第37話:お前だったのか、リズッ!!

 冒険者ギルドに調査依頼の報告を終えて、二日が過ぎると、俺とリズはギルドの別室へ呼び出された。


 向かい合って座るのは、ギルドマスターのザイオンさんではなく、受付嬢のエレノアさんになる。資料の代わりにドンッ! と置かれている袋は、今回の報酬金と見て間違いない。


「冒険者が二組も行方不明になる森の調査依頼で、出来高という形になっておりました。ブラックオークの集落を迅速に対応していただいたことも考慮して、金貨百八十枚となります。異論はございませんか?」


 調査依頼だけで、日本円にして百八十万円である。思わず、リズとゴクリッと喉を鳴らし、ウンウンッと頷くことしかできなかった。


 俺は今回の依頼で亡くなった家族に寄付するとエレノアさんに伝えてあるため、受け取ることはないけど。


「わかりました。次にブラックオークの買取金額ですが、大金になりましたね。皮は日用品に使う程度で高くありませんが、骨と牙を粉末にして薬の材料として使うため、金貨百七十五枚。新鮮な肉が三頭分ありましたので、金貨百八十五枚。すべて合わせて、金貨三百六十枚になります」


 エレノアさんが重そうにドシンッ! と机に乗せた袋は、先ほどの倍の金額になる。一人当たり金貨百八十枚、日本円で百八十万円である。依頼報酬金を受け取らなくても、完全に儲けすぎだと思う。


 当然、依頼報酬金ももらう予定のリズは、放心状態になってしまったが。


「私の金銭感覚が壊れてなければ、買取素材だけで、調子が良いときの三ヶ月分くらいあるんだよね。さすがに大金すぎるよ……」


「三ヶ月分と聞いても多いと思うけど、もっと金銭感覚が壊れそうなことを言っていいか?」


「言わないで。インベントリ内にあるブラックオークの肉、六頭分を売却予定の話は絶対にしないで」


「気づいてないかもしれないが、自分で言ってるぞ」


 普段から依頼の報酬金を冒険者ギルドに預けているリズは、大量の金貨を目の当たりにする機会がないんだろう。袋に入っているとはいえ、ジッと見つめたまま目を離せないでいる。


「Cランク冒険者のリズちゃんでも、一回の依頼で金貨百枚を超えたら、かなり多い方ですからね。混乱する気持ちはわかります。リズちゃんは冒険者ギルドで預かると思いますが、ミヤビくんはどうされますか?」


「俺の分も預かってください。インベントリに大金が蓄積していくと、落ち着かなくなりそうなので」


「わかりました、二人とも預かりますね。あと二つご案内があるんですが、どちらもミヤビくん宛になります。一つは、冒険者ランクをDランクまで引き上げます」


 唐突のランク昇格には、さすがに驚きを隠せない。リズと依頼をこなしているとはいえ、ただの荷物運びみたいなものだ。一人でやれば、Fランク依頼でも躓くかもしれないのに。


「大丈夫ですか? 俺、ほとんど何もしてないですよ」


「サポーターが活躍する場所は限られますし、ギルドの貢献度と今後の期待を込めての昇格になります。個人的な見解としては、Fランク冒険者が大金を稼ぐ姿を同業者にあまり見せたくない、という意味が大きいと思いますよ」


「あー、納得しました。揉め事が起こる前に対策を取ってくれたんですね」


 大量に魔物の素材を持ち込めば相場も下がるし、依頼を失敗して収入が得られない人もいる。生活に欠かせない食料は別としても、低ランクが稼ぎすぎると面白くはないだろう。喧嘩っ早い人に目を付けられる前に、ランクを上げてくれたんだ。


 もしかしたら、俺のヘイトを下げるために『肉王子』という珍妙なあだ名を付けてくれた可能性も……それはないか。


「ギルドマスターが優秀なサポーターと判断したかわかりませんが、ミヤビくんに冒険者ギルドから離れられると、大きな損失に繋がるのは事実です。色々考慮した結果でしょう。こちらの二つ目の案内も、それに繋がると思います」


