239.フローリカ第一王女
飛行艇『鳴神』はぐんぐん高度を上げ、雲海を越えてはるか上空へと飛び出つ。
ある程度の高度になると水平飛行になったようなので俺たちも外を見てみると、そこはもう一面の雲海と海の広がる世界だった。
「楽しんでるか、ミリア」
「うん!」
「よかったね、ミリアちゃん」
「ありがとう、リコお姉さん!」
最年少であるミリアのメンタル面が心配だったが、いまのところは問題なさそうだな。
今後も様子を見ていかないと。
空の景色を楽しんでいたところで控えめなノックが扉から聞こえる。
アルマさんかな?
「アルマです。国王陛下たちがお呼びになっております。ご同行をお願いできますでしょうか」
なんだか『たち』というのが気になるがよしとするか。
了承の返事をして全員でドアの外へと向かう。
案内されたのは飛行艇内の執務室らしい。
もっと格式張った部屋もあるようなのだが、俺たちと話すのであれば形式だけのやりとりは無意味とお考えのようだ。
「それでは私はドアの前で待機させていただきます。どうぞお入りください」
「ああ、ありがとう」
俺を先頭に室内へと入っていく。
するとそこには、国王陛下のほかに軍務卿とフローリカ第一王女が待っていた。
弟子3人も田舎育ちとはいえ国王陛下の顔は知っていたようですぐに臣下の礼をとる。
ミリアは……よくわかってないがリコの真似をしたな。
「あの、国王陛下。俺が言うのもなんですが普通えらい人はあとから入場するんじゃ?」
「今更そんなことを気にしてどうするよ。後ろの4人、お前たちも楽にしていいぞ」
弟子たち3人は国王陛下からかけられるかなり投げやりな言葉に困惑しながらも立ち上がる。
ミリアももう終わったのかと言わんばかりに立ち上がった。
「さてお前たちを呼んだのは他でもない。うちのフローリカを紹介しておこうと思ってな」
「失礼ながら、国王陛下。直答をお許しいただけますでしょうか」
「硬いって。公の場ではともかく、フートたちと俺らしかいないところではもっとフレンドリーに行こうぜ。俺はお前たち『新緑の白牙』にも期待してんだからよ」
「わ、私たちのような田舎者に期待でありましゅか?」
あ、リコが噛んだ。
大分緊張しているな。
「おう。フートたちの弟子になれた幸運に甘んじることなく貪欲にその教えを学び取ろうとしている姿、話に聞いているだけだが気持ちがいいぜ。実際、お前らはうちの新兵より強いことが証明されたしな」
「あれはその……運がよかっただけといいますか」
アキームの言葉を遮るように軍務卿が話しかける。
「アキームと言ったか。一度や二度の勝利であれば幸運もあるだろう。だが、お前たちは挑まれた勝負ほとんどで勝利している。対魔術師戦の甘さがあるとはいえ十分な戦果だったと聞いた。過度な謙遜は相手をおとしめることもあると覚えておけ」
「はい! 失礼いたしました!」
「うむ、よろしい。……国王陛下。話の腰を折ってしまい申し訳ありません」
「いいっていいって。まだまだ成人したての子供が新兵……数年鍛えた連中に連戦連勝できれば自分の実力なのか疑いたくなるのもわかるからよ。……今日の話とは別件だがフェンリル学校の教育方法教えてくんねえ?」
「理事長としては構いません。特に秘匿するものでもありませんから」
「助かるぜ。じゃ、そろそろ本題に戻るか。この子がうちの第一王女フローリカだ。フローリカ、挨拶を」
「はい。フローリカと申します。皆様、よろしくお願いいたします」
第一王女殿下、フローリカ様は一歩前に出て見事なカーテシーを披露してくれる。
数秒間その姿勢を保ったあと、元の姿勢へと戻り一歩後ろに下がった。
「……まあ、あれだ。フローリカは第一王女ということもあってかなり幼い頃からマナーを教えられて育ってきたんだ。いろいろかたっ苦しいのは勘弁してくれ」
「……いや、国王陛下がフレンドリー過ぎるのでは?」
