第43話:貴族令嬢シフォン

 付与魔術の作業を終えた俺は、通りがかりのメイドさんを捕まえて、最初に集まった応接室へと案内してもらった。


 別れ際に、トレンツさんに作業終了の報告をお願いしておいたので、のんびり茶でも飲んで休憩させてもらうとしよう。そう思って扉を開けると、そこには……。


「くっ、殺せ!」


「……笑止!」


 真剣な表情でぬいぐるみ遊びを行う、三人の女の子の姿があった。


 クマのぬいぐるみを持ったリズが、豚のぬいぐるみを持つメルに追い込まれ、絶体絶命のピンチを迎えている。そこへ、俺が作った猫のぬいぐるみで駆けつける女の子が、この屋敷の貴族令嬢だろう。


 癖のあるピンク色の髪をポニーテールにして、チェック柄のお嬢様ワンピを着こなす女の子。今の俺と同い年で、十五歳くらいだろうか。


 きっとご令嬢が助けに入って活躍する、接待の意味を込めたぬいぐるみ遊びで……。


「ぐへへへ。クマさん、良い香りがしますねぇ」


 悪役かよ。貴族令嬢が悪役はダメだろう。しかも、もう一人ぬいぐるみを使う人物がいないことを考えれば……、バッドエンドじゃないか。


「おやめくだ……あっ」


 迫真の演技の途中で俺の存在に気づいたリズは、目で訴えかけてくる。普段はこんな遊びをしてないよ。あくまで付き合ってるだけだから、と。


 不自然に動きを止めたリズを見て、振り向いた貴族令嬢とも目が合うと……、恥ずかしかったんだろう。ぬいぐるみから手を放して、リズと一緒に顔を赤く染めてしまった。


「……笑止!」


 まだ積極的にぬいぐるみ遊びを続けようとするメルは、普段からこういうことをやっていると思う。


「お楽しみのところ、すいません。風呂場の修理が終わって戻ってきた、ミヤビです」


「い、いえ! お、お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません。わたくしは、シフォン=ベルディーニと申します」


 何度もペコペコとお辞儀する姿は、気弱な性格なのか、恥ずかしくて必死なのかわからない。一つだけ間違いないのは、初対面でこの状況は気まずいということだ。


「……次、シフォンの番」


「遊んでもらってたのは、メルだったんだな。貴族令嬢にぬいぐるみで遊んでもらうなんて、世界中を探してもメルくらいだぞ」


 えっ? と驚くメルは、ようやく俺が戻ってきたことに気づいたようだ。恥ずかしがる様子はなく、リズとシフォンさんの顔を交互に眺めている。


「メル様。人前では中断する約束ですよ」


「……大丈夫。ミヤビは理解がある人間」


「わたくしの心が持ちませんから」


 良い年してぬいぐるみ遊びする姿を、あまり見られたくないんだろう。子供の遊び相手として付き合うなら、悪い印象を抱く人はいないと思うけど、やっぱり恥ずかしいよな。


「ところで、ミヤビ様。お風呂の修理は、ヴァイス様が行う予定ではありませんでしたか? 今日から三日ほどかかると聞いていますが」


「色々ありまして、ヴァイスさんの代わりに修理することになったんです。あと、俺は庶民的な冒険者ですので、呼び捨てで構いませんよ」


「えーっと、このような形で遊んでおりましたが、わたくしは貴族ですし、すでに婚約者も決まっております。身内や使用人以外の殿方や、仕事に関わる冒険者様をお呼びするときは、様付けが義務付けられているのです」


 そういえば、さっきメルのことを「メル様」と呼んでいたっけ。プライベートであっても、護衛依頼を頼むかもしれないメルに対して、敬意を払っているに違いない。


「貴族社会は大変なんですね。下手に呼び捨てにすると、誤解されるというわけですか。知らずに変なことを言って、すいません」


「いえ、構いません。子供の頃からそういう教育を受けてきましたし、わたくしにとっては普通のことです。どちらかと言えば、ぬいぐるみ遊びをする方が大変ですよ」


 その割には、随分と熱心に悪役をされていましたけどね。貴族の厳しい教育の反動が出ているような気がしますよ。


「さあ、ミヤビ様もいらっしゃいましたし、ぬいぐるみを片付けましょう」


「そうですよね! 早く片づけないと怒られちゃうから、メルも手伝って」


 妙に息の合ったリズとシフォンさんが部屋の端にぬいぐるみを片付け始めると、メルだけポツーンッと取り残されてしまった。俺の作ったぬいぐるみをシフォンさんがメルに返してあげると、何かを訴えかけるように、メルは目を合わせている。


 きっとまだ遊び足りないんだろう。ここに来たメルの目的は、ぬいぐるみ遊びなんだから。


「……猫川タロウくんを作ったの、ミヤビ」


 随分と独創的な名前を猫のぬいぐるみに付けたんだな。それより、作製者の情報なんて誰も求めていないんだし、内緒にしておいてくれよ。可愛い猫のぬいぐるみを作ったと知られるのは、俺も少し恥ずかし――。


「ええっ!? タロウくんの生みの親はミヤビ様だったのですか!? あっ、いえ、何でもありません」


 顔を真っ赤にしたシフォンさんを見て、俺は思った。もしかして、本当にぬいぐるみ遊びが趣味なのか、と。


 いや、さすがにそんなわけがないよな。良い年した貴族令嬢の趣味がぬいぐるみ遊びなんて、あり得ないことだ。俺が猫のぬいぐるみを作ったことに対して、純粋に驚いたんだろう。……多分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る