第8話 新しい部屋

 アネットとお茶を飲みながら僕は塔の間取りについて考えていた。

ポイントは23もあるから新しい部屋を作れるし、すでにある寝室やトイレをグレードアップさせることもできる。

今度はどんな部屋を作ろうかな?


名前:ロウリー・アスター

特殊能力:塔マスター(レベル2)

魔法:身体防御(プロテクト)ストーンバレット

身体能力:自己治癒力

エクストラギフト:オートシールド 

タワー構築・部屋作製

保有ポイント:23


好感度・親密度

 ラッセル・バウマン  ★★★★★★★★★★

 アネット・ライオット ★★☆☆☆☆☆☆☆☆


 作成可能な部屋の種類(カッコ内は必要ポイント)

寝室:レベル1(4)、書斎(4)、居間(4)、食堂(4)、キッチン(5)

食糧庫(5)、トイレ:レベル1(4)、工作室(7)、バスルーム(5)、ゲストルーム(4)、遊戯室(5)etc


 必要なのはキッチンだろうか? 

わざわざ外で煮炊きをするのは大変だし、雨の日は焚き火もできないからね。

この小屋にはキッチンがついているけど、ここまで借りに来るのも面倒だ。


それからバスルームというのも捨てがたい。

そんなものに入れるのは富裕層だけだもん。

庶民は、夏は水浴び、冬はお湯とタオルで体をぬぐうのが一般的だ。


「さっきから、なにボンヤリしてるのよ? ニヤニヤして気持ち悪いわよ」


 彼女にはステータス画面は見えないから、僕が空想の中でヘラヘラしているように見えたのかもしれない。


「実は塔に新しい部屋を作れるようになったから、どうしようかって考えていたんだ。キッチンとバスルームをつけるつもりなんだけどね」

「バスルームですって!? ロウリーは個人でお風呂を持つつもり?」

「そうだよ」

「……贅沢ね」

「だって学院の寮にはバスルームがついているんだろう? 生徒の中で僕だけ入れないというのは悲しいじゃないか。ロウリー君臭いよね、とか言われたら学院生活が闇に閉ざされてしまうよ」

「ま、まあ、そうかもしれない……」

「だから、バスルームは絶対に必要なの!」


 僕は荷物から紙とペンを引っ張り出して塔の略図を書いていく。


「今はこんな感じでだだっ広い部屋が三つあるだけだろう? ここに、バスルームとキッチンを追加したいんだよ。どういう風にしたらいいかな?」

「とりあえず言えるのは、トイレをもっと小さくしなさいってことかしら。こんなのはどう?」


 僕らはあーだ、こーだ言いながら、一つのペンを奪い合い、思い思いの間取りを紙の上に描いていく。

こういう作業って楽しいな。


「トイレは寝室から近い方がいいわよ。バスルームもね」

「じゃあキッチンはどこに置く?」

「このあたりかなあ……」

「だったらここを通路にしちゃおうよ」

「それいい考えだわ! うっ……」


 はしゃいでいたアネットの動きが固まってしまう。

僕らは興奮しすぎて、お互いの体がぴったりとくっついてしまっていたのだ。

アネットは不意にそのことに気がついて恥ずかしくなってしまったらしい。

僕らは不自然に自然をよそおって、ゆっくりと体を離した。


「ま、まあ、こんな感じでいいんじゃない……」

「そうだね。さっそくいじってみるよ」


 ぎこちない雰囲気になってしまったけど、実際に部屋を作ればこの微妙な空気も再び盛り上がるだろう。

塔の改修をするために僕らはそろって外へ出た。


 部屋の追加は短時間で、1分もかからずにすべては終了した。

その間、ちょっと塔が光ったり、軽い地響きを立てたりするくらいで、周囲で騒ぎが起こるほど目立つような現象は起きていない。

たとえそんな大げさなエフェクトがあったとしても、ここはラッセルの結界で守られているから、誰も気づくことはないだろう。


「もうできたの?」

「うん。これでバスルームもキッチンも完成しているはずだよ。間取りも変わっているはずだから入ってみよう」


 僕は先に立って塔の中へと入った。

 入ってすぐの広間に目立った変化はなかった。

ただ、正面の広い壁の扉が2個から4個に増えているだけだ。

一番左がトイレ、すぐ横は寝室で真ん中が通路、その奥はバスルームに繋がっている。

そして一番右側がキッチンだった。


「まずはキッチンから見てみようか」


 僕らは15秒をかけて広間を横切り、キッチンの扉を開けた。


「キッチンというか、お城の厨房くらい広い気がするんだけど……」


 最大幅が25mもあるもんね。

かけっこができそうなくらいだよ。

しかもキッチンの主要装備は隅っこの方に固まっている。

これじゃあ、余計に寒々しく感じるのも無理はない。

でも、台所の設備としては申し分ないんじゃないかな?

