244.到着前夜

 最初の目的国、ルアルディ王国に到着する前夜、最終ミーティングということで主立ったメンバーが大会議室に集められる。

 国王陛下や軍務卿、外務卿、宮廷魔術師長、黒旗隊からアレックスさんなどの隊長格、それに俺たち『白夜の一角狼』だ。

 その輪の中にはフローリカ王女も加わっている。

 会議の口火を切ったのは外務卿であった。


「さて、承知していると思うが明日の午前中にはルアルディ王国に到着する。その際のことについて話し合っておきたい」


「まずは黒旗隊が降艇、周囲の確認をする。いいな各隊長」


「「はっ」」


「よろしい。次にVIPの降艇順だがまずは大臣格が降艇する。それは問題ないな」


「それでよろしいかと。日頃の順序通りですな」


「うむ。そしてその次だが『白夜の一角狼』一行に降艇してもらうことになる」


 ここで俺たちか……って。


「あの、ひとつよろしいでしょうか?」


「構わん。序列の問題であろう?」


「はい。いまの話だと俺たちの方が大臣の皆様より上となってしまいますが」


「実際、扱いとしては我々より上だ。本来ならば『白夜の一角狼』には護衛として王族……国王陛下および王女殿下とともに降りていただきたいほどなのだが、それでは近衛騎士の面目が立たないのでな。それより一歩先に降りて下で万が一の事態に備えていてほしい」


「……つまり万が一の可能性もあると」


「ルアルディ王国は教会と完全に手を切っているわけではない。何らかの攻撃があってもおかしくないからな」


 教会勢力と手を切れていない。

 つまり何らかの妨害や暗殺狙いがあってもおかしくないということか。

 なんとも物騒な同盟国訪問だ。


「わかりました。……ただ、弟子たちは別の方法で降ろしてあげてください。さすがに俺たちと一緒じゃつらそうです」


「わかった。上位騎士団が使う二番出口から降りてもらおう。護衛は黒旗隊を割り当てるが問題ないかね?」


「よろしくお願いします。テラとゼファーも俺たちと一緒に護衛にあたらせますので」


「了解した。最後に国王陛下と王女殿下がお降りになって終了です。国王陛下、問題はありますか?」


 外務卿が国王陛下に確認を取る。

 国王陛下は少し思案した上で言葉を述べた。


「我が赤の明星たちよりもあとというのが気がかりではある。が、近衛騎士たちのことを考えると致し方ないか」


「はい。それから『白夜の一角狼』を護衛としてしまうとただの護衛として侮られる可能性もあります」


「あいわかった。それならば問題ない。この件は了承する。ほかに懸念事項は?」


「はっ。やはり、かの国が教会勢力と完全に手を切れていないのが気がかりです。なにを仕掛けてくるか……」


「それは外交問題ではなく、あちらの国内問題である。今回の外交で働きかけはするがそれ以上のことはいえぬ」


「わかりました。うまくこちらの誘いに乗っていただけると助かるのですが」


「五分五分であろうな。そのための根回しではあるのだが、教会勢力がどこまでその手を伸ばしているかわからぬ」


「厳しい交渉になりますな」


「そのためにフェンリル学校からミリアを連れてきているのだ。彼女の魔法センスを見れば考えも変わろう」


「……相手はラウドミア = ポンテとイサルコ = コルシーですよ? 果たして考えを改めるかどうか」


「それもそうであったな。まったく、かの国の元素魔法第一主義にも困らされる」


「元素魔法第一主義?」


 聞いたことのない言葉が出てきたな。

 だいたいの意味は察することができるけど確認していた方がいいだろう。


「そうか、赤の明星諸君は知らないか。ルアルディ王国は元素魔法使いを優遇し精霊魔法使いを冷遇しているのだよ」


「まったくだ。元素魔法も精霊魔法も一長一短だというのに、一方的に優劣をつけている」


「それってフートさんも侮られませんか?」


 ミキの確認に国王陛下が幾分困ったような、そして投げやりな口調で答えてくれる。


「その可能性は否定できん。その際は決闘でも魔法戦でも受けてしまえ」


「国王陛下……いや、それが一番確実ですが」


「俺なら構いませんよ。確かにわかりやすい。ミリアが侮られるというのも耐えがたいですし」


「想像していたよりも血の気が多いですな、フート殿は」


「そうですか? ……いや、そうかも」


 あれ、俺ってこんなに血の気が多かったっけ?

 国軍と当たった時も国の要職を滅ぼそうとしてたし、あのときと大差ない……か?


