第24話:リペア作業Ⅰ

 付与魔法の練習を終えて街に戻る頃、周囲はスッカリ暗くなっていた。


 門が閉まるギリギリに滑り込んだこともあって、門兵さんに不審な目で見られたけど、気にしてはいけない。近づいてきたゴブリンは討伐していたし、悪いことはしてないんだ。


 冒険者カードをジッと見られたから、悪い意味で名前と顔は覚えられたと思う。門から見える場所でずっと何かしてたら、普通に怪しいと思われて当然だ。ボヤ騒ぎも起こしていたし、怒らないでくれてありがとうございます。


 ヘコヘコして門を潜り抜けた俺は、迷うことなく宿に向かう。


 さすがに二度も迷子になれば、道を覚える努力はする。またメルに出会って、道を案内してもらえるとは限らないんだから。


 そんな偶然が三度も起こるわけが……、


「……あっち」


 ある。宿の場所を指で差してくれるメルと出会った。


 猫の獣人ということもあって、夜行性なんだろうか。日が暮れてくると、異常に遭遇率が高い。


「今日は迷子じゃないんだ」


「……ッ!!!!!!!!」


 そんなに驚かないでくれよ。迷子キャラが定着するのは大人として恥ずかしい。


「………」


 ズズーンと落ち込むのもやめてくれ。お礼がもらえないというオーラが全身から滲み出てるぞ。


「こんな時間にメルはどこへ行くんだ? 確か、宿は一緒だったはずだと思うんだが」


「……武器の修理。ちょっと、欠けた」


 腰にぶら下げていたショートソードを見せてくれると、刀身の一部が欠けている……というレベルじゃない。完全にヒビが入って、激しく損傷していた。


「ちょっと手に取ってもいいか?」


「……うん」


 メルから武器を受け取ると、俺は剣に集中する。ハッキリとはわからないけど、情報を読み取るようにジッと見つめた。


 見た目通りに耐久値は絶望的だな。付与魔術した痕跡が残ってる程度で、まるで機能していない。使用してある素材まではわからないが、Bランク冒険者なだけあって、かなり良さそうだ。


「普段から剣の手入れをやってなさそうだな。暗くてよくわからないけど、けっこう汚れてる感じがするぞ」


 後ろめたい気持ちがあるのか、メルはすぐに目線を逸らした。絶対にやってないな、こいつ。


「武器を修理するには厳しいと思うけど、一緒に鍛冶屋まで行ってもいいか? 鍛冶師がどう判断するのか、気になるんだ」


「……あっち」


 武器をメルに返して、後をついていく。ちょっぴり、しゅーん、と下がった尻尾を眺めながら。


 ***


 鍛冶屋にたどり着いた俺は、戸惑いを隠せなかった。以前に鉄鉱石を分けてもらった鍛冶屋、ヴァイスさんの店だったから。


 武器を作ったら見せに行く約束をしていたが……、まだ見せられるようなものはできていない。どうしよう、このまま入ったら怒られないかな。かまどを見せたら、間違いなく怒られると思うんだけど。