 スーッと差し出された封筒には、『紹介状』と書かれていた。


「土地を購入したり、借りたりする場合、商業ギルドに渡してください。多少の融通は利くはずですし、今後も同じくらい稼ぐことを考慮すれば、近いうちに必要になると思います。パーティで拠点を持たれる程度なら、すでに十分な利益だと思いますよ」


「わざわざ書いてくださったんですね、助かります。俺が一方的に建築したいだけですし、どういう形で使うかわかりませんが、ありがたく使わせてもらいますね」


「そうしていただけると、冒険者ギルドも助かります。商業ギルドに引き抜かないでください、という意味合いが強いだけですから。土地を買ってくだされば、この街を拠点に活動されることになりますし、ミヤビくんを引き留めておきたいんだと思いますよ」


 他の冒険者よりも素材を卸せることを考えれば、冒険者ギルドに大きく貢献できるのは間違いない。インベントリの中は腐らないし、最悪は食糧庫にもなる。最近は一段と寒くなってきたし、雪が降って魔物が狩りにくくなれば、留めておきたい気持ちもわかるけど……。


「そんなことまで言っても、大丈夫なんですか? あまり聞いてはいけない気がするんですけど」


「裏事情に鈍そうな二人ですし、素直に言っておいた方が信頼関係が築けると思っただけです。それに、こういうことを話しておくと、貴族街のカフェにご馳走へ連れていってくれる方もいますから。ねっ、リズちゃん?」


 チラッとリズを確認すると、何とも言えない顔で頬がピクピクと動いていた。


「仕方ないじゃん。女の子が一人で生きるには、厳しい世の中なんだもん。頼れる人には頼った方がいいかなーって」


 リズの言うことには納得できる。お人好しな性格のリズが生きるには、エレノアさんみたいにしっかりした人がいてくれた方が、変なトラブルにも巻き込まれないだろう。


 どちらかというと、理想の姉と慕う反面、御馳走をしてあげる側なんだなーと思っただけだ。Cランク冒険者の方が受付嬢よりも利益はあるだろうし、エレノアさんに悩み相談する口実として誘うには、なかなか良いとは思う。


「あっ、リズちゃんにも一つだけ案内があるのを忘れていました。行方不明になった冒険者が二週間不在で、亡くなったものとします。いつもと同じように、依頼報酬を半額寄付する形でよろしいですか?」


「はい、お願いします」


 どこかで似たような話を聞いたのは、二日前だ。依頼報酬を全額寄付すると言った自分バカが、この部屋にいるな。確かあの時、エレノアさんはこう言っていた。


『今まで私が受付を担当した人でも、亡くなった家族に依頼報酬の半額を寄付したい、と言った人は一人だけいますが、全額を渡そうとする人はいません』


 お前だったのか、リズッ!! パーティで似たようなことをやってるんじゃないよ! 


 当然、何も知らないリズと目が合うと、恥ずかしそうに口を尖らせた。


「私のお金なんだもん。どう使ってもいいでしょ。自分でも甘いとはわかってるけど、後で知るのは嫌だし、エレノアさんにお願いしてるの。こうしないと、心が折れそうになるときがあるんだもん」


 全てを知っていたエレノアさんの顔を見てみると、パチッと可愛いウィンクが送られてきた。


 どうりで今日は、ギルドの裏事情までペラペラと話してくれるわけだ。こんなお人好しパーティを放っておいたら、どっかで野垂れ死にしそうだもんな。


「リズ、大丈夫だぞ。俺、もっと甘い人間を知ってるから」


 クスクスと笑うエレノアさんが、俺にも理想のお姉さんに見えてきたのは、気のせいだろうか。どうやらリズと一緒に、本当に妹と弟に認定されたらしい。

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