Episode6-A 天使のくせに

 18歳になったばかりのケヴィンは、バイク事故で突然の死を迎えた。

 肉体は滅び、魂だけの状態となった彼の元に、一人の天使がふわりと降り立った。

 彼女は呆然と立ち尽くしたままのケヴィンに向かって、この上なく美しく清らかな手をスッと差し出した。


「あなたを迎えに来ました。さあ、私の手を取ってください」


 だが、ケヴィンは彼女の手を取ろうとしない。

 この世に未練と執着があり過ぎるからなのか?

 それとも、天使という存在を目の当たりにした驚きによって、立ち尽くすことしかできなくなっているからなのか?


「……チェンジ」


「え?」


「聞こえなかった? 俺は『チェンジ』って言ったんだよ」


 不機嫌さを全く隠そうともせずに、ケヴィンは続ける。


「別の天使を迎えによこせって言ってんの。天使っていったら、普通は超絶美人なはずだろ? なんで天使のくせに、そこら辺を歩いている女と変わらない顔面レベルなワケ? なんで天使のくせに、ホットガール(hot girl)じゃなくて常温ガールなワケ? この若さで死んじまっただけでもついてないのに、迎えの天使までもが”こう”だなんてさ。俺は本当についてないよ」


 当の迎えの天使は、面と向かって容貌を侮辱されるなんてことは初めてであったらしい。

 彼女の頬は、羞恥と怒りによって、みるみるうちに赤く染まっていった。

 だが、彼女はすぐに気を取り直したようだ。


「分かりました。美しい顔の天使であれば良いのですね。では、あなたのお望み通り、別の天使を……美人の誉れ高い天使をここへと連れて参ります」


「そうそう、どうせ”短い間”だけのことだろうし。最期の最期ぐらい、俺にエクセレントな思いさせてよ」


 ケヴィンは高を括っていた。

 天使の手を取って天国に行くまでの時間は、せいぜい数十分から数時間の”短い間”だろうと。


 何も永遠に付き合っていくわけじゃない。

 俺がホットガール(hot girl)と即答できるほど美人なら、性格や趣味嗜好なんて別にどうでもいい。

 ま、仮にも天使なんだから、そんなエキセントリックなのはいないだろうし。


 それからしばらくして、先ほどの天使は別の天使とともに、ケヴィンの前にふわりと降り立った。


 新顔の天使を前にしたケヴィンは、もうとっくに止まっている心臓が再び動き出すんじゃないかと思う程の衝撃を受けた。

 言葉すら出てこなくなった彼は、彼女のその美貌にただただ見惚れるばかりであった。

 ”美人の誉れ高い”というのは、まぎれもない事実だろう。

 彼女の美貌の名声は、月の裏側にまで届いていると言われても頷けるほどだ。


 これぞ、まさに天使。

 やっぱり天使はこうでなくちゃ。

 ラッキー、ラッキー、大ラッキー!

 『Rolling in clover!』だ!

 これほどの幸運が舞い込んでくるなんて!


「……彼女で問題はありませんか?」


 最初の天使が”心配そうな声で”ケヴィンに問う。


「あ、ああ……モチロンだよ。”そっち”はもう戻っていいから」


 ケヴィンは、最初の天使の顔を見ることも、お礼も言うことなく、”そっち”呼ばわりしたあげくに、手でシッシッと追い払った。

 用済みになった物以下の扱いだ。

 しかし、最初の天使は、ケヴィンのその態度に腹を立てているわけでもなければ、傷ついているわけでもないようであった。

 何度も何度も……本当に何度も、”後ろ髪を引かれている”かのようにケヴィンたちを振り返りながら、上へと戻っていった。


 ついに2人きりとなったケヴィンと新顔の天使。

 彼女は、ケヴィンの魂をとろけさせる魅惑的な微笑みを浮かべたかと思うと、自身が身に付けている純白のローブをたくし上げ始めた。

 形の良い真っ白なふくらはぎが、真っ白なふとももが、ゆっくりと、ゆっくりと露わになっていく……


 え?

 ええっ?

 まさか、この超絶美貌の天使は、俺の最期の最期に、さらに”エクセレントな経験”までさせてくれるというのか?

 魂の状態だけど、できるよな?

 やっぱ、こういうことって、気持ち(魂)の問題だと思うし。


 しかし、彼女の美しい両脚の間からズゾゾゾゾゾゾと這い出てきたのは、黒くて長くて太い……この上なく立派な蛇であった。

 ヌメヌメと黒光りするアナコンダ級の大蛇は、ケヴィンをその光なき両の眼(まなこ)にとらえた。

 それは完全に、生餌に対する捕食者の目であった。


 え!

 ええっ!

 なんで、蛇?

 これほどの大きさの蛇が、そのローブの中に……というか、両脚の間に収まっていたのか?

 いったい、どういう仕組みになっているんだ?

