第25話 メイドは見た! カプチーノの呟き1

 私がパーフェ領に辿りついたのは三日前のことでした。


 ご当主様が寝不足のあまりヤケクソになって手配してくださった乗合馬車に揺られること五日。いくつもの恐ろしい魔物の森を通り抜けてようやく着いたのはパーフェ領の最も大きな街、ルーツポンチという所でした。そこからお屋敷へは、さらに馬車を乗り継ぎます。やけに食品関連の商店が多い町中を通り、手入れの行き届きた木漏れ日の優しい林を抜けた先にあった長閑な丘の上。真っ白で重厚な石造りの巨大な建物が目の前にそびえていたのでした。


 私は客人ではありませんから、馬車が行き来しやすいように大きなロータリーがある表玄関から入るわけにもまいりません。苦労して探し出した下働き用の通用口は、屋敷の一番西側にありました。


「大変ご無沙汰しております。王都の屋敷から参りました侍女のカプチーノと申します」


 屋敷に入ってすぐ出会った人にご挨拶をいたします。


「本当に侍女なの?貴族の淑女かと思ったよ」


 一度、身体へ刻みつけるように覚えさせられた完璧なカテーシーは、時間が経過てもきちんと再現させることができたようです。


 実は私、元は男爵家の四女。既に五人の兄と三人の姉がいた私は、どう転んでも貴族としての家を継ぐことは考えられませんでしたから、早くに家を出て冒険者として稼いでおりました。四女とは言え、僅かながら魔力を持っていたためです。魔力は魔力自体を売ることもできれば、冒険者稼業の中でパーティーのピンチを救う最終兵器になることもできます。庶民の家庭を知らない私でもすぐに冒険者の世界へ打ち解けられたのは、まさにこれが理由でした。


 その後、年齢が十八になった頃。そろそろ身を固めるようにと実家からお達しがあったのですが、私はそんなガラではございません。しかし、そこそこの子爵などに嫁いだ姉からの「いい人いないの?」攻撃は地味にウザイものがありました。そこで私は結婚以外の永久就職先を探し始めたのです。


 一般的に選択肢は二つあります。一つは言わずとしれた修道女コースです。この国には宗教が様々ありますが、どれも緩い戒律しかありません。しかし、基本的に一度修道女になってしまうと、もう冒険者のようなことは絶対にできないことは明らかでした。


 そこで、私はもう一つの選択をします。それは、上流階級の貴族の侍女になること。


 たまたま、昔の冒険者仲間からパーフェ家が侍女を募集していることを聞かされました。面接聞かれたことは、戦闘能力があるか、甘い物が好きか、秘密は守れるか、家事の経験はあるかの四つ。最後に、面接終了後に催されたティーパーティーにお忍び姿のティラミス様が現れ、「あなたにするわ」とそのまま屋敷の中へ連れ込まれたのが就活の全容です。


 その後、自分を連れ込んだのが若い侍女長ではなくティラミス様だと知った時はどれほど驚いたことか。けれど、ティラミス様の奇想転回な発想力と行動力にはすぐに慣れてしまい、最近では「ティラミス様だから」で済ませてしまう自分がいます。


 さて!

 挨拶した相手の女性は、早速屋敷の執事のところへ連れて行ってくれました。私は急に噂を思い出して緊張のこわばりが体中に広がります。


「ようこそ、カプチーノさん」


 当主が長く不在にする大きな屋敷と領の運営を一手に引き受けているのは、目の前の執事、ポタージュさん。彼もまた、元は私のような下っ端貴族と聞いたことがありますが、その存在感は王都にいるご当主様に匹敵するものがあります。上に立つべくして立っているといった圧倒的な力が肌にビシビシと伝わってきました。


 外見からして、おそらくまだ二十代後半。アッシュブラウンの少し毛足が長めの短髪を無造作に後ろへ撫でつけいて、口元には品の良い笑みが貼り付いています。ですが、切れ長の黄金の瞳だけは、しっかりと私を値踏みするようにギラついているのでした。


 しばしの沈黙。


 ティラミス様は何だかんだ言ってお優しい方。細かいことはおっしゃりませんし、そのぬるま湯生活に慣れきっている私は針のむしろにいるような空気に本気で苦しくなってしまいます。


「この近辺は普通に魔物がウロウロしている。敷地内は安全だろうが注意しなさい。今後のことは侍女長から聞くように」


 昔通っていた王都の学園の先生のような口調でした。どうやら私は、無事にこの屋敷に置いてもらって、ティラミス様のご到着を待つことが許されたようです。


 ほっとした途端、一瞬目眩を起こしそうになります。しかし、冒険者時代に培われたある種の直感が、私を一気に正常なものへと引き戻しました。即座に、通されていた使用人専用談話室の奥、窓の方を凝視します。


「あ、あの方は……」


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