第156話:足りないもの

「ダメだ。サッパリわからん」


 ユニコーンの杖に付与魔術を施そうとしている俺は、予想以上に難易度が高くて困惑していた。


 まさか、普通に付与魔術すらさせてもらえないとは、夢にも思わなかったんだ。


 通常、付与魔術を行うときには、武器全体を魔力で包み込み、その中へ魔力を流し入れて、浸透させていく。魔力コントロールさえミスしなければ、誰でもできる作業なんだが……。


「痛ッ! やっぱり弾かれるか」


 ユニコーンの杖に至っては、途中で魔力を霧散させられてしまう。魔力の濃さを変えても、どれだけ慎重に魔力を流しても、同じこと。


 まるで、武器が付与魔術を厳選する意志があるかのように拒み、簡単に付与魔術をさせてもらえなかった。


 今まで武器に拒絶された経験など、一度もない。ユニコーンの杖は、特殊な二重付与がされているため、通常の付与魔術を受け付けない可能性もあるが……。


 この世界で高ランク素材を用いた武器に付与魔術を施すのは初めてだし、発展途上だったVRMMOの世界では、高ランク素材の入手がアップデートされていなかった。未知なことが多すぎて、付与魔術を施すイメージが湧かない。


 ヴァイスさんが素早く修理してくれただけに、何も進歩しないのはもどかしいな。魔の森の変異が悪化すれば、ベルガスさんだけでは厳しいかもしれないのに。


 ユニコーンの杖をジーッと眺めて悩んでいると、部屋の扉をノックして、リズが様子を見に来てくれた。


「そんなに難しいんだ。顔が強張ってるよ。ミヤビなら簡単に付与魔術を施しそうなのにねー」


「付与魔術をやろうとしても、武器に弾かれるんだ。付与魔術の技術が難しいとか、頑張ればできるとかいう問題じゃない。この武器に付与魔術はできない、そう言われた方が納得できるよ」


 俺の隣にリズが腰を下ろすと、ユニコーンの杖を手に取った。


「魔力を弾き返すなんて、防御魔法とか結界魔法みたいだね。さすが幻獣ユニコーンの素材が使われてるって感じかな。魔族の間ではどうか知らないけど、こっちだと空想の魔物だもん。角があるだけでも驚くよ」


 これだけ不思議な魔物がいる世界でも、空想の魔物とか存在するんだな。大きな戦いに巻き込まれて、絶滅した魔物なのかもしれない。


「ヴァイスさんが使ったけど、ユニコーンの角、とんでもないレア素材だったんだな……」


「レミィちゃんの武器を修理する貴重な素材だったんでしょ。意地汚いぞー」


「わかってるよ。ちょっと気になっただけだ」


 さすがに空想の魔物なんて言われたら、素材が欲しくなるだろう。もう見ることは敵わないほどの素材なんだから。


 リズにユニコーンの杖を渡してもらうと、俺は何かヒントがないか、太陽にかざすように観察した。


 神聖な波動を放っているだけで、特に違和感は感じない。リズの思うみたいに、防御魔法や結界魔法がかけられていたら、ヴァイスさんが打ち直せるはずはないんだよな。選ばれた者だけが修理できる伝説の武器なら、こうやって普通に持つことも不可能だろう。


 だから、付与魔術を施す方法は必ずある。……はず。


「悩みすぎはよくないよ。一緒に気分転換でもする? ほらっ、街へ買い物へ行くとか」


 心配そうな表情を浮かべるリズは、気遣ってくれているんだと思う。少しくらいは甘えたいところだが、クラフターの特権だと思われる付与魔術からは、逃げたくないんだよな。


「せっかくだけど、やめておくよ。今は付与魔術に集中したい」


「もう。意地っ張りなんだから。最近はクラフトスキルも元気がないし、悪循環に陥っても知らないからね」


 ん? クラフトスキルに、元気がない……? 自分では気づかないことを指摘され、俺は首を傾げる。


「クラフトスキル、何か変か?」


「うまくは言えないけど、魔力を使うものは、スキルも魔法も術者の精神が影響するの。ミヤビの場合は、同じ料理でも味が少し変わるんだよね。昨日の焼きそばよりも、ノルベール高原で食べた焼きそばの方がおいしいもん。なんて言うのかなー、愛が足らない、みたいな感じかな」


 ややこしいことを言うなよ。でも、言いたいことがわからないでもない。


 同じ素材で武器を作ったとしても、丹精込めて作った武器と、何も考えずに作った武器では、仕上がりに差が生まれるだろう。同一人物が全て同じ作業を行ったとしても、だ。


 おそらく、ヴァイスさんにあって、ジジールさんと俺に足りない部分はそこだと思う。


 手を抜いて仕事をしているわけではないが、同じことをやったとしても、武器制作でヴァイスさんには勝てない。職人としての技量があるとかではなく、真剣に武器と向き合い、魂を込めて作っているから。


 そして、瞬間的に作るクラフトスキルには、それが生まれにくい。


 ハンドクラフトで丁寧に仕上げるなら、まだわかる。丁寧に魔力操作をする付与魔術も、同じこと。でも、今回はそれが通用しないわけであって……。


 俺のスキルレベルが足りていない可能性もあるけど、魔の森でメルの剣を修理して、成長を感じたばかりなんだよな。これ以上のスキルレベルを求められても、正直言って困るところだ。


 それなら、付与するための条件が必要なるのかな。ユニコーンの角はもうないんだが……。


 頭を抱えて悩み込んでいると、部屋の扉をコンコンッとノックして、ジジールさんが様子を見に来てくれた。


「おやおや、お邪魔でしたかな」


「いえ、うまくいかずに悩んでいただけです。ちなみに、ジジールさんはユニコーンの杖に付与魔術をしたことがありますか?」


「私が生まれた頃にはボロボロの状態でしたので、それ以前の問題でした。聞いた話では、剥がれかけた付与魔術を直そうとしても、弾かれて付与できなかったそうです。それでも使い続けてきた結果、壊れてしまったのだと」


「まさにそういった状況ですね。付与魔術を一切受け付けずに、武器が拒んでいるような印象があります」


「代々受け継がれてはいますが、正しく扱える者も少なかったと聞きますよ。現在の状態までユニコーンの杖が修理されただけでも、我ら魔族にとっては、大変ありがたい思いです」


 適正のない者は使えないほど、強大な力を持った武器……か。ヴァイスさんが作ったメルの剣も相当強力だと思うけど、ユニコーンの杖は次元が違うな。


 そういえば、メルの剣に付与魔術をかけていなかったっけ。初めて会ったときから剥がれていて、そのまま修理だけ済ませているような状態のはずだ。


 リズも心配してくれているし、気分展開にメルの剣に付与魔術を施そうかな。高ランク素材を用いた武器に付与魔術を施す経験がないと、糸口も見つからないかもしれないから。

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