「よく言われる。それでだ、お前さんらフェンリル学校の教科書を持ってきてるんだよな?」
「一通りは。初級の教科書から上級の教科書まで全部渡されました。専門外の教科も多いので教えられないものの方が多いですよ?」
「構わん。俺がお前たちに依頼したいのはフローリカの教育だ。マナー講義などは専属教師がついてきているのでそちらに任せる。それ以外の計算……お前たちの言葉で数学か。それに語学、魔法学なんかを教えてもらえると助かる」
「わかりました。ただ、俺の弟子やミリアと一緒に教えることになりますが問題になりますでしょうか?」
「それも問題ない。勉強場所は専用の部屋をこのフロアに用意させる。余計な横やりが入らないようにな」
「承知いたしました。俺たちは護衛も兼ねていると聞きます。ほかにご用命があればなんなりと」
「……お前までそんなかたっ苦しい言葉を使うな、気持ち悪い。ただ……できればフローリカに新しい属性を覚醒させてやりたい。実はこのフロアに第四号魔法覚醒施設を用意してある。いけるか?」
「正直、難しいかと。第四にしろ第六にしろ、大切なのは精霊とのつながりです。この高空域では風と雷の精霊はともかく、ほかの精霊、特に土の精霊が少なすぎます」
「あー……宮廷魔術師長が言っていたとおりか。後天性魔法覚醒施設は全属性の精霊が揃って初めて意味をなすってのは」
「はい。精霊の力が極端に偏っている場所……例えば火山の火口付近、海底、地底深く、今回のような高空では覚醒率は極めて低くなります」
「ゼロじゃねぇけど実質ゼロか」
「試したことがないでしょうから」
「だわな。……しかし、お前さん。よくそんなことがペラペラわかるようになったな?」
「あー、なんと言いますか。気がついたら種族がハイエルフからエルダーエルフに変わっていたんですよね。そうしたら、精霊が今まで以上にいろいろな情報をくれるようになって」
俺のこの一言に息をのんだのは王宮サイドの面々である。
はて、そんな驚く要素があったかな?
「お前さん、エルダーエルフって知ってるか?」
「ハイエルフの上位、程度にしか」
「あの、エルダーエルフは伝説の中にしか出てこない種族なんです」
「左様。さまざまな木々や精霊と交感し、その力を借りる種族と聞く」
あー把握した。
イツキのせいだ。
「心当たりがあります。樹龍王から授かった力が植物を扱うものでした。その結果かと」
「……冷静だな。エルダーエルフはほぼ無限に近い寿命があるとか聞くが」
「赤の明星ですからね。300年で死ぬでしょう」
「だといいが。もしそれ以上も生きられるんだったら那由他の土地を守り続けてくれや。国はどうでもいいからよ」
「わかりました。望み薄ですが可能な限りご期待に添いましょう」
「頼んだぜ。……っと。それで、フェンリル学校式の授業ってどうやってるんだ?」
「もう始めるのですか?」
「早いほうがいいだろう? それに俺も娘が頑張っている姿は見たい」
「……お父様」
「ははは……。それでは始めましょうか。教材類は俺のアイテムボックスに入っていますが、取り出す許可をいただいてよろしいですか」
「今更だな。構わねぇからやってくれ」
「はい。リコ、アキーム、バルト、ミリア。お前たちも復習な」
「わかりました、師匠」
「はーい」
俺が取り出したのは数枚の問題用紙。
フェンリル学校式授業を行うにはこれが欠かせないのである。
「……そいつは?」
「現在どの程度の学力があるのか、また応用力があるのかを調べるための問題集です。国王陛下たちもやってみますか?」
「面白そうだ。軍務卿、お前もやれ」
「かしこまりました。陛下、恥をさらさぬよう」
「うっせえ」
「問題用紙は行き渡りましたね。まずは語学から。制限時間は10分です。……始め!」
そこから10分間は問題を解く鉛筆の音だけが部屋の中に響く。
この世界には普通に鉛筆や消しゴムが売っているのでそれを買っておいた意味があったというものだ。
