大陸への出発準備
235.イツキとホムラ
「にゃー。一般市民の受験も無事終わり一息つけましたにゃー」
「そうだな。……今日の学校は黒旗隊のスカウトが来ているはずだからあまり穏やかじゃないだろうが」
一般受験が終わった2日後、なんだかんだの後始末も終わって俺たちは家でのんびりくつろいでいる。
家にいるということでアヤネはデレデレモードに入っており俺にもたれかかって匂いを嗅いでいるのだが。
「……本当に変わりましたにゃ、アヤネ殿」
「うるさい、ネコ。……こうしていると落ち着くんだから仕方がないじゃない」
「うふふ。甘えんぼさんですね。アヤネさんは」
「夫婦円満なのはいいことですにゃ。オンオフの区別もついていることですし問題ありませんにゃー」
本当に今日は全員オフモードである。
一応、朝のうちのギルドに顔を出して用事がないことは確認してるのでのんびりしようとなったのだが。
「なあ、アヤネ?」
「なに、フート」
「この先、国王陛下たちと2カ月近い旅をすることを忘れてないよな?」
「覚えてるわよ。覚えてるから甘えられるときに甘えてるんじゃない」
「甘えてる自覚はあるんだな」
自覚があって甘えてるのか……害はないしいいか。
そのとき、玄関のベルを鳴らす音が聞こえた。
俺たちが動く前にパールが玄関に行き来客を確認する。
「ご主人様。ゲーテ様がお客人を連れて参りました」
「お客様……ですか?」
「にゃ? 今日の来客予定はなかったはずだにゃ?」
「……ともかくゲーテも来てるなら行ってみよう。確認する必要がある」
「あ、私が先に行くわ。念のためね」
オンオフが切り替わったアヤネが率先して動き出し、俺たちも後に続く。
玄関にいたのは確かにゲーテだったが……ほかにふたり連れてきていた。
ひとりは新緑の髪色をしたふわふわドレスでおっとりした感じの女性、もうひとりは燃えるような赤髪で冒険者スタイルの男性だ。
「ゲーテ、いらっしゃい。そちらの方々は?」
「フートさんたちに会いたいということなのでお連れしました。それでは私はこれで」
「ちょ、ゲーテ!?」
ゲーテはふたりを紹介することもなく立ち去る。
……どうにも様子がおかしかったな?
「ごめんなさい。あの子、私の魔法で少し思考誘導させていただいたの」
緑髪の女性がおっとりした口調でとんでもないことを言う。
それに殺気だったのはアヤネだ。
一瞬で神器装備に切り替え威圧を放つ。
俺たちも神器装備に切り替えるが……なんだろう、目の前のふたりからはなんの危険性も感じない。
「あんたたち、何者?」
アヤネが鋭く訪ねるが女性は困った顔で赤髪の男性を見上げ、男性の方も少し困った顔をしている。
というか、この気配って……。
「あー、この姿じゃわからねぇよな。俺は炎龍だ。人間の姿ではホムラと名乗ってる」
「私はイツキです。あなたたちにわかりやすいようにいえば樹龍ね」
「……は? 炎龍王? それに樹龍王?」
「にゃ? 本当かにゃ?」
「まあ、わからねえわな。かと言ってここで龍の姿になるわけにもいかねえし……」
「ん、大丈夫だと思うぞ。少なくともそっちの男性からは炎龍王の気配を感じる。同じような気配を女性の方からも感じるから龍王だと思う」
「……フート殿がそう言うのであればそうなんでしょうにゃあ」
「お、ずいぶんあっさり引くな?」
「吾輩もなんとなく炎龍王様のことはわかるにゃ。あくまでなんとなくにゃが」
「お前さんには加護をやれなかったからな。赤の明星以外に複数の龍が加護を渡すのは禁じられてんだわ」
「いえ、気にしていないのですにゃ」
「ならよし。……そっちの嬢ちゃんも警戒態勢を解いてくんねえか?」
「フート、本当に大丈夫なのよね?」
「大丈夫だって。ほれ、いい子いい子」
頭をなでてやると軽くにらみながら目を細め、頬を赤く染めて尻尾をパタパタ振り出す。
うん、ポンコツモードに戻った。
……大丈夫かな。
「ずいぶん手懐けたなぁ。赤の明星とはいえ獣人の習性には勝てなかったか」
「そのようですよ。……それで、どうしてゲーテさんを操ってまで我が家に?」
「俺はおまけだ。用事があるのはイツキの方」
「はい、私の用事にホムラがくっついてきただけです」
「その用事って一体なんでしょう? 私、ちょっと怒ってますよ?」
「仲がよろしいんですね。申し訳ありません、少し強引な真似をしてしまい」
軽く頭を下げるイツキの姿にミキも拳を収める。
「それで、ご用件はなんでしょう? わざわざ龍王が来るほどとは」
「そうですね……樹の巡りあわせがちょうどよい時期でしたので」
「樹の?」
「イツキの話に付き合ってたら疲れんぞ。こいつ、俺らのなかでもかなりマイペースだ」
「うふふ、ホムラ?」
イツキ……樹龍王が足で地面をちょんと叩く。
すると、ホムラ……炎龍王の足元から草、いや木が生えてきてホムラを拘束してしまう。
