Episode2-A サイコ

 現在、”切り裂き男”という通り魔が、佐衣子(サイコ)の住むO市を騒がせていた。

 夜、一人で歩いている女性の後をつけ、女性のコートやスカート、バッグなどを鋭い刃物で切りつけて走り去るといった卑劣な犯行だ。


 他人事ではないというのに、リビングのつけっぱなしのテレビから”切り裂き男”に関するニュースが流れている今も、佐衣子はソファーでゴロゴロと寝転がり、スマホを弄り続けていた。

 そんな佐衣子をおばあちゃんが心配そうに見る。

 佐衣子はおばあちゃんだけでなく、両親とも暮らしていたが、両親はどちらも超仕事人間であり、佐衣子は実質、おばあちゃんに育てられ……いや、甘やかされ続けてきたようなものであった。

 

「佐衣子ちゃん、今夜、栞(しおり)ちゃんの家でお泊り会があるって言っていたけど、そろそろ準備しなくていいの?」

「うーんと……私、今、ハブかれ中なんだよね」


 あっけらかんと答えた佐衣子とは正反対に、おばあちゃんの顔が瞬時に凍りつた。

 ”ハブ”というのが、沖縄に生息している蛇を指しているのではないということをおばあちゃんは知っている。


「え? え? どうして、どうして、どうして、こんなにいい子の佐衣子ちゃんが……」

「なんだかぁ、栞たちと一緒に遊ぶ約束をドタキャンしちゃったことがあって、そのことでちょっと揉めちゃって……」


 佐衣子は少しばかり、自身の”非”を縮小して話していた。

 突発的でやむを得ない事情ができたから、約束をキャンセルせざるを得なかったわけではなく、単に自分の気分が乗らないために連絡も入れずにドタキャンしまくったことは一度や二度じゃない。

 そして、ちょっと揉めたどころの話ではなく、栞含む友人四人に「いい加減にしてよね! 親しき仲にも礼儀ありってことぐらい分かるでしょ!」「せめて、連絡の一本ぐらい入れることすらできないの!」「こんなに何度も何度も、もうあんたなんか知らない!」「あんたは私たちとの約束を……ううん、信頼を裏切ったんだ!」と、彼女たちの溜まりに溜まった怒りと悲しみによって、詰め寄られた超修羅場であったことも……


 幼い頃から自分を溺愛してくれいてるおばあちゃんは、身内フィルターに加えて、100%自分の味方であることを佐衣子は充分なまでに知っている。


「栞たちにL〇NE送っても、既読スルーのままだよ。昔からの友達を失うのは悲しいけど、友達はまた作ればいいよね」


 おばあちゃんからの同情をしっかりと買い、あわよくば気晴らしのためのお小遣いをたっぷり貰えればという期待を込め、佐衣子はおばあちゃんを見た。

 しかし、おばあちゃんの目線は佐衣子ではなく、点けっぱなしのテレビへと向かっていた。

「佐衣子ちゃんを仲間外れにして、虐めるなんて……あんな子たち、切り裂き男の被害に遭えばいいのよ」

 そういったおばあちゃんの瞳は、涙に光っていた。




 翌朝、佐衣子の元に、とんでもない事件の一報がもたらされる。

 なんと昨夜、栞含む友人四人全員が栞の自宅にて、殺されたというのだ。

 仮に、佐衣子もお泊り会に参加していたなら、五人目の犠牲者になっていたかもしれない。

 ハブかれていたことで、佐衣子は命拾いしたのだ。

 友人たちの早過ぎる死とその最期を悼むよりも、安堵によって佐衣子の体は震え出した。

 

 おばあちゃんはそんな佐衣子を落ち着かせるためか、佐衣子が昔から好きな蜂蜜入りのホットミルクを作ってくれた。

 リビングのテレビのリモコンを手に取ったおばあちゃんは、”見ちゃダメよ”とテレビを消すのかと思いきや、ボリュームを上げた。

 そのおばあちゃんの横顔に違和感を感じた佐衣子。


 いや、違和感を感じたのはテレビから流れてくるニュースにもだ。

 事件の第一報がもたらされた時、誰もが最近このO市を騒がせている切り裂き男の仕業ではないかと考えただろう。

 あの切り裂き男は女性の衣服や所持品を切り裂くばかりか、エスカレートして、ついには殺人まで……と。


 だが、今までの切り裂き男の十数回にも及ぶ犯行は全て一人歩きの女性を狙った屋外での犯行である。

 それに、犯行現場となった栞の家には不審者が外から侵入した形跡はなかったそうだ。

 殺人者は玄関から入った、中にいた犠牲者の一人が玄関を開けた……つまりは、顔見知りによる者の犯行か?

 そして、犯行の夜は栞の両親や兄たちも在宅しておらず、若い女四人だけであるということを知っていた者による犯行か?


 さらに、切り裂き男の犯行ではないことを裏付けるかのように、目撃者までいたのだ。

 その目撃者は、犯行現場付近で”不審な老婆”の姿を見たらしい。


 おばあちゃんが声をあげて笑う。

「いやあねえ、切り裂き男が犯人に決まっているじゃない。老婆が若い女の子四人を”ズタズタにできる”わけないでしょ。常識で考えたら分かるでしょうに」と。


 佐衣子の手が、なお一層震え出した。

 いや、得体の知れぬ何かが足元から蛇のごとくニュルリと絡みついてくるかのような恐怖と”不快感”によって、佐衣子の体に流れている血は一瞬にしてゾゾゾッと冷えていった。



 ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、このババアなんてことしてくれたのよ?!

 こいつ、ババアとはいえ、たった一人で若い女四人をズタズタにできるほどの体力と敏捷性を人知れずに秘めていたの?!

 誰にも見られていなかったならまだしも、しくじって目撃されているから捕まるのも、もう時間の問題っしょ!

 うちは上級国民じゃないから事件を揉み消すことなんてできやしないし、このババアが捕まれば間違いなく、うちはネット含む世間からの総叩きに遭いまくって……私の将来も、就職や結婚だってもう台無しじゃん!!!

 四人も殺(や)ったなら間違いなく死刑だし、あんたは死刑執行される前に寿命でポックリ逝くかもしれないけど、あんたと血が繋がっている私は「殺人者の孫娘」「死刑囚の孫娘」って刻印を押されたまま、長い人生を生きていかざるを得ないんだから!!

 ちょっとは、人のこと考えろっての!!!



(完)

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