第27話 メイドは見た! カプチーノの呟き3

 それから三日間。当初の予定としましては、ティラミス様が滞在されるお部屋を王都の屋敷並みの快適さに設(しつら)えて、ポタージュ様が取り仕切るパーフェ領の現状について内々に調べあげるつもりでおりました。


 それがどうしてこんなことに……


「カプチーノ、この短剣はティラミスにぴったりだと思わないかい?」

「柄も細めですし、鞘の文様が愛らしく素敵なお品にございますね。あの、オクラ王子、お代わりは……」

「もう一杯もらおうか。さすがティラミス付きの侍女だけあって、お茶の淹れ方も上手いね」

「あ、いえ、そんな……恐れ多いことにございます」


 私、絶賛お茶会中にございます。到着した当日と翌日はお屋敷のことを覚えたり、王都の屋敷から運んできたティラミス様のご衣装一式を専用の部屋に運び込んだりと忙しく過ごし、ようやく他の使用人の皆様のお顔とお名前が一致し始めた頃、とんでもない命令がポタージュ様より下りました。


「こちらは男爵家に名を連ねる者で、冒険者の経験もあるティラミス様の侍女、カプチーノにございます。これより先はこの者がお世話いたしますので、どうぞお見知りおきを」


 いつものメイド服姿で場違いすぎる豪華なソファに座らされ、こんな紹介を受けても失神しなかったことは、自分で自分を褒めたいと思います。


 早速身の回りのお世話をと思い立ち上がった私。しかし、それをオクラ王子に制されてしまいます。


「へぇ。ティラミス付きなんだ」


 さすが王族。正直王子とは言え、恋物語に出てくるようなテンプレの美男子ではないオクラ王子ですが、その視線や風体で人を従えることなんて朝飯前のようです。頭が真っ白になってしまった私は、王子から『個人的な相談役』という立派すぎるお役目を急遽頂戴し、日中はお話し相手を務めることになったのでした。


 私は、マスタードさんが用意してくれたドレスに袖を通し、テーブルの片隅で新しいお茶をお淹れします。王子の前でこんな事をするのはもう両手で数え切れない程の回数をこなしておりますので、もう緊張のあまり手がカタカタと震えることもございません。


「もう三日経つな」


 予想通り、ティラミス様のお着きはまだなのです。


「左様にございますね」


 オクラ王子は、私がお茶を蒸している間に遠くの空を眺めました。ここは、王都よりも空が高く広く感じられます。森からは小鳥の声が届き、色とりどりの花々に囲まれたこのガーデンはあまりにも平和でした。


「ところでカプチーノ」

「はい」


 私はティーカップへお茶を注ぐ手を止めて、返事をします。


「恋愛とは、どうすれば思い通りにいくのだろうか?」


 思わず汚い音を立ててプっと笑ってしまうところでした。けれど王子様相手にそんな態度は不敬になってしまいます。私は腹筋に力を込めて、丁寧にお茶を注ぎ終えました。


「僭越ながら意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「遠慮するな」


 それならば、正直なところを言わせてもらいましょう。


「恋愛も人間関係の一つです。そもそも思い通りにいくことなんて、まずございません。もし思い通りに運んでいたならば、それは完全なる相思相愛か、もしくは破滅の一歩手前です」

「それは両極ではないか。では今の私はどちらなのだ?!」


 残念ながら、ティラミス様が王子を恋愛対象と見なしていないのは誰が見ても明らかです。だからと言って、立ち直れないぐらいの傷を作る前に御身を引いてくださいとも言えませんし、どうしましょう。


「すまない。そんなに困らせるつもりはなかったのだ。カプチーノには今後もティラミスとの仲を取り持ってもらわねばならないというのに、ここで機嫌を損ねるわけにはいかないな。ほら、好きなだけ菓子を食べると良い」


 眉を下げて口ごもってしまった私に、オクラ王子は意外にも寛大なお心を示してくださいました。王子には妹君もおられますから、案外女性の扱いは心得ていらっしゃるのかもしれません。それに、ポタージュ様の指示で厨房が腕によりをかけて用意したスイーツの数々は先程から大変気になっていたのです。それではティラミス様には申し訳ありませんが、ここは大人しくお菓子で買収されてしまいましょう。私、甘いものに目がないのです!


 私はできるだけ上品な笑みを浮かべて王子にお礼を言うと、目の前にあったクリームサンドクッキーに手を伸ばしました。あぁ、幸せ。ほんのりとお酒の香りもいたします。それでは、いただきま……


 口を大きく開けた私ですが、急に辺りが暗くなったと感じました。ゆっくりと空を仰ぎます。


「あ、あれは……!!」


 繊細な地模様が美しい白いクロスのかかったテーブルの向かい側。カカオ王子も口を半開きにして空へ視線を釘付けにしています。


 屋敷の真上、遥か高くでは大きなピンク色の生き物が悠々と旋回しています。そしてその周囲では、白くて巨大な鳥が中央の生き物を守るかのように何十匹も飛び交っているではありませんか。澄み渡った青空に映えるピンクと白。美しいのは配色だけです。その普通の動物には見られない長すぎる尾や大きすぎる翼、独特の鳴き声に、これらは間違いなく魔物だと確信を強めてしまいまうのでした。


「魔物の大軍だ! 皆、配置につけ!」


 途端に、少し離れたところからポタージュ様の号令が飛び出します。庭に散らばっていた衛兵達も思い思いに野太い声を張り上げ、腰に下げていた剣を鞘から抜いて構え始めました。オクラ王子も、国宝級と思われる華美な石がたくさん埋め込まれた剣を手に握っていらっしゃいました。


 と、その時。ピンクの生き物がゆっくりと降下してきたのです。日頃はティラミス様付きの侍女とは言え、現在はオクラ王子の相談役。ここで身を呈してでも守っておかねば、金輪際スイーツが食べられなくなるかもしれません。


 私は、隙だらけで穴だらけの緩い構えをとっているオクラ王子から、一言「失礼」とだけ声をかけて剣を奪います。代わりに、胸元に忍ばせてあった魔力袋を解放して防御空間(シェルター)を築き、オクラ王子をその中に突き飛ばしました。オクラ王子の剣は見た目よりも軽く、手に良く馴染みます。やや湾曲した刃は魔物を切り刻むのにぴったり。必死で冒険者時代の勘を取り戻そうと、全身を奮い立たせます。


「弓隊、前へ!」


 ポタージュ様が叫びました。三列に並んだ弓隊のうち最前列の衛兵達が一斉に弓を構えました。


「放てぇ!」


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