第17話 栄枯盛衰
「セレン、おーい、せれぇん」
俺はメイ婆から休暇をもらい、豊穣の森のあの村に来た、勿論朝っぱらからだ、道はメイ婆に教えて貰った、セレンが普段使っている道を使い到着したのだ。
「謝りたいんだけど、もう少し人の物を預かってる自覚をするべきだったってさ」
家に向かい叫ぶ。
「セレンっ話だけでも聞いてくれッ」
近所迷惑なんてこの村には既にないので、もうセレンを邪魔する気持ちで叫んだ。
「謝りたぁいのぉッ」
いよいよ業を煮やしたのか扉が開いた。
「......アンタ頭おかしいの?」
弱い青緑のツインテールに桜色で少しつり目な瞳、服は動きやすいようにか短パンのような物を着ていて全体的に薄い橙色のマントと動きやすそうな服だった。エルフと言えば緑という自分の固定概念は否定された。首には金のロケットがペンダントをぶら下げている。
「......」
「え、無視なの......」
「いや、夜だったからさ、あまり見えてなかったし」
コレサが言っていた見惚れるなよ、という忠告を思い出した、へベルナと同じかそれ以上の背丈、ただその凛とした佇まいは子供っぽさを感じさせない。
あぁ、街中で見かけたら思わず見てしまうだろうな、彼女に恋心を抱いている男も多いだろう。
「......呼んでおいて人の身なりを品定めとは良いご趣味ですねッ」
「あ、いやそうじゃなくて......あの、あれがそこまで大事になものだと思ってなくてさ、壊しちゃったの悪いと思ってて、ごめん」
「......元々無理言ってメイ婆に頼んでたのよ、あんな些細な魔法で壊れたって言う事はもう杖としては機能していなかったって事」
「あの時、倒れた拍子に壊した可能性もあるしさ」
「同じよ、そんなちゃちな事で壊れる物じゃなかったから......それじゃ――」
「え、もう少し話――」
そう言って、彼女はそのままドアを閉じられた。
「......速攻で話を切りあげられたな......」
まぁ謝るには謝った......。
「帰ろ」
来た道を戻る、太陽のおかげで前来た時は見えなかった村の様子が見えた、村は大40~50ほどの家があった、村と言っても相当規模があり栄えていたのだろう、けれど既に全ての家はボロボロで動物の住処と化し金目の物を盗もうとする輩もいなかったのか、それとも彼女がそういった輩を排除していたのか、日用品が散乱と置いてあるだけ。
ただ気になったのは、ところどころの家には争った形跡があったことだ、壁の切り跡、血痕のような露骨な形跡はなかったけれど、それは自然的なモノには素人目に見ても思えず、勘ぐって考えてしまう。
「......メイ婆が知らないっていうしな、セレンは知ってるんだろうが」
まあ、話してくれる訳ない。
家は大体同じ木造建築だった、それらに比べてセレンの家は二番目に大きい、サタナックの末裔だったからだろう、ではこの村で一番目に大きい建物とは何か、少し気になって村の奥へと進む、木々が生い茂り、歩くのは困難だったが村自体は大きいわけではなかった、少し歩くとそれは見つかった。
中央には噴水跡がある大広場の場所の奥にそれはあった、他とは様式が異なって色合いも他の家々の自然に調和したものとは違い、赤と黒の人工的な石造りで随分と古い建物のように思えた。
大扉には非幾何学的な模様があり中心には幾何学的な魔法陣のような模様が刻まれている。
「......なになに?」
中心の魔法陣には囲うように
『招かれざる......』
と書かれている。
遠目では綺麗な魔法陣だと思っていたが、近くで見てみると状態がよくわかった、随分と乱雑に魔法陣の上から石か何かで削った跡があり、さらにその囲うように書いてあった物は本来もっと長い文でその形跡もあったのだが削り潰され読めなくされていた。
不気味だったが扉はあっけなく開いた。
「......本、図書館だったのか?」
中は意外に拍子抜けだった、外から照る陽射しと白亜の内観が合わさって幻想的とさえ思えた、不思議とシャンデリアのような点灯が勝手に付いた、多分、魔石を使った魔法が動いたのだろう。壁には本がびっしりとあったのだろうがそれらは床に落ちていて、拾おうとすると、脆く崩れていく。
「......」
外から見て図書館は二階建てのように見えていたが、階段らしきものはない、図書館と言っても大部屋のここのみで他にはないようだ、叡智の民の図書館としては規模は小さい。
一番奥だと思われる場所には壁画が描かれている、ただ何とも形容しがたいモノで全体を赤で染められているがところどころには水色のひし形のそれがなんだかわからない石だか魔石の様な物が散りばめれていて、中央には渦巻くように黒い丸が描かれていた。
「何か不気味な壁画だなぁ、こんなのあったら本どころか来る気さえ失せるだろうに」