「どちらにせよ、まずは明日あちらの国を訪れた際に出方を見てからである。我々を侮るのであれば力を示せばよい。対等な立場として歓迎してくれるのであればなおよいのであるが」


「エティル様が次期王配として海を渡られてから10年ですか。かの国ではいまだに政争が起こっていると聞きます。それが飛び火しなければよいのですが」


「ううむ……その心配はあるな。我々は最低限自分で身を守れるがフローリカは危うい。すまぬがフートよ、お主のフェンリルをどちらか預けてはくれぬか?」


 確かにフローリカ王女の身辺警護は必要だろう。

 へたをすれば誘拐される可能性もある以上、半端な警備体制ではだめなはずだ。


「そうですね。ゼファーに身辺警護をさせましょう。守りを考えれば攻撃一辺倒なテラよりもよろしいかと。いままではミリアにゼファーを割り当てていましたがそちらはテラに守らせます」


「わかった。フローリカも異存はないな?」


「はい。国王陛下」


「では、本日の会議はここまでとする。フローリカ、軍務卿、外務卿、宮廷魔術師長、『白夜の一角狼』を除いて退室するように」


「「「はっ」」」


 国王陛下の命により近衛騎士団や黒旗隊の面々がこの場を去っていく。

 さて、俺たちはどんな無茶を言われるのやら……。


「さて、まずはフ-トよ。先日はフローリカを泣かせてくれたそうじゃねぇか?」


「おと……国王陛下! なんでそれを!!」


「ま、俺の耳目はいろんなところにあるってことよ。で、どう責任を取ってくれるんだ?」


「泣かせたのはミキですよ? そっちに話を振ってください」


「ふむ。ではミキよ、お前はどう考えてる?」


「そうですね。フローリカ王女がフートさんに嫁ぐというのはいかがでしょう?」


「なっ……!?」


 フローリカ王女、顔が真っ赤ですよ?

 なぜ真っ赤になっているかの理由はわからないが、そっとしておこう。


「おうおう、今度は我が娘の顔が真っ赤だぜ。いや、楽しいなあ」


「国王陛下。失礼ながら王女殿下の反応を楽しんでいる場合ではないかと」


「そうだったな。ついフローリカが年相応の態度を取るのが珍しくてよ。でだ、フートはフローリカが嫁ぎたいといったら断るか?」


 その聞き方は反則だなぁ……。


「断りませんよ。妻たちも歓迎のようですし、国王陛下としても都合がいいでしょう?」


「いんや。国王としては都合がいいと思ってるが、俺も父親だ。娘の幸せを考えての話をしている」


「……ではなぜ俺に嫁がせようとしているんですか?」


「お前ならフローリカを幸せにしてくれる、そんな気がするんだよ。貴族的なアレコレはまったく無知だがそんなものはどうだっていい。国王失格だろうが娘たちには幸せに暮らしてもらいたい」


「ならなおさら俺は不適格では? 俺の目標は……」


「もちろん、この話はアグニを討伐できたらだ。それにお前たちがアグニを倒せなければ那由他が滅びる。そのときは俺たち王族も死ぬことになるからよ。一蓮托生だ」


 やれやれ、この王様は俺の痛いところを突いてくる。

 俺が子供に甘いことを知ってこんな話を振ってきているんだろうな。


「ですがいいのですか? フローリカ王女が泣いたことを知っているのなら……」


「ああ、フローリカの婚約者捜しをしていることを喋ったのも知っている。その上でお前も婚約者候補のひとりってわけだ。奥方殿たちは反対か?」


 ここでミキたちに振るか。

 そんなの答えが決まってるのに。


「いいえ。もちろん賛成です」


「かわいい妹分ができてうれしいわ。どんなことからも全力で守ってあげるしね」


「というわけで外堀は完全に埋まってるぞ。急ぎはしないが考えておいてくれ。……外交上、どうしても娘を差し出さなくなる可能性も否定できないのが王としてつらいところなんだが」


 国王陛下が本当に苦虫をかみつぶしたような顔で言う。

 やっぱり一国を治めるというのは大変なことなんだな。


「国王陛下。私なら覚悟はできております。どうかそのような考えはお捨てになってくださいませ」


「……ちっ、これだからフローリカは困る。ともかくお前も婚約者候補だ。これは俺だけじゃなくここにいるフローリカ以外の全員で決めたことだからな!」


「わかりました。そのときは覚悟を決めます」


「頼んだぜ。それじゃあ、今日はこれで解散だ。明日からしんどいかも知れんが全員よろしく頼む」


「はっ」


「お任せを」


「承知いたしました」


 各々が返事をして会議室から去っていく。

 俺たちが去っていくときもフローリカ王女はこちらに不安げな視線を投げかけていた。

 助けられるものなら助けてあげたいけど、国と国の取り決めに口出しするわけにはいかないんだよな……。

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