第20話:夢への通り道

 森を離れて街へ向かう頃には、すっかり夕暮れ時になっていた。


 見晴らしの良い街道を歩いていると、前方に見えるT字路から、依頼終わりであろう冒険者が八人も歩いてきた。先に前を行ってもらい、俺たちは少し離れてついていく。


 向こうも和やかに話しているし、この辺りは魔物に強襲される危険が少ないんだろう。何かあれば助け合うことだってできるし、隣で歩くリズも人の声が聞こえて安心したのか、森にいたときよりも表情が柔らかくなっていた。


「受けられる依頼がなかったとはいえ、今日は随分と長く付き合わせちゃったな。俺も何か手伝える範囲で手伝うけど、リズはやりたいこととかないのか?」


 言いにくいことだったのか、リズは苦笑いを浮かべている。


「うーん……、笑わない?」


「大丈夫だ、笑わないよ」


 その質問に対して、笑う、とは答えられないし、実際に笑うことはできない。今後の友人関係が崩壊するかもしれない、恐ろしい前置きだから。


「私ね、Aランク冒険者になりたいの。いろんな魔法の勉強をして、自分の手で魔法を使ってみたいんだー」


 予想以上に真剣な内容で、ちょっぴり戸惑ってしまう。でも、笑うような話ではない。


「夢があっていいと思うぞ。冒険者ギルドの依頼掲示板でCランク依頼を見てるのは、同年代ではリズ以外に見当たらなかった。このままいけば、Aランク冒険者を目指せるんじゃないか?」


「どうかなー。Aランク冒険者になるには、ギルドと国から推薦をもらう必要があって、ハードルが高いの。この国に推薦してもらうと、王城にある図書館を特別に使えるようになるから、どうしてもなりたくて」


 自信がなさそうに見えるし、本当に難しいのかもしれないけど、俺はそう思わない。


「今日一日護衛された身としては、Cランク冒険者とあって、すでにプロの仕事だったと思う。めちゃくちゃ安全だったからな。冒険者ギルドに依頼を出していたら、次から指名を出してでも護衛をお願いしたいくらいだよ」


「……恥ずかしいこと言わないでよ、バカ」


 照れたリズに軽い蹴りをバスッと入れられた。思わず「痛い」と俺は声を漏らすが、本当は痛くない。条件反射のように声が漏れただけ。


「本当に、私がAランク冒険者になれると思う?」


 そう言ったリズは、思い悩んでいることだったのか、次第に悲しそうな表情へと変わっていく。


「私は魔法の威力が高くないから、うまくいかない気がするの。Bランク冒険者が使う魔法とは、威力が全然違うんだもん。今のまま頑張ってもBランクにすら届かなそうで、最近はちょっと自信がなくなっちゃって……」


 そういえば、Cランクの魔物であるグラウンドシープを討伐するのに、威力を高めようと【魔法チャージ】してたっけ。負担がかかるスキルみたいだったし、自分なりに工夫して戦闘しているだろう。


「魔法のことは詳しくわからないけど、Aランク冒険者の推薦と魔法の威力は関係ないんじゃないか? 魔法使いだからって、どんな敵でも葬る強大な魔法を使えなければならない、ということはないだろ」


 人それぞれ戦闘スタイルが異なる以上、活躍する場面は変わる。サポーターが戦闘できないのと同じように、魔法使いが常に活躍できるわけじゃない。一人の人間ができることは限られているし、職業の強みや弱みは必ず存在するから。


 無理だと言わんばかりにうつむくリズは、よく思っていないみたいだが。


「私はさ……中級魔法が限界なの。正確に言えば、中級魔法でも使えないものもある。そんな魔法使いがAランク冒険者になるのは、やっぱり厳しいのかなって思うんだよね」


 ずっと悩んできたと察してしまうように、リズの声は小さかった。


 誰かに知られたくないというより、言葉にしたくなかったのかもしれない。Aランク冒険者になれると信じて歩んできた自分を、否定することに繋がりそうで怖いんだと思う。


 中級魔法が限界では、Aランク冒険者になる資格がない、と。


 冒険者の評価の一つに強さがあるのは間違いないと思うけど、強さだけを追い求めてるうちは、まだ若い。


 社畜経験のある俺が、蔑みがちなリズに現実を突き付けてやろうと思う。同じパーティである仲間として。


「リズ、一回立ち止まって、前方を見てみろ」


 唐突に話が切り替わったことに戸惑いつつも、リズは立ち止まって前を向いた。そこには、先ほどT字路で道を譲った、八人の冒険者たちが歩いている。


 おそらく、二つのパーティで共闘していたんだろう。男七人、女一人で楽しそうにワイワイ話しながら歩いている。が、その後ろ姿は悲惨で、泥だらけだ。


「あの冒険者たち、汚いだろ。なんであそこまで泥だらけのまま街へ向かっているのか、完全に俺の予想だが、聞いてくれ」


 ポカーンと口を開けたリズは、目を細めて確認した。キョロキョロと黒目が動くと、予想以上に泥で汚れていて、呆気に取られたんだろう。悩んでいたことを忘れたかのように、ウンッと頷く。


