第15話:迷子の相談
ヴァイスさんに店の奥へ連れていってもらうと、そこには広々とした工房があった。
武器を作るドワーフや人間の弟子みたいな人たちが至る所で
工房の先にある倉庫にたどり着くと、ヴァイスさんはかなりの量の鉄鉱石を分けてくれた。意欲のあるクラフターが珍しかったのか、「原価で分けてやる」と言ってくれて、投擲用のナイフを十本買ったら、おまけに二本付けてくれるほど、ヴァイスさんは良くしてくれた。
最初に会った時のムスッとした顔とは違い、今ではスッカリご機嫌モードになっていて、ニカッと笑顔を作って見送ってくれている。
「良い武器ができたら、ワシに見せに来い」
おいしいジンギスカンができると思います、とは、絶対に言えない雰囲気である。
「ヴァイスさんに見せても恥ずかしくない武器になると、時間がかかりそうですね」
そのため、素材に余裕ができたら作ることにして、時間がかかるアピールをした。どのみち、かなり良い魔物の素材でもない限り、鍛冶師を納得させられる武器は作れないと思う。
「クラフターがどんな武器を作ってくるのか、楽しみに待ってるぜ。少しくらいなら、武器作製のアドバイスもしてやれるかもしれん」
予想外のことを言われて、俺は戸惑いを隠せなかった。
丁寧に一本ずつ武器を作る鍛冶師と、材料と魔力を合成して武器を作るクラフターでは、根本的に作り方が違う。魂を込めて武器を作る鍛冶師からすれば、クラフトスキルは邪道の領域になるはず。
それなのに、ヴァイスさんはクラフターの俺を気にかけてくれている。同じ物作りの人間として、素直に嬉しい。何とか良い武器を作って、ヴァイスさんに見せに来ようと思う。
「非の打ち所がないものを作って、いつかヴァイスさんを驚かせてみせますね」
「ヘッ、たかが石の斧でゴブリン討伐してることに、こっちはもう驚いてるぜ。身の危険を感じる前に、試し切りは木だけで済ませておけよ」
ガハハハッと大きな声で笑うヴァイスさんと別れ、俺は鍛治屋を後にする。
ゴブリン討伐したのは一回だけなのに、石の斧を見せただけで気づかれるとは。鍛冶師がすごいのか、ドワーフがすごいのかわからないけど……、良い人と出会えてよかったよ。
なんだかんだで有意義に過ごした一日が終わりを迎えようとすると、俺は重大なことに気づいた。
ウロウロしすぎて、宿の帰り道がわからない。まだ雨が降っている影響で人通りも少ないし、誰かに聞こうと思っても、声をかけにくい雰囲気だ。
ちょっと恥ずかしいけど、ヴァイスさんの店に戻って教えてもらおうかな。
「……あっ、迷子」
的確に俺の状況を表す言葉を発した方を向くと、レインコートを着た獣人、メルがいた。偶然にも、二日前に迷子になったとき、道案内をしてもらったばかり。
よって、迷子の相談がしやすい。
「ごめん。また迷子になったんだけど、道を教えてもらってもいい?」
本当に迷子だったの? と言わんばかりにメルに驚かれるのは、ちょっと恥ずかしいけど。
「……あっち」
東の方向を指で差したメルに見つめられるが、そっちは風鈴亭がある方向だろう。
「実はさ、宿を変えたばかりなんだ。風雷亭っていう宿になるんだけど、知らないか?」
「……私と同じ宿。案内する」
前回に続き、腕の裾をつかまれた俺はメルに案内されていく。
唯一違うのは、レインコートに隠れた尻尾がペシペシと当たらないこと。後ろ姿だけ見れば、小さな子が二人羽織でもしているかのように、モコッとなっていた。
「メルはBランク冒険者だったっけ。やっぱりすごいんだな、あんな豪華な宿に泊まれて」
「……Fランクは、貴族のボンボン?」
「昨日パーティでこなした依頼報酬が大きくて、宿を変えただけだよ。あと、俺の名前はミヤビだ」
名前を覚えるのが苦手なのかな。迷子とFランクという情報しか入ってない気がする。
「依頼をこなすのは良いこと。頑張れ、ミヤビ」
「メルに名前を覚えてもらえるように頑張るよ」
他愛のない会話をしながら歩き進めていくと、風雷亭に到着。予想以上に動き回っていたのは間違いなく、けっこう遠かった。
「今回も助かったよ。ありがとう、メル」
「……うん」
そう言ったメルは、ジーッと俺の目を見つめたまま、動かない。どうしたのかなーっと思ったところで、ハッと気づいた。
「ちょっと待っててくれ。今からお礼を作る」
ウンウンと頷くメルを見れば、お礼待ちだったのは間違いない。迷子を助けてもらったのか、子供をあやそうとしているのか、自分でもわからなくなってきたよ。
せっかくクラフト素材も買ったばかりだし、今回はバージョンアップして、猫のぬいぐるみを作ろうと思う。この世界で一番クラフターっぽいことをしているのが、迷子の御礼というのはさすがに情けないけど。
まず、本体となる茶色の生地を猫の形になるように、魔力で加工。普通であれば、繋ぎ合わせるために針で縫う作業に時間がかかるけど、クラフトスキルは違う。
糸に魔力を流した後、縫いたい部分にも魔力を流していけば、自動で縫い合わさっていく。
思わず、メルが「おお……」と声を漏らす程度には、丁寧で速い。
気分を良くした俺が綿を詰め、ボタンや色の違う布で顔のパーツを組み合わせて、外観を整え始める。木彫りと違って表情が出しにくいため、口角を少しだけ上げる程度に留めた。これ以上やると、不自然な猫のぬいぐるみになる可能性が高いから。
仕上げに、ぬいぐるみの表皮に魔力を丁寧に纏わせた後、クラフトスキルにしかできない芸当を披露する。グラウンドシープの羊毛を使って、生地から毛を生やすんだ。
ブワッッッ! と、一気に。
「おおおおっ!」
パチパチパチッとメルが拍手するくらい盛り上がったところで、猫のぬいぐるみが完成。見られて作るのは緊張するけど、喜んでもらえると嬉しい。
受け取ったメルは、手触りが気に入ったのか、モフモフして遊んでいる。
「ありがとう。……ミヤビ」
「こちらこそありがとな」
一足早く宿に入ったメルを追いかけるように、俺も宿へ入る。
さすがに名前も覚えてもらえただろうと思いながら、すぐに大浴場へ向かうのだった。
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