叡智の民と謳われた民の図書館。それはそれは由緒正しき図書館だったのだろうが、今ではただ、そうであった。という残滓のみが残っていた。
一通り見て回ったが、本はほとんど残ってはいなかった。
「あまり長居してるとセレンが駆けつけてきそうだ」
それになんだか居心地の悪さを感じていた、天井にとか壁画とか地下とかどこからでも視線を感じていた。
大扉には招かれざる......と書いてあったが、自分は招かれざる客だったのだろう、外部から来た奴が勝手に図書館を利用するのは許さないという魔法みたいなものでもかけていたのだろうか。
「よし、帰ろう」
特に何もなく、外に出る事にした。
村を歩いていき、出口近くに立つとセレンが住む家の方角を見てみる、まさか自分を見張っている訳はないだろうな、と思いながら。
その場を後にした。
「はぁ......はぁ......」
セレンはこの道を用事があるときは毎回通っているのだろうが、普通にキツイ、道は整備されている訳ではない、彼女が使っているであろう道が少し歩きやすいだけだ、それでも木の根っこやらがあるものだから、それを登ったり、降りたり、豊穣の名を冠する森は伊達ではなかった。
「それに......ここには魔物もいただろ......」
あのふざけた獅子を思い出した。
「はあ疲れた足腰痛めるぞ、これ」
近くの木陰で休もう、だいぶ歩いたからもうすぐ出口なはず。
「......」
こんな森が俺が初めて転移してきた場所なんだな、そう思うと今もこうして行き来している事に運命的な物を感じる。
「......う~ん、そろそろ行こうかな」
立ち上がり、また森の出口へと向かう。
しかし、遠くにチラリと黒装束で全身を包み込みこんだ奴を目撃した、しかも複数人だ、ただ一人見覚えのある人物がいた。
「ファウストだ」
あの身なりだからすぐにわかるな。
「何かの討伐依頼だろうか?」
この森には魔物が出るからなぁ、それにアレサとコレサの時もあったしいちいち会った奴の事を勘ぐってたら頭がおかしくなる。
「せっかく休みをもらったからな、今日はちょっとソルテシアを散策しようかな」
■
「......」
久しぶりに連日同じ来客と会った、会話した。
そいつは図書館を勝手に使用していたみたいだけど、顔見知りなので寛大に許してあげた......どうして図書館を使用するのに許可が必要だったのだろうか、
そうだった、あれは
「セレン、よく聞くんだ。この村には絶対に守らなければならない場所がある、わかるね?」
絶対に守らなければならない場所、それは叡智王ヘルメスが建てたと言い伝えが残っている神殿。メルグリッダも啓示を受けたという由緒ある神殿、ただ概要は殆ど伝わっていなくて『無明の神殿』とだけ呼ばれていた。
「メルグリッダは自らを叡智の神とする存在から様々な魔法や知恵を授かってきた、俺たちはそんな方の遺産で今があるんだよ」
叡智の民なんて今は昔、もう過去を食いつぶす事しかできなくなっていた。
「私たち叡智の民が再興するにはどうしたらいいか、ヘルメス村のみならず他に住む叡智の民とも会議しよう、セレンの考えも聞かせてほしい」
それを憂いた者も多くいた、ロドアという人はそんな中でも急進的であたしにもよく話しかけていたのを覚えている。
「......」
アルカディアが台頭してくるとあたしたちの居場所はどんどんとなくなっていったから、もう既にあたし達は森の奥に住む辺境の部族に他ならない。
「お前は一番の娘だ、必ずやこの地を守ってくれ。この地は叡智の民の聖地なのだから」
「必ず帰ってくるから、あの裏切り者ロドアを村に入れてはいけないよ」
ロドアは外部の人間に勝手に秘薬を渡し密約を交わしたという、密約は村の保護を約束する代わりに村に伝わる秘薬を渡すというものだった。
村のみんなは激怒してロドアを追放した。
『私は間違ってはいない、衰退しても尚生き残ろうとする知恵と意志そして熱意をも捨てたか愚かな民よ』
ロドアは将来は第二のメルグリッダになるだろうと考えていたから悲しかった、あたしはこの決定が下された時、この村の終わりが見えてしまっていた。
だけど、そんな堕ちていく村でもあたしは守る事にした、パパもママも帰ってくるって言っていたから。
「わかった、必ず戻ってきてね、パパ、ママ」
パパとママは北の同胞を救うと言って村の皆を連れて旅に出た。
だけど衰退していく村の長をやるのはしんどい
「どうして出ていくの?叡智の民としてこの地には残らないの?」
この村の未来を憂う者に捨てられた、彼らは西に行くとだけ言って何処かへ消えた。
「......」
もう守る物が無くなっていたのに気づいたのは、無くなってからだった、
両親は帰ってこない何十年経ったの?あたしよりも同胞が大切なの?
