第98話:なんか偉い人

 溜め池に飲用できる川の水が確保され、食堂と宿舎の建設を終える頃、ちょうど遅れていたクラフター組が到着した。


 日が暮れてはいるものの、無事に到着ができて何よりだが……、本人たちはそんなことを思っていないだろう。


 山の麓で宿舎と食堂を建設するなんて、一言も伝えていないため、衝撃を受けている。歩いてるだけで足を引っ張り、クラフターとして何もできていない。そんな現実が胸に突き刺さり、悔しい気持ちが顔に溢れ出ていた。


 うつむいたクラフターたちを食堂へと誘導すると、彼らを待ち受けているのは、カレンが作った寄せ鍋である。


 野菜や肉の大きさがまばらでも、寄せ鍋のおいしさが心に染みる。〆のうどんに至っては……、カレンも疲労が蓄積していたため、ワンタンなのかモチなのかわからないうどんが用意されていた。それはそれでおいしいけど、今後の課題は見た目を改善することだと思ったよ。


 ちなみに、宿舎には付与魔法を施していない。まずクラフターが目指すべき場所は、作りたいものを作ることだから。今はまだ、余計なものを見せる必要はないんだ。


 食事が終わると、街道工事に向けて就寝……と言いたいところだが、今日はまだやってもらいたいことがある。男女問わずクラフターだけを宿舎に集めて、作業台を取り出してもらった。


「これから二週間、自分が使い続ける布団を各自でクラフト作製してもらおうと思う」


 俺が言葉を口にした瞬間、クラフターたちの顔が強張る。


 宿舎に緊迫した空気が流れるのも、無理はない。普通のクラフターであれば、布団を作るために作業台でクラフトしないから。【ハンドクラフト】を使って、手作業で作るのが一般的な方法になる。


 作業台でクラフトすることで品質が低下し、粗悪品が生まれるのは、当然のこと。そのため、ハンドクラフトで生地を縫い、羽毛を入れた方が良品を作れるんだ。


 それでも、今ここでクラフト作業をしてもらいたい。


 この厳しい街道工事……という名の開拓を乗り越えたら、現状のクラフトスキルが大きく変わる。進化すると言っても過言ではない。それを強く実感するために、今ここで自分と向き合ってほしい。


 予め街で購入しておいた素材を袋に入れて、全員に配布する。が、クラフター同士とはいえ、恥ずかしい思いをするとわかっている作業に誰も手を動かせない状況に陥ってしまう。


 基本的に完成品しか見せないため、クラフト作業するところを見せ合ったことがないんだろう。初めてカレンにクラフト作業を見せてもらった時も、使うことを躊躇していた。粗悪品と言われる状態を、普通は見せたいと思わないもんな。


 そんななか、一人だけ手を動かし始めた者がいる。全員の視線を浴びても、手に魔力を集めるクレス王子だ。


 自分が率先して恥をかかなければならない、そう言わんばかりに作製した布団を取り出し、バッと広げる。


「今の僕が作れる布団は、これが限界だよ。大きな穴が五つも開き、せっかくの羽毛も潰れてる。布団をクラフトしても、売り物にはならないね」


 どこかホッと安心するような空気が流れ始めたのは、みんなこう思ったからだ。クレス王子があのくらいなら、みんなの前では恥をかかないかもしれない、と。


 クレス王子がインベントリに布団を入れると、次に手を動かしたのは、カレンだ。


 ヴァイス様の弟子である自分が行かなければならないと思ったのか、騎士団が来る前に終わらせたいと思ったのかわからない。ただ、恥ずかしがり屋のカレンがみんなの前でクラフトを始めるのは、勇気がいったことだと思う。


 後戻りできない状況になるなか、真っ赤になったカレンが作製した布団を取り出し、バッと広げる。


「穴が、いっぱいなのです……」


 過去一番と言ってもいいほど、カレンはクラフト作製に失敗した。ボロボロの布団を作ったカレンを見て、みんなが一斉に作り始める。


 俺の方がうまくできる気がする。私もあれくらいならできると思う。そんな気持ちを胸に、布団作製大会が始まった。


「やっべ。俺の布団、蜂の巣みたいになってる」

「私は穴が少ないけど、ぺったんこ」

「なぬっ!? 穴が二つしかないんだが……」


 ワイワイとクラフター同士の交流が始まるけど、率先して恥をかいてくれた二人が本調子ではないと、みんなが気づくことはないだろう。食堂の立派なテーブルと椅子を作り続けたクレス王子と、料理を作り続けたカレンの魔力はほとんどなく、粗悪品になっているだけだ。


 みんなが前を向けるように恥をかけるなんて、二人は立派な人間だと思うよ。ヴァイスさんが弟子にしていたのも、納得がいく。


「ところで、ミヤビくんが作るとどうなるんだい? 騎士団の分はミヤビくんがクラフトする予定なんだろう?」


 クレス王子の言葉に、クラフターたちの視線が俺に集まった。なかには不思議そうな目をしている人もいるけど、それは当然のこと。みんなは俺のことを何も知らないから。


 インベントリに大量の原木を入れ、昼ごはんをクラフトするカレンをサポートし、騎士団から隊長と呼ばれている。ここに来るまでの道中は、クレス王子やリズ、アリーシャさんと話していたため、クラフターたちと接する機会がなかった。そのため、なんか偉い人、程度の認識しかなかったと思う。


 しかし、薄々気づいているだろう。事前にクレス王子がこう言ったんだ。『ヴァイス様と関りの深い仲間と共に、クラフターだけでやり遂げたい』と。


 インベントリから作業台を取り出した俺は、手に魔力を込めて、クラフトを実行。みんなが目指す場所を示すように、クラフトした布団を広げて、彼らに見せつける。


 クラフトスキルの上級スキル【品質向上】が働き、ハンドクラフトで作るよりもふかふかに仕上がった羽毛布団。仕事で疲れ切って帰宅したら、真っ先に飛び込んでしまいたくなるようなボリューム感は、体を優しく包み込んで癒してくれるに違いない。


 当然、そんな高級な羽毛布団ができると思っていなかったクラフターたちは、自分で作った布団が手元から滑り落ち、ドサッドサッと音が響き渡った。紛れもなくクラフトスキルで作製したとわかってもらうために、もう一度同じものを作って見せつけた後、俺は悪魔のような言葉を口にする。


「架け橋を頑張って作ってくれたら、似たようなものをクラフトできるようになると思うんだよなー」

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