第38話 賢者レバニラの本音★

 私はレバニラ。元はこの国の侯爵家の人間だったが、貴族社会のつまらぬ駆け引きに翻弄されることが性に合わなかった私は、十代にして実家と絶縁。冒険者になった。しかし当時、私以上の跳ねっ返りで目立っていた女性がいた。その名もメレンゲ。当時の王女様だ。彼女もまた狭い王宮での生活や格式張った公務の数々、王を支える様々な者達とのしがらみに悲鳴を上げていた。そしてその地位を投げ打って、『家出』したのだった。


 偶然とは歴史が織り成す悪戯なのか。私が冒険者になって三ヶ月。たまたまFランクからEランクへと階級が上がったその日、同じ冒険者ギルド内には私、メレンゲ、そして後にメレンゲの伴侶となるワサビが揃っていた。たまたまEランクが挑むのにちょうど良い依頼があったが、ギルド嬢からはパーティを組むことを勧められる。そして成り行きで結成したのが我ら『フルコース』だった。


 『フルコース』はバランスのとれたパーティーだった。卓越した素早さや器用さが武器で、隠密行動に長けたメレンゲは前衛、ワサビは腕力や豊富な魔力にその優れた制御力を駆使してアタッカーとして活躍し、私は治癒や罠作り、地図の作成など様々な知識が必要となる後衛を務めていた。


 そして忘れもしないあのナトー渓谷での闘い。無事に渓谷を埋め立てることで周辺地域に元の平和をもたらした我々は、王城から招集がかかった。最も嫌がったのはやはりメレンゲだ。しかし、一つだけ何でも願い事を叶えてもらうということを当時の王から条件として引き出した彼女は、ようやく重い腰を上げた。


 謁見の間では、我ら『フルコース』が王から栄誉を讃えられ、それぞれ希望の褒美を授けられることになる。まずはワサビが希望を述べた。


「ナトー渓谷は未だ不安定な地域です。あの地を今後も見守りたく、ワシを村長にしていただきたい」


 王は「よかろう」と頷いた。

 続いてメレンゲが望みを述べた。


「私はワサビの妻になります」


 望みというよりかは、宣言だった。その頃は建前上王女が疾走してから随分と時間が流れており、元々王女が存在したことなんて国民の殆どが忘れ去っていた。しかし、古くから王に仕える者達は未だに王女を『駒』の一つだと認識している。メレンゲはそういった扱いを受けていることをよく理解していた。その呪縛から解き放たれるならば、この時しかチャンスがなかったのだ。


 それは、私もよく分かっている。男二人、女一人という構成のパーティーには必ず訪れると言っても過言ではないほどのよくある『分かれ道』が、我々にもやってきた。それだけのことなのに、私の今日中は筆舌に尽くしがたい程に血の涙を流し続けていた。


 メレンゲが、ワサビに心を寄せているのは知っていた。それに、かつて私にはこう言ったのだ。


「毛むくじゃらはちょっと……。いたした時にむず痒くなってじょう情事に浸れそうにない」


 そう、申し訳なさそうに呟いた言葉が、脳裏で改めて再生される。そこで、私はこんな願いを王に伝えた。


「私はこの度、功績を認められて『賢者』の称号もいただきました。今後もこの名に恥じぬ功績をこの世に残したく存じます。つきましては、先日発見されましたエビチリ遺跡を私にください。あそこで、過去に失われし魔法の研究したいと思います」


 これは、実質的にパーティーの離脱を宣言するものだった。これを聞いたメレンゲとワサビは目を丸くしていたが、私は彼らには何も言わず、王城を出た。あの二人を見ながらパーティーを続けるなんて、無理だ。それぐらい、あの二人ならば察してくれるだろうと信じて。


 そして、私の中では密かな野望が芽生えていた。いつか魔法を復活させてこの毛むくじゃらをツルツルテンにし、メレンゲに会いにいくのだ。できれば、頭の毛は残しておきたい。そして、本当は私の方が良い男であったとメレンゲに言わせるのだ。


 私が魔法研究を志したきっかけが恋だなんて、誰も知らないだろうな。ましてや、目の前のティラミス嬢も。


 さて、彼女はどういった理由で、『知』の力や魔法を欲しているのだろうか。私が森の奥に引きこもっているのには、他にも真っ当な理由がある。魔法は巨大で凶悪だ。古の文献がそれを証明している。それを扱う者は、やはり選ばれし者でなければならない。彼女は、私の目に適(かな)う者であるだろうか。


「まずは、目的を聞こう」


 私はできるだけ重々しく切り出した。決して、相手が美少女だからって頬を緩ませてはならないのだ。


 メレンゲは、結婚後も寂しいから文通しようだとか言い出して石板を押し付けてきた。どうせ、こんな時だけ王族権限を振りかざし、王城から持ち出してきたものだろう。ワサビはどう思っているのかは分からないが、もう二十年以上はやり取りが続いている。


 彼女がこれまで見たことがない程のテンションの高さで連絡を寄越してきたのは三日前のことだ。確か、このように警告されていた。


『美的感覚が皆無のうちの爺さんでも一瞬たじろくほどの美人だ。しかも魔力量が凄い。会って驚くなよ』


 あぁ、驚かないよ、メレンゲ。この程度のことではね。むしろ私は嬉しいのだ。または、有難いという心境に近い。日頃魔物や植物としか顔を合わせていないから、人恋しいとかではなくて、ただ純粋に彼女、ティラミスが光り輝いて見える。後ろにも、そうそうたる面々が付き従い、その異常さに気づいていないところも面白いではないか。


 ティラミス嬢は年頃の娘らしく胸元に手を当てて深呼吸をすると、澄んだ水色の瞳をこちらに向けた。


「要約しますと……」


 そうだな。話は短い方が良い。女の長話は嫌いだ。

 そこでティラミス嬢は、一際輝かしいオーラを放った。




「全ては、お兄様のためです!!」




 私は必死に硬い表情を保った。

 なるほど、メレンゲが気に入るはずだ。ソーバにロックオンされているのも、ある意味信頼がおける。そろそろ腹を括る時が来たらしいな。そう悟らざるを得なかった。


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