誕生日なんてもう祝われてないから忘れてた、だけど生まれた年は宝暦900年、だからあたしはもうすぐ100歳のはず。
俗世を捨ててたから、今では国の事情もわかりはしないけど、最近の皇帝は良い皇帝らしい。
「......」
ロケットペンダントの写真に写ってる両親の姿。もうどれくらい前の写真だったか、何十年も前に何かの記念に撮ったやつ。
無邪気に笑ってる愚かなあたしが大事そうに握っているのは、母と父が母方の祖母に頼んで作った杖。
隕石の魔力結晶から武器を加工できる貴重な技師だったから出来たのだ、そんな杖も壊れた、その技術は失伝しているからもう誰にも作れない。叡智の民が馬鹿馬鹿しい。
昔からの知り合いのメイ婆でもダメだった、でも仕方のない事ね、なくなった技術は戻せない、あの杖の存在は叡智の民の劣化を自ら象徴している。
100年なんてあっという間だった、人間は100年も生きられないというけれど、命の輝きは長さではないと言う事があたしの人生で良くわかる、メイ婆の方が輝いているものね。
「......」
だけど出ていく事もしない、出来ない。この地は思い出の地、それを捨てるなんて出来ないよ。
きっとこれからも一人で生きていくのね、200年間をあたしは。
◆◇◆◇
ソルテシアの夜の夕闇を一人の少女が歩く
「久しぶりのソルテシアかなベベルナ?最近は何かと忙しそうだ」
それを引き留めたのはライトイエローの髪の男、ルキウス。
「話は聞いた、あの後大変だったそうだ」
「アキラに部屋を貸してくれたことには感謝しています、お礼いつか必ず」
「お礼が欲しくてしたわけじゃないから構わないよ。ただ」
ルキウスは自然にへベルナに近づく、それは風のようにしなやかに、へベルナが距離を取る間もなく
「――ッ」
そのままへベルナの真横に行く。
「ガレナから聞いた『黒薔薇』。僕が愚考するにそれは本来の用途があるはずだ」
へベルナは一瞬だけ動じたが姿勢を立て直し、ルキウスを睨みつける。
「それはルキウスとして聞いていますか、それともルキウス=
グラディウスの者として聞いていますか?」
「......友として聞いている、へベルナ」
「......心配は無用です。『黒薔薇』は我が家が代々継承を許されてきた魔法術式の一つ、貴方が危惧するものではありませんよ」
「......問いに答えていないが」
「しつこいですね、ルキウス。嫌われますよ」
へベルナはそうふざけたおどけた感じで答えるがルキウスは真剣そのもので。
「君が昔のように何か危険な事をしているのなら――」
「貴方がどうして私に執着するのかわかりません、私は危険を冒してはいません、それに昔のようにと言いましたね?言って見なさい、私がいつ危険を冒したのか......」
「......」
「......言えないでしょうね、何せいつだって危なっかしいのが私だから」
「......君は間違いなく同年代の魔導師の中で最強クラスだ。だからこそ、もっと自覚してほしい、謙遜するのは良い、ただ自分の実力をもっと正当に評価するべきだ、でないと――」
「......肝に銘じましょう――ルキウス=グラディウス」
それは強くルキウスを威圧する語調だった、微弱であるが言葉には魔力が込められ、ルキウスは思わずへベルナから距離を取った。
「......」
「いや、すまない。こっちも少しデリカシーがなさ過ぎたかな。......ただ何かあったら僕やパレハにでも......いや誰でもいい、相談してくれ」
「貴方方が私を心配するなんて100年早いんですよ、ふふ」
へベルナはそう静かに笑いその場を立ち去った、ルキウスはそんなへベルナの背中を静かに見ている事しか出来なかった。
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