なお、この問題は定期的に新しい問題へと切り替わる。
なのでリコたちも初めて受ける試験なのだが……リコはそれなりのペースで解けているな。
次いでミリア、アキームとバルトは苦戦中。
王宮の皆様は……さすがに国王陛下と軍務卿は問題なさそうか。
王女殿下は……途中詰まりながらも頑張って解き進めている。
結構頑張り屋さんのようだ。
「時間です。ここまで」
制限時間前に終わらせていた大人ふたり以外、全員が途中で止まっていた。
様子を見てみればリコは3分の2を少し過ぎたところ、ミリアは半分くらいである。
アキームとバルトは……うん、もう少し頑張れ。
王女殿下は、リコよりも解けているな。
あとは採点結果がどう出るか。
「陛下。少し大きめの魔導機械をだしますが平気ですか?」
「この部屋のものをどかさないなら大丈夫だ」
「では失礼して……よっと」
俺がアイテムボックスから取り出したのは『自動採点機』である。
これがあれば記述式問題も含めて自動で採点してくれる優れものだ。
うん、魔法学科もいろいろ作ってるな。
「フート、なんだそいつは?」
「『自動採点機』といいます。今回のようなテストの内容と答えを事前に覚えさせておくことで自動採点を行ってくれる機械ですね」
「……ちなみに、いくら位するんだ?」
「すみません。魔法学科から貸し出されたものなのでわからないです」
「陛下、あれを導入されるので?」
「実際に動いているところを見てからだがな。学科系の試験結果をすぐにはじき出せるようになるのは儲けものだ」
「……採点結果、もう出てますが」
「はえぇな!?」
「人数も少ないですからね。結果なんですが、軍務卿は満点です。国王陛下は……上級問題で一問ケアレスミスをしています」
「なに!?」
「失礼します。……陛下、このミスはいただけません。しかも、この文章は国際文書に使用されますよ?」
「……そんなことまでわかっちまうんだな」
「問題内容を精査すれば得意分野や不得意分野まで割り出せる、とうちの教師陣は豪語してました」
「よし、帰ったらあれの導入を財務局と相談だ」
「ですな。あれがあれば定期的に考査もできます」
思わなかったところで意外な道具が意外な評価を受けてるぞ?
まあ、本題に戻ろうか。
「リコはまだ中級範囲だな。上級の国際文字を習うのは早い」
「……よかったです。さすがにそこまでは予習できていません」
「ミリアも中級だ。頑張っているな」
「うん、頑張った!」
「アキーム、バルト。お前たちはもう少し頑張れ」
「うす……」
「座学、苦手です……」
弟子たちの講評が終わったところで王女殿下の講評だが……ちょっと厳しいな。
「王女殿下、あなたもまだ中級クラスです。上級問題もいくつか解けていますが那由他内で使われている言葉に不安があります。国際文字を覚えるのは下地を作ってからの方がよろしいかと」
その講評を聞いて王女殿下は安堵の表情を浮かべる。
「よかったです。まだ国際文字はほとんど習っておりませんでしたので」
「ではまず下地を頑張りましょう。次は数学です。その前に少し休憩を挟みます」
10分ほどの休憩を挟んで行われた数学であったが、これもほぼ似たような結果に。
今回は国王陛下も軍務卿も全問正解とはいかなかったが惜しいところまで食らいついている。
……方程式の解き方なんて習わなきゃわかるはずないからな!
この結果、王女殿下とリコ、ミリアが中級クラス、アキームとバルトがぎりぎり初級クラスだとわかったのでそれにあわせて予定を組む。
教え始めるのは明日から、という話だったが王女殿下が魔法理論の話を聞きたいということだったため簡単なさわりの部分だけ説明しておく。
それだけでも目を輝かせていたのはエイス王子に似てるなと思ってしまったのであった。
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