「わざわざ別パーティと依頼を受けて遠くまで行ったはいいものの、悪路で魔物と対峙。暴れる魔物が右往左往し、バシャバシャと泥が飛び跳ね、苦戦を強いられた。その証拠に、後方にいるはずの弓使いの女の子の髪にまで、泥が付着している」


 可哀相だと思うのは、髪に泥がついたと本人が気づいていないことだ。鈍感な男しかいないのか、髪に泥が付着したことくらいどうでもいいと思う連中のみ。そういう些細なことが、女の子との関係悪化に繋がると知らずに。


「川で洗えばいいと思うが、焚火で乾かす時間を計算すると、夜までに街へ帰れなくなる。最終手段として、街に近い川へ飛び込み、汚れを落として街へダッシュ。ガタガタと震えながら宿にお願いして、庭で暖でも取らせてもらう作戦だ。宿で洗おうと思ったら、金を取られるはずだからな」


「宿を汚したら罰金もあるし、そういう人は見たことがある。寒い時期に全身を濡らしたまま走って、門の内側で焚き火してる冒険者。何かの罰則だと思ってたけど、そんな理由だったんだ」


 感心するように頷くが、そんな謎を解きたいわけじゃない。


「それを考えたら、天候や路面状況を考慮するだけでなく、自分の歩行速度や体力まで把握して、依頼を受けない選択ができるリズは、冒険者に向いていると思わないか? 俺がギルド職員だったら、依頼が成功してても、あいつらの評価を下げるぞ。このままランクを上げれば、誰かが死ぬだろうからな」


 一方、同じ状況で森を探索した俺たちはどうだろうか。恐る恐るリズが下を向き、自分の装備を確認しても、チラッと俺の装備を確認しても、綺麗なまま。当然、靴は泥で汚れているが、中に泥水が染みてるわけでもない。


「戦士だって、軽装備で小さな剣を使って戦う人もいれば、大剣を振り回す重戦士もいる。でも、一撃の威力が高い重戦士しかAランクになれないわけじゃない。中級魔法までしか使えなくても、諦める理由にはならないだろう」


 強いとか弱いとか大事だと思うけど、そういうんじゃないんだよなー。真面目に頑張るリズを見てるとさ、応援したくなるものがあるんだよ。


 Aランク冒険者になるため、ひた向きに頑張るリズは、きっと影響力の強い人になる。希望の光で照らしてくれるような優しい人が、人の心を動かしてくれるから。


「……別に諦めてないもん」


 プイッとそっぽ向くリズには、もっと現実を突きつけようと思う。こういうのは、自覚することが大事なんだ。


「俺がいいなーと思う冒険者は、目上の人や職員に敬語を使って、貴族との依頼に備えるような人物だ」


 夕日で照らされた赤い頬のリズは、不自然なほどピタッと動きが固まる。瞬きせずにどこか一点だけ見つめる姿を見ると……、誰の話なのか、本人も察したんだろう。


「依頼を出す女性の気持ちまで考えて、護衛依頼を受ける人までいるからな。魔法使いが魔物の索敵までしてくれると、前衛で戦う冒険者も楽になるだろう。無闇に突っ込まなくていいし、ケガのリスクも少なくなる。ましてや、金のない人間を助けて――」

「うるさいっ!」


 バンッ! と、俺の太ももにローキックが入り、「痛ッ!」と声が出てしまう。これは本当に痛いパターンであり、ガチ蹴りである。


 ちょっとやりすぎたみたいだ。ついつい調子に乗って、ベラベラと話してしまった。


「……ありがと」


 お節介だったかもしれないけど、ボソッと呟くリズは……、可愛くてずるいと思う。


「やっぱり素直にお礼を言える冒険者は、痛ッ!! 待て、武器で叩くのはやめろ。それは暴力の領域だ」


 これ以上は命に関わるため、リズにちょっかいを出すことをやめた。


 恥ずかしがって声も発しなくなったリズと共に、街へ歩くことを再開する。途中で装備を脱ぎ、川の水の冷たさに悶絶する男たちに追いついた時は、マジでやるんだなーと思った。


「弓使いさん、髪の毛が汚れてますよ」


「……ッ! 教えてくれて、ありがとう……」


 やっぱり素直にお礼を言える冒険者はいいと思う。

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