第114話:分岐点
リズとアリーシャさんが机で話し合いを行うなか、ひとまず部屋の中に入れてもらった俺とメルは、床に座布団を敷いて向かい合って座った。
「女の子の部屋に入るときは、ちゃんとノックしなきゃダメだぞ。俺みたいな男がいたら、問題になるかもしれないからな」
「……わかった。気を付ける」
真剣な表情で返答してくれるものの、メルが本当に理解してくれたのかわからない。早くぬいぐるみを作ってほしい、そんな欲望に満ちた気持ちが伝わってくるほど、目がキラキラと輝いているんだ。
今回の件に関しては、ぬいぐるみを作れる場所に案内をお願いしたのは俺だし、メルも悪気があったわけじゃない。幸いなことに、部屋の中でリズとアリーシャさんが話し合っていただけで、驚かせた程度になる。
謝ったら許してもらえる範囲で、心からホッとしているよ。もし着替え中だったら……、王城で大騒ぎになって、二人の信用がガタ落ちだぞ。父親から変態にジョブチェンジしなくて、本当に良かったと思う。
しかし、どうもリズの様子がおかしい。あまり聞かれたくない話をしていたのか、何度もチラチラと俺の方を見てくるんだ。
「俺とメルはぬいぐるみ作りをしたいだけだし、邪魔なら違う部屋に行こうか?」
「えっ? あ、うーん。ど、どっちでもいいけど……」
やっぱり変だな。歯切れが悪い。
最近は俺もクラフト部隊の方に顔を出していたし、リズと話す機会は減ってばかり。シフォンさんとアリーシャさんと一緒にどこかへ出かけているのは、カレンに教えてもらったけど、何を悩んでいるのか想像もつかなかった。
大丈夫かなーとアリーシャさんの顔色を伺うと、何とも言えない難しそうな表情をしている。
「私の口からは何も言えません。書類の書き方だけは説明をしておかなければと……」
途中で言葉を詰まらせたアリーシャさんを見れば、失言だったのは間違いない。メルがぬいぐるみ作りを催促するように、俺の服の袖を引っ張ってくるけど、リズの方が気になって集中できそうになかった。
話したくないことを無理に聞くわけにはいかないし、別の部屋に移動するか。こういう態度をリズが取るのは珍しいし、前から作ると約束していたメルにも悪い。
「ぬいぐるみ作りが得意なクラフターもいると思うし、裏庭で作ってくるよ。みんなにメルを紹介した方が、互いのためになるかもしれないし」
「別に気を遣わなくてもいいよ。ちょっと迷ってただけで、断るつもりだったから。隠すようなことでも、ないし……」
ゴニョゴニョと言いながら、リズが机の上にあった書類を俺に差し出してきた。そこには、『入学願書』と書かれている。
「ノルベール山の依頼を受けてた時に、アリーシャちゃんに誘われてたの。シフォンちゃんが冒険者推薦制度を使えば、留学させてもらえるよって」
どうりでアリーシャさんが目を合わせてこないわけだ。後ろめたい気持ちがあるんだろう。こういう話が下りてくるということは、シフォンさんに頼まれたんだと思うけど。
初めてシフォンさんの護衛依頼を受けた時、リズが魔法学園に憧れを抱いているのは一目瞭然だったから、気遣ってくれたのかな。最近、シフォンさんとアリーシャさんと一緒に出掛けていたのも、魔法学園を見学していたに違いない。
正直に言えば、冒険者活動がうまくいっている以上、魔法学園に通うメリットは薄い気がする。でも、本人の意思は尊重すべきであって、行きたいから迷っていたにすぎない。リズの人生なんだし、パーティを組んでるだけの俺が足かせになるのは、おかしいことだ。
「依頼で十分に金は稼いでいるんだし、魔法学園に行ってこいよ。金がなくて入学できなかったって、前に言ってたよな」
「行かないよ。別に今は行きたくないもん。魔法学園には、行かない」
