第63話:メイドさんは大変
インベントリ内にある綿をすべて消費し、特大サイズのクマのぬいぐるみを作り終えると、シフォンさんが動く。
ようやく会えましたね、と言わんばかりの笑みを浮かべて、ギュッと抱き締めている。薄っすらと火魔法を付与しておいた影響か、目を閉じたまま、心地よさそうにしていた。
メルも特大サイズのぬいぐるみが欲しいみたいで、上目遣いで見つめてくるけど、さすがに二個も作れるほどの材料は持ってない。それに、宿で暮らすメルは置く場所もないはずだ。
「俺が作った猫のぬいぐるみを大事にしてくれてるのはありがたいけど、現状でも手荷物を圧迫してると思うんだ。今のままで我慢してくれ。ほらっ、今日はシフォンさんと一緒にクマさんで遊んできなさい」
言い返す言葉が見つからなかったのか、シューンッと落ち込みながらも、クマさんにポフッと体を預けたメルは、嬉しそうだ。尻尾がリズミカルに揺れているため、間違いないと思う。
貴族女性の部屋で俺は何をしてるんだろう、と冷静になって考え始めると、大きな荷物を持つアリーシャさんがやって来た。クマさんと触れ合うシフォンさんに目もくれず、俺の方に向かってくる。
「ミヤビ様。お嬢様がお願いしたポカポカシリーズの件ですが、こちらの肌着と靴下にもお願いいたします」
大きな荷物から取り出したのは、買ってきたばかりであろう、女性用の肌着や靴下の数々。キャミソールやノースリーブに、ハイソックスやレースの靴下といった、触ってはいけないものが次々に並べられていく。
さすがに俺も戸惑いを隠せない。このことをトレンツさんが知ったら、ブチギレそうで怖いぞ。下着ではなかったとしても、限度ってもんがあるだろう。
婚約者がいるなら、なおさらのこと。
「アリーシャさん。俺を犯罪者にする気ですか?」
「いえ、ミヤビ様なら問題は起きないでしょう。自分で言うのも変ですが、メイドの仕事をしていると、男性の目線が嫌というほど刺さります。ミヤビ様のように変な目線を送ることなく、メイドの私に気を遣ってくださる紳士な方は、滅多におりません」
「ちなみにですが、赤壁に三人のオッサンがいましたよね。大丈夫でしたか?」
「この一週間で、百十六回のやましい視線を感じました。冒険者にしては少ない方ですし、お嬢様や私に対して、品性に欠ける言葉を使われない分、さすがAランク冒険者だと思います」
何やってんだよ、四十歳を過ぎたオッサンがよ。俺の気を引いてくれたという面では、本当に一緒にいてくれてありがとうって感じだけどな。
「今度会った時、ガツンッと言っておきましょうか?」
「いえ、ベルディーニ家と関係がこじれてほしくはありません。メイドの宿命とも言えるのですが、立場が弱くなりやすく、簡単に落とせると思われるケースが多いみたいです。ミニスカートが正装ですし、仕方ありません」
貴族に仕えるというのは、予想以上に大変だな。それと同時に、視線ってバレやすいんだと思ったよ。
「でも、こんなに色々な肌着に付与する必要がありますか?」
「日常生活では必要ありませんが、もうすぐパーティーの時期に入ります。ドレスに合わせようと思うと、肌着が見えるものは着用できません。胸元を開けたドレスもありますし、腹巻にも付与していただけるとありがたいです」
「ああいうドレスって、やっぱり寒いんですね」
「私も着たことはありませんが、風邪を引かれる方は多いです。お嬢様も体が震えないように必死で、会話に集中できないと嘆いておいででした」
それなら仕方ないか……と思うんだが、俺はどうしてこんなことを聞いたんだろうな。事情を聞きすぎると、やってあげなきゃいけない気持ちが芽生えてくる。お人好しと言われる所以は、勝手に感情移入して、助けてあげたくなるからかもしれない。
だって、真冬に胸元パッカーンと開いたドレスを着て風邪を引くなんて、バカみたいじゃん! 話を聞く限り、暖房が効いた会場じゃないし、シフォンさんのことだから、部屋に帰ってきたら勉強するぜ。また学園の授業に置いていかれてしまう、と。
ヤバイ、これ以上は考えない方がいい。夜中までアリーシャさんも付き合い、椅子で眠ってしまったシフォンさんに毛布を掛ける姿を想像してしまう! 二人とも若いのに、頑張り屋さんすぎるよ! アリーシャさんもぬいぐるみ遊びしてるのか、ちょっと気になってきたぞ!
「わかりました、全部付与します。あと、他に買ってきた物も全部出してください」
小刻みに出されると余計に気になってしまうため、アリーシャさんに全部並べてもらう。すると、大半が厚めの布や生地で、シンプルなものから煌びやかなものまであった。
「可能な範囲でお願いしたいのですが、ウルフの毛皮で作られたポカポカカーペットがありますよね。あれをこちらの生地で覆って、見た目を変更してください」
「貴族の私物として使う場合は、貴族っぽい見た目に変えておきたいんですね。それなら、学園内でも使いやすくするために、サイズが小さいものも用意して、座布団も用意しましょうか」
「ありがとうございます。あとはベッドの変更と、ポカポカクッションをいただければ、快適に過ごせると思います」
「一つ一つが小さいですし、これぐらいなら大丈夫そうですね。それで、本当にこれで全部でいいんですか? まだ袋の中身が残っていそうですけど」
ドキッとしたアリーシャさんは、俺から目線を逸らした。言いにくそうに頬が引きつるなか、恐る恐る袋の中から取り出したのは……、また肌着だ。
「あ、あの、厚かましいお願いですが、私のものにも付与していただけると、う、嬉しいです。メイドとしては、お嬢様と同じレベルのものを使用するとなると、抵抗があるのですが、ポカポカシリーズがどうしても欲しくて……」
どうやらメイドという立場が邪魔をしているらしい。シフォンさんの身の回りの世話をする以上、アリーシャさんは深夜に寝て早朝に起きる生活だろうし、寒い生活に困っていると思う。
しまった! また不要な感情を移入してしまった! シフォンさんの勉強をサポートするため、誰よりも徹夜するアリーシャさんの姿が見えてくる!
「サービスしておくんで、早く出してください。その分、シフォンさんを献身的に支えてあげてくださいね」
「はい、ありがとうございます。あの……このようなことを言うのは失礼かもしれませんが、パパ、みたいですね」
「パパ呼びはやめてください。リアルすぎて、刺さります」
どうして俺はいま、こんな娘が欲しかったという気持ちになっているんだろう。メイドさんにパパと呼ばれるのは……悪くない、そう思いながら、付与魔法を始めるのだった。
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