【冬編】二章

第39話:商業ギルドに土地を求めて

「まずは商業ギルドに行かないとね!」


 ポカポカの肌着と靴下を身に着けたリズは、朝からご機嫌である。


 ふっふふーん♪ と鼻歌を口ずさみ、両手を大きく振って歩く姿は子供っぽい。当然、持っている杖がブンブンと振り回されるため、隣で歩く俺はちょっと怖かった。


「杖を持ってること、忘れてないよな? 誰かにぶつけて問題を起こさないでくれよ」


「大丈夫だって。今日は人通りが少ないんだもん」


 なお、人通りが少ない理由はリズが寝坊したからだ。冷え性で寒がりなせいか、ポカポカした環境だと熟睡する癖があるらしい。肌着に火魔法を付与しただけで、まさか寝坊してしまうとは。冒険者の腕は確かでも、社会人としては不安が残るよ。


 元気なリズと一緒に歩き進めていくと、目的の商業ギルドに到着。冒険者ギルドよりも清潔な印象を抱く、大きな石造りの建物で、看板には馬車のマークが描かれていた。


 ここへ来た目的は、パーティ拠点を建てられる広々とした土地をレンタルすること。購入となると金銭の負担が厳しいので、いずれは買い取りする方向で進められたら、嬉しいかな。


 貴婦人のマダムとすれ違いながら、商業ギルドの中へ入ってみると、冒険者ギルドとはまったく雰囲気が違っていた。


 高級ホテルのラウンジのようにソファーとテーブルがあちこちに置かれ、商談しているみたいだ。客層が違う影響だろうか、商業ギルドの職員がピシッとしたスーツを着用し、動きの一つ一つが丁寧で、執事っぽい。受付カウンターの机も光沢があって、絶対に肉を置いてはならない雰囲気がある。


 この光景を見たリズも、俺と同じように圧倒されていた。


「商業ギルドの中って、こんな風になってるんだ」


「リズも来たことはないのか?」


「うん。商人の護衛依頼は受けるけど、冒険者が来る機会は少ないと思うよ。パーティ拠点の契約で初めて来る人が多いんじゃないかなー」


 魔物素材の売買は冒険者ギルドでできるし、普通に生活する分だと宿で暮らすことになる。日用品は街で買うし、宝石とか塩を大量に仕入れない限り、商業ギルドを利用する機会はない。だから、貴族向けの接客や大手の取引がメインになり、職員は礼儀正しく振る舞うことが義務付けられて、スーツ姿なんだろう。


 場違いな雰囲気に戸惑いつつ、リズと一緒に受付カウンターへ向かうと、紳士的な男性が会釈して迎えてくれた。


「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか」


「冒険者ギルドから紹介状もらって来たんですけど、大きめの土地を借りることはできますか?」


 インベントリから紹介状を取り出すと、椅子に腰を掛けるように手で促してくれたため、リズと一緒に椅子に座った。


「お預かりいたします。……ふむ、ザイオン様からの紹介ですね。まだお若いのにギルドマスター様から紹介をいただくとは、優秀な冒険者なのですね」


「いえ、たまたまです。予算も多くはないので、希望に合えば土地を借りたいと思っているだけですから。可能であれば、家が建っていない、もしくは家を取り壊してもいいところで、庭が作れる広さがあると嬉しいんですけど」


「詳しく探してみないとわかりかねますが、基本的に家と土地をセットでレンタルする場所が多くなります。土地と一緒に購入して家を取り壊す場合であっても、それなりの手続きが必要ですので、数ヵ所ほど案内できれば多い方だと思います。あまり期待せずに、お待ちいただけるとありがたいです」


「わかりました、お願いします」


 職員の男性は一礼し、奥へ向かって歩いていく。


「けっこうキツイかもしれないな」


「貴族街の土地が空いてないと、広さ的に厳しいと思うんだよね。せっかく拠点として借りるなら、ちょっとくらいは見栄も張りたいし」


「意外に気にするんだな。誰かが遊びに来るわけでもないし、多少の妥協はありだと思うぞ」


「私にも友達くらいはいるし、拠点で作戦会議とかやりたいもん。小さかったら、それこそ新婚さんの家みたいになるじゃん」


「言いたいことはわかるけど、作戦するほど高度な依頼を受けないだろう。思っている以上に子供っぽい願望を持ってるんだな」


「子供じゃない。誰もが一度は憧れる冒険者の夢が、パーティ拠点で作戦会議なの」


 しばらく子供じみた会話をしていると、職員の男性が難しい顔をしながら、一枚の紙を持ってやってきた。


「やはり、ご希望の条件で探すと厳しく、該当する場所が一件しかございませんでした。月々の使用料は金貨百三十枚になりますが、一つだけ問題がありまして……」


「もしかして、いわくつきの土地、ですか?」


「いえ、現領主様が住まわれている屋敷の道を挟んだ向かい側になります。貴族が住むには厳しいご近所付き合いで、プレッシャーのかかる不人気な土地です。冒険者の方でしたら、門兵さんに厳しくチェックされると思いますので、居心地が悪くなってしまうかと」


 確かに、貴族が領主様の向かい側に住むには勇気がいるよな。社交パーティのような短時間ならまだしも、毎日顔を会わせるとなれば、気が休まらないだろう。会社の社長宅が向かい側にあるような、最悪な立地条件とも言える。


 逆に言えば、Aランク冒険者を目指すリズにとっては、アピールチャンスになる可能性がある。領主様も向かい側に冒険者が拠点を借りれば、俺たちの情報を冒険者ギルドに求めるはず。真面目な態度で冒険者を続け、依頼成功率がトップという事実を聞けば、少なくともリズの名前は覚えてもらえるだろう。


 うまくいけば、領主様から直接依頼をもらえるかもしれない。


「門兵さんのチェックというのがわからないので、一度見て来てもいいですか?」


「敷地内に入らなければ、自由にご覧ください。取り壊し可能な屋敷と手入れされていない庭がある、広い場所になります。商業ギルドとしては、ご案内できる土地がそちらしかございませんし、ご契約いただけると助かります。十年以上も取引がない土地ですので、ゆっくりとご検討ください」


「契約ができそうな雰囲気であれば、また来ますね。その時はよろしくお願いします」


「いつでもお待ちしております」


 男性職員さんに見送られながら、リズと一緒に商業ギルドを後にする。リズも出世できるかもしれないと考えたのか、口元に手を置いて、笑みを隠していた。


「金銭的には問題ないし、良い場所になる気がする。ミヤビとパーティを組み始めてから、運が回ってきた気がするよ」

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