 いや、そんなことより……


「な、な、な、なななんで、天使のくせに、蛇を従えているんだよ! そ、そ、そ、そりゃあ、蛇と人間の関係ってアダムとイブの時代から切り離せないモンだし、世界各国の神話とかにも登場してるけど、仮にもあんたは天使だろ! なんで天使のくせに……」


「あのさぁ、そんな”何とかのくせに”という言葉、使わんほうがええよ。そんなんは単にあんた一人の凝り固まった価値観での決めつけやと思うで。”○○やから××”とか、”△△やから□□”とか……天使も人間も、いろんなのがおるんやし。何もかもが一つの方程式に当てはめられるもんやないって。それなら、私もあんたに言わせてもらうけど、『なんであんたは男のくせに蛇が怖いん? なんで男のくせに蛇にビビっとん?』 そう言われるの、嫌やろ?」


 なぜ、方言で喋っている?

 そもそも、「天使」ってだけで充分にキャラ立ちはしているんだから、「大蛇」とか「方言」とか色々詰め込まなくていいんだって。

 だが、絶世の美貌とのギャップ萌えを狙っているのか狙っていないのか定かではない方言ならともかく、この恐ろし過ぎる大蛇というオプションが付いているのはキツイ。

 キツイというより、霊長類として本能的な恐怖しか感じない。

 こんなことなら、『美しい天使様の足の間には黒くて長くて太い……この上なく立派な男根がありましたとさ』というオチの方がまだマシだ。


 しかし、ケヴィンの恐怖をものともせず、天使は彼へとスッと歩み出て、傍らの大蛇も彼へとズズッと”這い出た”。


「ちょ、ちょ、ちょっ! チェンジ!! もう一回チェンジだ!!!」


「今さら何、言うとん? 二度もチェンジするんはさすがにナシやろ?」


「じゃ、じゃあ、最初のチェンジそのものを取り消す! さっきの天使を呼び戻してくれ!!」


 最初の天使は、「天使」という期待値に膨らんだ目で判定したら今一つだったけど、普通の女としてなら充分にいけるレベルだったじゃないか?

 いや、むしろ、美人だったような気がする。

 手もすごく綺麗だったし。

 この蛇天使みたいに顔面レベルだけが沸騰しているエキセントリックなホットガール(hot girl)よりも、大火傷する心配がない真っ当な常温ガールの方がいい。

 もう一度、あの天使に迎えに来て欲しい。彼女に会いたい。

 そう、最期の最期ぐらい、俺は穏やかに……


「クローバーちゃんなら、もう別の人を迎えに行っとると思うで。あの子は”常にお茶を挽いとる(挽いている)”私は違って忙しいんやきん。他の天使たちも同じや。今、この瞬間にやって、世界中で人は死んどるんやからな。あんたより遥かに年がいっとる人はもちろん、あんたより若い人もな。クローバーちゃんは、あんたの最期の最期の我儘を聞いてくれたやろうけど、私の場合はそうはいかんで。ごねたら何でも自分の思い通りになるって思ったら大間違いや。生きとる間も死んだ後も、自分の思い通りにならんのがデフォルトなんやって理解すべきやな」


「わ……分かった。とりあえず、その蛇だけは”中に”しまってくれよ」


 ケヴィンは、当初こそがあの天使の名前も含めて『Rolling in clover!』な状態であったことを知った。

 そして、この蛇天使が”常にお茶を挽いとる(挽いている)”のも、それ相応の理由があってのことだということも……

 いくら絶世の美貌の持ち主とはいえ、不吉で禍々しく、猟奇的で殺気に満ちたオーラを放っている大蛇を、体内に収納している天使の手なんて、正直、触りたくない。

 でも、もはや退路は完全に断たれてしまった。

 ”たった一つの道”しか残されていないなら、そうするしかない。

 嫌々ながら震える手を差し出したケヴィンであったも、蛇天使は首を横に振り、傍らの大蛇を示した。


「いやいや、あんたを直接、連れて行くのは”この子”の方や」


 ”たった一つの道”は、ケヴィンが想定した道ではなかったのか!


「な、何の拷問だよ!! 魂の状態とはいえ、この大蛇に巻き付かれ……いや、ニュルニュルギュルギュルと締め上げられながら、連れて行かれるってのか!?」


「やきん(だから)、違うって。この子の”中に入って”天国まで行くんやで。丸一日かかるけど、着いたらちゃんとゲポゲポッと吐き出させるし。あんたはもう生身の肉体ではないきん、中で窒息したり、消化されてドロドロになったりもせんから安心してな。数少ない経験者に聞いた話やと、意識もずっとハッキリしたままらしいし、この子の中は癖になる温かさと圧迫感らしいで」



(完🐍)



【後書き】

 蛇天使さんが喋っている方言ですが、香川県生まれの作者が普段使いよる(普段使っている)言葉を文字に書き起こしてみました。でも、ちょっとおかしいトコ、あるかもしれん(あるかもしれない)です。

 ちなみに、英語圏にも日本語の「お茶を挽く」に該当する言葉ってあるんでしょうね、きっと。

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