第135話:〆は焼きそばといこうか

 ワイワイと盛り上がるバーベキューが後半に差し掛かる頃、肉を焼くペースが落ち着き、焼き野菜の人気が出てきた。


 同じ焼き肉のタレで食べるとはいえ、焼き野菜で箸休めをしたくなる気持ちはわかる。ホクホクしたイモやカボチャの甘みで落ち着くから、後半になると安心感があるんだよなー。


 圧倒的な肉好きであるメルは、スノーバードの肉で箸休めをするけど。せめて、おろしポン酢でサッパリとした肉を食べてほしいところだぞ。まったく。


 恥ずかしがり屋のカレンにも焼き野菜を取ってあげると、さすがにおろしポン酢は合わないのか、焼肉のタレで食べ始める。


「師匠、この焼き肉のタレは、どうやって開発したのですか? 料理の開発には着手できていないので、気になっていたのですよ」


「開発も何も普通にキッチンで作っただけだぞ。材料さえあれば、カレンも作れるだろう?」


 スキルレベルが上昇しているクラフターがキッチンに立てば、頭の中にレシピが表示されるため、わざわざ自分で開発する必要はない。作業台で何かをクラフトするときも同じで、手の込んだものを作るとき以外は、基本的にレシピ頼りになる。


 しかし、カレンは首を横に振って、俺の言葉を否定した。


「食べたことのないものは作れないのです。キッチンに立ったとしても、レシピを思い浮かばないのですよ?」


 キョトンとしたカレンを見て、俺はあることに気づかされた。キッチンで大量の料理レシピが脳内に表示されるけど、日本で食べたことのある料理ばかりで、この世界の料理が表示された記憶は一度もない。


 つまり、普通は焼肉のタレを開発しない限り、レシピが表示されないんだ。


 VRMMO時代では、キッチンで料理を作る機能すらなかったし、まだまだ知らないことがあるんだな。スキルレベルとは別に、レシピ登録が必要だったなんて。


 ただ、そのことを知らないのは不自然に思われるから、誤魔化して乗り切るしかない!


「あ、あぁー、そうだな。色々な料理を食べていると、パッと思い浮かぶことがあるんだ。クラフト作業に熱中していると、アイデアが出てきやすいんだよ」


「なるほどなのです。どのみち食べないとレシピが覚えられないなら、開発は料理長さんにお願いした方がいいかもしれません。いっぱい食べてアイデアを出すのは、さすがにお腹が気になるのです」


「サラッとすごいことを言ったけど、料理長とは知り合いになったのか? 俺は会ったことないぞ」


「料理長さんと副料理長さんは、交代制でここにやって来ているのです。毎食クラフト料理を出していたら、けっこう仲良くなれたのですよ」


 衝撃的な情報を聞かされ、うまく誤魔化せた安堵感よりも、俺の心に動揺が走る。人見知りのカレンがオッサンを餌付けしているとは、夢にも思わなかったんだ。


 街道整備依頼で副料理長は同行していたけど、あの時にクラフト料理の開発を進めていたし、今でも努力して再現しようとしているに違いない。本場のクラフト料理を食べて、武者修行をしている感覚なんだと思う。カレンの人見知り克服にも繋がるはずだし、良いことだな。


 今後はもう少し新作料理をカレンに渡そうかなーと思っていると、エレノアさんが近づいてきて、片手を口元に添えた後、俺の耳に顔を寄せてきた。


「先に教会まで作ってしまうなんて、本気度が違いますね」


 急に話の内容は変わってしまったが、ニヤニヤするエレノアさんを見れば、何のことかは容易に想像がつく。そして、恐ろしい誤解が生まれていることもわかる。


 街の見学に行った際、俺が教会を作ったとリズから聞いたんだろう。その影響で、俺がリズと結婚するために、わざわざ建設したと思っているんだ。


「……何の話?」


「もう肉はいっぱい焼けてるから、リズと一緒に仲良く食べてきなさい」


 メルの小皿にすべての肉を乗せて、近寄ってきたメルを引き剥がすことに成功。猫獣人の聴力は、内緒話が駄々洩れになるから困るよ。


「あの教会はクレス王子とシフォンさんのために作ったものでして……」


「そういうことにしておきますよ。代わりに肉を焼いておきますので、ミヤビくんもリズちゃんと一緒に食事をしてきてください」


 肘でツンツンとしてくるほどには、エレノアさんが嬉しそうに言ってくる。どこぞのオッサンみたいなノリはやめてほしいんだが、その姿を見ていたカレンの目がキラーンッと光った。


「どういう意味なのですか? もしかして、師匠、実はそういう作戦だったのですか!?」


 楽しそう顔でこっちを見てくるカレンを見て、俺は実感した。本当に女の子は恋話が好きなんだと。


「知らなかったのですね。ミヤビくんは……」


 エレノアさんが良からぬことをカレンに吹き込もうとしているため、バーベキューの〆に入ろうと思う。熱してある鉄板に、予めクラフトスキルで作っておいた焼きそばを入れて、誤魔化す作戦である。


 焼肉とはまた違う香りが広がり、鮮やかなキャベツと薄切りのオーク肉が含まれた焼きそばは、誰が作っても安心して食べられる料理の一つ。スープが存在しない麺類という意味では、この世界の革命児とも言えるかもしれない。


「よし、焼きそばができたぞー」


「照れ屋さんですね、ミヤビくんは。完成品を鉄板の上に置いただけで……」


「えっ? エレノアさんは満腹ですか?」


「いただきたいと思います」


 ふぅ、さすが焼きそばだ。エレノアさんの口を黙らせることができたよ。


 すっかり新作料理に気を取られたカレンに焼きそばを渡し、肉好きのメルのためにオーク肉を多めに入れて、渡してあげる。最後に、リズの分の焼きそばを皿に入れて差し出すと、リズが受け取ることはなく、代わりに一切れの肉が差し出された。


「はい、あ~ん」


 おい、せっかくエレノアさんの口を封じたにも関わらず、恋人イベントをかましてくるのはやめろよ。今は焼きそばをおいしく食べて、みんなでワイワイと盛り上がるところだぞ。


「いや、急にどうしたんだよ」


「だって、焼いてばかりで食べれてないじゃん。ほら、口に入れてあげるから、あ~んして」


「気にしなくてもいいよ。あとで食べられるし、バーベキューはそういう係りの人が必要なんだ」


「じゃあ、あ~んする係りも必要になるでしょ。早く口を開けないと、鼻についちゃうぞー。はい、あ~ん」


 恐ろしいほどグイグイ攻めてくるにリズに押された俺は、肉を食べさせられたわけなんだが……、二名ほど、焼きそばをそっちのけでこっちを凝視してくる。


「はい。じゃあ、焼きそばはもらってくねー」


 そんな視線にスーパー鈍感少女のリズが違和感を覚えるはずもなく、焼きそばを持って、メルと一緒に食べ始めた。その瞬間、俺はエレノアさんとカレンに挟まれる。


「師匠、あ~んで食べた肉はおいしくなると聞いたことがあるのですが、本当なのですか?」


「あらあら~、リズちゃんの恋心はまだ開花しないみたいですね。本人が気づかないパターンになると、少し厄介です。一肌脱いで差し上げましょうか」


 二人が何を言っているのかわからないため、とりあえず、俺は全力で回避行動を取る。残った焼きそばを皿に盛り付け、再び事故が起こらないように、ここは食べて乗り切るしか道はない!


「やっぱり焼きそばなんだよなー」


 こんなにも味のわからない焼きそばを食べたのは、今日が初めてだった。

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