 そんな俺の気持ちを知らないメルは、ズカズカと店内に入っていく。


 付き添いを言い出したのは俺だし、ヴァイスさんがどうやって修理をするのか見てみたい。最悪、鉄の斧を見せてやり過ごすとするか。


 次は必ずちゃんとした武器を持ってきますので、と心の中で言い訳している間に、事態は急展開を迎える。


 またやりやがったのかーッ!! と、ヴァイスさんの雷が落ちたんだ。非常に入りにくくなってしまったが、仕方ない。


 意を決して足を踏み入れると、耳と尻尾がしゅーんとなったメルがいた。当然、ヴァイスさんは鬼のような形相をしている。


「あれほど壊れる前に持ってこいと……ん? お前は確か、少し前に来ていたクラフターだな」


 ヴァイスさんの雷が鳴り止んだせいか、ちょいちょいっとメルが手で催促してくる。早くこっちに来て、怒られなくて済みそうだから、と。


 絶対に怒られるだろうなーと思いつつ、俺はメルの隣まで足を運んだ。


「ミヤビです。ちょっとメルの保護者みたいな感じで登場する羽目になっちゃいましたけどね」


 ……ペシッと、優しくメルのツッコミが入る。とても怒られて凹んでいた人とは思えない。


「お前ら知り合いだったのか。それで、武器はできたのか?」


「まだ見せられるほどのものはできてないです。剣の修理が気になって、メルについてきただけなので」


 パシパシパシッと、もっと誤魔化してほしいアピールしてくるメルには悪いが、俺もあまり立場は良くないんだ。許してくれ。


「だろうな。こんなに早く持ってきたら、頭をどついてやるところだ。こんな風にな」


 ヴァイスさんの拳がメルの頭に降り注ぐと、追加攻撃が発生。ゴンッ! からの、グリグリグリッ! である。


 心の底から鉄の斧を見せなくてよかったと思うよ。危うくメルと一緒に怒られるところだったぞ。


 さっき『また』と言っていたから、何度か武器を壊して、こんなことをやられているんだろう。それでも持ってくるくらいだし、ヴァイスさんを信用しているのは間違いない。


「……痛い」


「馬鹿野郎! 今のはヒビの入ったこいつの分だ! 手入れしなかったお前が悪い」


 熱血鍛冶師であることも間違いないし、メルが面倒くさがりなのも間違いない。


「それで、その剣は修復できるんですか? かなり厳しそうに見えるんですけど」


「今は武器の修復作業が立て込んでて、こいつの剣に費やす時間はない……と言いたいが、ちょうどいいところに来たな」


 ニカッと不敵な笑みを浮かべるヴァイスさんを見て、俺は悟った。巻き込まれる、と。


「前回見た石の斧を見る限り、相当クラフトスキルを使い込んでるだろ。それなら『素材合成』くらいはできるよな?」


 突然で申し訳ないが、素材合成のチュートリアルイベントが発生した。頭をグリグリされたくないから、しばらく付き合ってほしい。


 武器や防具を修理する際、素材に使ったアイテムを合成して、耐久値を回復させる方法『リペア』がある。


 少し前にリズとウルフの討伐に向かった際、アイスニードルでボロボロにしたウルフの皮も一緒。同じ素材を合成することで穴を塞ぎ、修理することが可能だ。


 耐久値を戻すならともかく、破損部位の修理となれば、かなり消費量が激しくなるが。


「できますけど、ヴァイスさんがやった方がいいと思いますよ。メルの剣、相当いい素材を使ってませんか?」


「気にするな。打ち直すならいいんだが、鍛冶師はリペアを苦手とする者が多い。むしろ、クラフターは得意分野だろ。だから防壁の修理依頼はクラフターに任せっきりなんだ」


 そういえば、リズが言ってたっけ。クラフターは器用貧乏で、家具や防壁を修理させる依頼を受ける人が多い、と。


「こいつはうちの店で一番武器を壊して帰ってくるが、金だけはある。ちょっと待ってろ、必要な素材を持ってくる」


 修理依頼を俺に押し付けることで、スッカリ機嫌を良くしたヴァイスさんは、奥に向かって歩いていった。


 この世界で初めて武器の修理を行う俺としては、非常に不安だ。失敗して壊れはしないだろうけど、いきなりランクの高い装備でやるのは、さすがにプレッシャーがかかる。


「ヴァイスさんにやってもらわなくていいのか? このままだと、俺がやる羽目になるぞ」


「……お礼、何がいい?」


 ダメだ。ヴァイスさんに逆らうという概念を持っていない。友達の友達はみんな友達、みたいなノリで信用されている。


「また迷子になったら、道案内を頼むよ」


「……道、覚えた方がいいよ。ミヤビ」


「俺の名前を覚えてくれたんだな。メルの剣、頑張ってリペアするよ」


「……大丈夫。クラフト上手だった」


「あ、ありがとう」


 素直に褒められて照れ臭くなっていると、ヴァイスさんが二本の大きな牙を持ってきた。巨大な魔物の素材だと思われるほど、大きな牙を。


「レッドドラゴンの牙だ。こいつを素材に合成してくれ」


 予想以上に、すんんんっごい荷が重い作業だった。頑張ると言った言葉、今すぐに取り消したい。

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