火炎魔法を利用したコンロは三つ、水魔法がついた水道にはシンクが二つ付いている。

調理台や食器棚、小さなダイニングテーブルまであり、必要なものはすべてそろっていた。


「この棚は何かしら?」


 アネットがクルミ材の飾り板がついた黒い箱をつついている。


「それは冷蔵庫と言って、氷冷魔法を利用した食料保存庫だって。しかも一日につき一つ、ランダムで食料が現れることになっているんだ」

「それは嬉しい機能ね。これさえあれば餓死することもないじゃない」


 学院では食堂でランチが食べられる。

ただし、朝ご飯と夕ご飯は寮ごとの食事になるから、寮生じゃない僕は自前で食事を用意しなければならないのだ。

どうしようかと思っていたけど、これなら何とかなりそうだ。


 冷蔵庫の中を開けてみると大きなボロニャンソーセージが入っていた。

一回では食べきれないくらいだからしばらく肉に困ることもないだろう。


「でもさあ、ここだけでも火炎魔法、水魔法、氷冷魔法の三種類が使われているじゃない。そのための魔力はどこからまかなわれているのかしら? もしかしてロウリーってとんでもない魔力保有量があるとか?」

「それは違うよ。僕の魔力保有量は他の人より多いみたいだけど、塔のすべての機能を賄えるほどたくさんはない。塔は地下や空気中の魔素を集めて魔力に還元しているそうだよ」


 冷蔵庫なんかは一晩中稼働しているから、魔力を送り続けていたら僕が日干しになってしまう。


「次はバスルームを見てみようよ」


 僕らはキッチンから通路に抜けてバスルームへ向かった。


 こう言ってはなんだが、相変わらず無駄に広いバスルームだった。

トイレの時と同じで、部屋のど真ん中に猫足のついた広いバスタブがでんと備わっている。

バスタブの横には金属製のパイプが上に向かって伸びていて、先端が白鳥の頭のように曲がっていた。


「これは何かしら?」

「シャワーという道具だって。そこのコックをひねると、あそこからお湯が降り注ぐみたいだよ」

「へえ、初めて見るけど面白そうね。お湯を出してみてもいい?」


 僕も気になるので同意した。


「うわっ、本当にお湯が降ってきた! うわぁ、すごいなぁ!」


 アネットは手でお湯の雨を受け止めてはしゃいでいる。


「よかったら使ってみる? こっちの棚にバスタオルもあるし、せっけんなんかもそろっているよ」

「えっ……」

「こっちはシャンプーと言って髪を洗うための液状せっけんだって。お、ラベンダーとベルガモットの匂いがする」


 他にもバスタブに入れるための入浴せっけんや、ボディーオイルなんてものもあった。


「遠慮しなくていいから全部試してみるといいよ」


 僕は何も考えずにアネットにバスルームを勧めてしまった。

だけど、ちょっと考えればそれが非常識なことだってすぐに気づくよね。

言ってしまってからヤバいと気が付いたんだけど、時遅しってやつだ。


「バ、バカじゃないのっ! 男と女が二人きりなのよ! そんな中でバスルームなんか使えるわけないじゃないっ!」


 自分としては親切のつもりで言ったのだが、あまりにデリカシーのない言葉だったな。

素敵なバスルームができたことで浮かれてしまっていた。


「ごめん、つい浮かれて変なことを口走っちゃったよ。許してくれ」

「そうよ。いきなりなんてびっくりしちゃうじゃない」

「えと、アネットをどうこうしようとか、変な考えはなかったんだよ」


 あれ? 

自分で墓穴を掘ってないか?


「どうこうって……」

「違うんだ! アネットは美人だしスタイルもいいけど、いやらしい気持ちとかはなくて!」


 ん? 

穴が深くなっている? 

アネットはすらりとしているくせに胸が大きい……。


「それって……」

「だから! その、バスルームを持てたことが嬉しくて、おすそ分けの気持ちが働いただけで、下心とか、そういうのはなくて!」


 言い訳すればするほど深みにはまっているような気がする。

アネット、怒っているよな……。

……って、あれ? 

怒ってない? 

不機嫌そうな顔だけど視線を逸らして顔を赤くしているし……。


「もういいわよ……。これだけステキなバスルームだから、はしゃいじゃう気持ちもわかるわ。私もちょっとだけシャワーを使ってみたいなとか思ったのは事実だもん。あっ! だからと言って本当に使うことはないわよ! 私、そんなにはしたない女じゃないから」

「うん。わかってる」


 ピチョーン


 二人の間に沈黙が訪れ、シャワーから滴る雫だけが音を立てていた。


「ほら、手を拭きなよ」


 お湯で濡れたアネットの手にタオルをかけてあげた。


「ありがとう……。そろそろ帰らないと……」

「僕も街まで行かなくちゃならないんだ。途中まで一緒に行こう」

「……うん……」


 ここにいたらいつまでも意識してしまいそうで、ちょっと息が詰まる。

出かけるというのはいい考えだった。

季節は夏が終わり、秋が始まろうとしている。

日差しが柔らくなって、風が気持ちのいい日だ。


「食料品を売っている店を知っている?」

「ええ。おすすめのがあるわ」

「だったらそこへ連れていってよ」

「しょうがないわね。ロウリーに王都を案内してあげる」


 外に出ると僕たちはすっかり元通りになっていた。


「出るときに結界を張りなおすのを忘れないでよ」

「わかってる。僕だって塔に勝手に入られるのは嫌だからね」


(アネット・ライオットの好感度が上がりました。ポイントが10付与されます)


 また? 

でも、そうかもしれない。

ラッセルからの入学祝いのこと、バスルームのこと、今日の僕らは少し秘密めいた時間を共有したから……。

夏の終わりの入道雲が風に運ばれて山の向こうへと押されていく。

それと同じ風に乗って、僕とアネットは午後のカンタベルへと繰り出した。




タワー構築・部屋作製

保有ポイント:13


好感度・親密度

 ラッセル・バウマン  ★★★★★★★★★★

 アネット・ライオット ★★★☆☆☆☆☆☆☆

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