に座っている眉毛の太い少年が先生を見ながらブツブツとつぶやいている。
おかしな奴だと思うけど、気持ちはわからんでもない。
幼い顔立ちに成熟した大人の女性の体つき。
服はきっちりしたドレスシャツを着ているのだけど、サイズがあっていないせいか第二ボタンから第四ボタンまでがパツンパツンになっている。
でも先生はそんなことをまったく気にしていないようで、おっとりとした感じで喋り始めた。
「私がみなさんの担任を受け持つノエラ・ルピックです。気軽にノエラ先生って呼んでくださいね」
ノエラ先生は少し甘えた感じの声をしている。
「くっ、声だけで誘いやがって。お前はセイレーンか……」
船乗りを歌声で魅了して海中に引きずり込む海の妖魔ね。
てか、お前はさっきから何なんだ?
ブツブツと独り言をしゃべりながら、スケベな視線を隠そうともしないで先生の胸に注いでいるし……。
体格は小柄なのに、やけに堂々としたエロガキだ。
「それでは名前を読み上げますので、呼ばれた人は先生のお顔を見て手を上げてくださいねー」
ノエラ先生は生徒の顔と名前を一致させるよう、丁寧に確認していく。
僕も名前を呼ばれたけど、間近でじっと見つめられたらドキドキしてしまった。
「え~と、次は……タオ・リングイム君!」
「はい……」
蚊の鳴くような返事が聞こえたと思ったら、隣の席でさっきからブツブツ言ってた子だった。
返事より独り言の方が大きかったぞ。
「え? あ、貴方がタオ君ね。もう少し元気よくお願いね」
タオは真っ赤になって俯きながらコクコクと頷いている。
どうやら恥ずかしがり屋のようだ。
「え~と、次は――」
先生が次の子の名前を読み上げるとタオの視線が再び持ち上がり、先生の胸に固定された。
恥ずかしがり屋なのか堂々としているのかよくわからない奴だった。
一通りの点呼が終わると、いよいよ入学式のために講堂へと移動することになった。
今日は大勢の
「怖い……じゃなかった、偉い人たちもいっぱい来ていますから、みなさんいい子にしていてくださいね。お行儀が悪いと先生のボーナス査定に影響しますから。入学式が終われば後は自由行動ですから、それまでは一生懸命おとなしくしているんですよー」
冗談とも本気ともつかないノエラ先生に促されて、僕らは移動を開始した。
入学式は学院長の講話や来賓の祝辞があっただけで、特におもしろいものではなかった。
将来この国を背負って立つ人材の育成がどうたら言ってたけど、僕にそんなりっぱなものが務まる気はしない。
へんなところだけ師匠に似てしまったかな?
こんな感じでつまらない入学式だったけど、おもしろくなってきたのはむしろ式が終わってからだった。
講堂を出ると、通路の両側にクラブの勧誘ブースがたくさんに出ていたのだ。
各種の運動部に『クリーチャー・テイマー部』『コスチューム研究会』といった文科系のクラブもある。
『TS研究会』ってなんだろう?
魔法薬で性別を変えて楽しむの!?
都会の学院はすごいんだなぁ……。
他にも『ダンジョン飯研究会』や『黒ミサ同好会』なんていうクラブも目を引いた。
おや?
あれは同じクラスのタオ・リングイムじゃないか。
彼が見ているのは『魔法薬学研究会』か……。
意外と真面目なクラブに目をつけているようだ。
ずいぶん熱心にパンフレットを読んでいるぞ。
ちょっと声をかけてみようかな。
「やあ、魔法薬学研究部に入部するの?」
僕が話しかけるとタオ・リングイムはびくりと体を震わせ、無言のままに見つめ返してきた。
まるで、なんでこいつは話しかけてくるんだ? という目つきだ。
「同じクラスのロウリー・アスターだよ。教室では隣の席に座っていただろ?」
「え、いや……そうっだったっけ?」
彼はずっとノエラ先生を見ていたから、僕のことなんて眼中になかったかもな。
「うん……。それで、おもしろそうなの? 魔法薬学」
「いや……このレベルじゃ入部する価値はない」
「なんだかすごい自信だ。君は魔法薬学に詳しそうだね? もしかして趣味?」
「趣味というよりはライフワークだな」
15~6歳でそこまで言い切れるのはすごい。
「へえ、僕の両親は薬師だったから、僕も薬草に関しては少し詳しいんだ」
そう言うと、タオ・リングイムはようやく僕に興味を持ったような視線を向けてきた。
「君は貴族じゃないの?」
「そんな風に見える? ゴリゴリの庶民なんだけど」
「そっかぁ……、エラッソなんかとやりあっていたから、てっきり対立する家の貴族かと思ってたよ」
どうやらタオ・リングイムは僕を貴族と勘違いして敬遠していたようだ。
「君は?」
「父は神官だよ。カンタベルの小さな神殿で助祭を務めている」
「おお、都会っ子なんだね」
山奥から出てきたからタオがカッコよく見えてしまった。
「君はどこから?」
「ロメア地方」
「ロメア地方だって!? 褐色美人が多い地域じゃないか!」
そう言うタオはさっきのスケベ面に戻っていた。
「そ、そういう話らしいね……。僕は山の中に住んでいたから、よく知らないんだ」
「おいおい、大損の人生を送っているな。見るだけなら犯罪には問われないぞ。俺なら毎日鑑賞に出かけるけどな」
なんだかタオが急に元気になってきたぞ。
話題が女の子のことになったからか?
「それにしても俺たちはついているよな」
「ついてる?」
「担任のノエラ先生だよ。あの顔にあのボディー! 無自覚なエロスだよな……くぅ~手強い!」
何が手強いんだろう?
「たしかにステキな先生だよね」
「ステキ? いや、清楚にしてゴージャスと形容するべきだろう。明日は早起きして一番前の席に座るつもりさ。もうロウリーには負けないよ、あの席は俺のものになるっ!」
争ったつもりは一つもないんだけどな……。
まあ、僕もできることならもう一度あの席に座ってみたいけど、ここまであからさまに決意表明ができるほど図太くない。
「タオの情熱に負けたよ。あの席は君のものだ」
「ロウリー……。君、ひょっとしてリア充?」
「なんでさ?」
「あっさりと爆乳を放棄するから……」
「大半の人は君みたいに強くないんだよ……」
ラッセルにも『お前は恥じらいが強すぎる。もっと欲望に対して忠実になれ』って叱られたよなぁ。
でも性格的にタオほど自由には振舞えない。
他の女子にどう思われるかも気になっちゃうもんね。
それが普通だろ?
それとも都会ではタオみたいなのが一般的なの?
そんなことを思い悩みながらタオとブースを回っていると、元気に話しかけてくる女の子がいた。
「アスター君!」
それはエラッソに絡まれていたララベルとルルベル姉妹だった。
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