「パーティを組んでるからって、それこそ俺に気を遣わなくてもいい。元々ソロ冒険者で金を貯めていたのも、魔法学園に通うためだったんだろ?」
冒険者カードで金を管理しているため、リズの貯金額はわからない。でも、一緒に街を歩いていても、リズは無駄金を使おうとしないんだ。可愛いアクセサリーを見つけたとしても、ジッと見るだけで、手に取ろうとすらしない。
魔法学園に通おうとして、ずっと貯金をしていたと考えるのが普通だ。いろんな魔法を使ってみたい、その夢に向かって情熱を注ぎ続けるなら、背中を押してやるしかないだろう。
こっちはお父さんと言われて、けっこうその気なんだぞ。金がなくて志望校を変えようとする受験生の父親みたいな心境にさせるんじゃないよ、まったく。
「別に私は行きたいと思ってないから。せっかくBランク冒険者になれるところまで来たんだもん。今ここで魔法学園に通ったら、冒険者ギルドの評価が下げられて、うまくいかないかもしれないじゃない? そっちの方がもったいないよ」
「また依頼を受けて、昇格を目指せばいいだけの話だ。魔法学園に通ってる間に弱くなって、Bランク冒険者に上がれないようなら、このまま昇格してもAランク冒険者にはなれない。必要な寄り道だと思うぞ」
「いらないもん。私が決めることだし」
「本当のことを言わないと、ポカポカシリーズ全部没収して、カレンにも作らないように言っておく」
「それは……卑怯じゃん」
シューンッとリズが拗ねてしまうため、入学したいと気持ちが強いと断言できる。でも、それは同時にありがたいことでもあった。
魔法学園に通うよりも、俺と一緒に冒険者生活をしようと思ってくれているんだ。一人の人間として、素直に嬉しい。
でもそれなら、なおさら魔法学園で勉強してきてほしい。二人でパーティを組んでいても、俺は好きなことをやらせてもらっているし、リズもやりたいようにやるべきだ。
Aランク冒険者になるという大きな夢を叶えてほしいから。
素直に「魔法学園に行きたい」と言わないリズが沈黙を続けていると、おもむろにメルが立ち上がった。そして、空気を読んでくれているのか、アリーシャさんの手を取り、部屋を後にしていく。
いきなりドアをバンッ! と開けて部屋に入った人物とは思えない行動に、俺の思考が一瞬停止する。あとで、犬のぬいぐるみもサービスしようと心に誓った。
メルの気遣いで二人きりになったため、俺はリズの隣に椅子を並べて、腰を下ろす。
「本当に行きたくないなら、冒険者を続けたらいい。でも、行きたいなら行くべきだ。Aランク冒険者の近道になるかもしれないし、魔法で悩むことは少なくなるだろう?」
「でも、ミヤビが一人になるじゃん。仮拠点の土地はレンタルしてるし、採取も一人で行くのは危ないよ?」
「俺は本拠点の建設で忙しくなるし、クラフトの仕事をこなせば、賃貸料くらいは払える。素材採取に行きたくなったら、メルに付き合ってもらうし、気にしなくてもいいよ」
「気になるよ。ミヤビと出会ってから、世界が変わっちゃったんだもん。小さい頃、お父さんに魔法を教えてもらった時みたいに、不思議なことばかりが起きて楽しいの。魔法学園に行っちゃったら、それが無くなりそうで怖くて……」
「パーティ拠点も土地を借りたばかりで、今から本拠点を建設するんだ。卒業した後、また一緒に冒険者活動すればいい」
「待ってて……くれる?」
泣きそうなリズが不安いっぱいな表情をしているため、俺は目線を逸らさず、力強く答える。今のリズを安心させられるのは俺しかない、そう思いながら。
「リズが驚くくらいの本拠点を作って、ずっと待ってるよ」
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