もっともその木もすぐに焼かれて消えたが。
「ちょっとしたジョークで拘束するんじゃねぇ」
「あなたなら自力で脱出できるでしょ?」
「さすが龍王様たちにゃ。ジョークの次元が違うのにゃ」
「そういう問題……?」
「あの、用件は……」
「ああ、そうでしたそうでした。用件ですが、あなた方に私の加護を授けにきたのです」
「……そういえば地龍王もそんなことを言っていたっけ」
「はい。この街には数週間前に来ていたのですが……」
「うちが見つからなかった?」
「おいしいものがたくさんあったので、ついそちらに目移りしてしまいまして目的を忘れていたんですよ~」
……大丈夫かな、この龍王。
ちらりとホムラの様子を見るがお手上げのポーズだ。
「……いつまでも会いにいかないってんでな、俺が派遣されてきたってわけよ。それでな、誠に申し訳ないんだが龍王が加護を与えるには相応の働きが必要でな」
「なにかモンスターでも倒せばいいの?」
「そんな野蛮なことはしなくてもいいですよ~。それよりもおいしいものを私は所望します~」
「……いいのか、それで」
「あら、自然にお供え物をするときは加工品を捧げるのが習わしですよ? というわけで、おいしいものをごちそうしてください」
「……ミキ、頼む」
「わかりました。リクエストはありますか?」
「そうですね~、珍しい料理がいいです。ああ、お肉でもお魚でも果物でも大丈夫ですよ~」
「ではモンスター肉ですね。いまから料理しますので……今日は天気もいいですしお外で食べましょう」
「いいですね~。テーブルセットはお任せを。えい」
気の抜ける声を発し庭に魔力が走ったかと思えば、一瞬で木が育って木陰のテーブル席ができていた。
樹龍王の名前は伊達じゃないようである。
「それでは料理をしてきますね。しばらくお待ちを」
「では私たちはあちらでお話しいたしましょう~」
「あ、ああ」
どうにも調子が狂うな……。
とりあえず用意された席に着くとパールがお茶を用意してくれた。
イツキはそれを一口飲んで、話を始める。
「まずは……そうですね。あなたたちが教会勢力と呼んでいる人間たちのことからお話いたしましょう」
「! おい、イツキ!」
「ちょ~っとばかり私怒ってるんですよ? あの方々の横暴さには」
「だが……いいのか、龍が人間の争いに肩入れするなんて」
「うふふ、人間のイツキとして手に入れた情報ですから。ちょ~っとばかり特殊な方法を使いましたけど~」
「いや、それって樹魔法……」
「ホムラはおいておいて、お話しいたします。教会勢力……正確には法神国でしたっけ? あの国は周囲の国々に圧力を強めてますね」
「圧力ですかにゃ?」
「はい。具体的には人質を取るなどしていうことを聞かせていますよ~」
おっとりとした口調とは裏腹に過激な内容が飛び出す。
これってかなり重要な内容じゃなかろうか。
「元は回復術士だけでいうことを聞かせていたみたいですが、後天性魔法覚醒施設の件が大陸でも話題となりまして操りきれなくなったみたいですね~。それでもっと直接的な手段に訴えかけ始めたみたいですよ?」
「……本当にやりたい放題ね、あの国……というか教会?」
「国民自体は……ほぼ洗脳状態ですね~。悪人とはいえないのが問題なのですが」
「なにが問題なの?」
「あの国を龍王が問答無用で潰せないのですよ~。世界のバランスを乱す悪国となれば神罰として滅ぼせるのですが、あくまで一部の人間が悪いだけですからね~。そこまで手出しができないのです」
「……といいますか、龍王は人間に手出しをしてよろしいのですかにゃ?」
リオンのもっともな質問に答えてくれたのはホムラである。
「『バランサー』と呼ばれる龍は許される。イツキ……樹龍はそのバランサーの一柱だ」
「そういうわけなので微妙なのですよ。そこで……」
「俺たちが代わりにあの国に神罰を下せ……と?」
「そこまでは言いません。ですが、人質に取られている方々をできるだけ助けてあげてほしいのです」
「……わかりませんね。龍王がそこまで人間に肩入れするのは」
「よく言われますよ~。でもですね、この世界を発展させるのも衰退させるのもヒト種が主な役割を果たしています。バランサーとしてはまっすぐに成長してほしいのです。過干渉だとほかのバランサーからは怒られていますが~」
だろうな。
言ってしまえば俺たちが国の政治に口を挟むようなものだから。
……でも嫌いになれないね。
「わかりました。可能な範囲でなら手助けいたしましょう」
「助かりますよ~。ですが、まずはアグニを倒してあげるのを優先させてくださいね。あの子もかわいそうなのです」
「……承知しました。アグニは必ず止めましょう」
「お願いしますね~。あ、お料理がきました~」
イツキの言うとおりミキがパールと一緒に料理を運んできた。
それに舌鼓を打ったイツキは早速俺たちに加護を与えてくれる。
加護の内容だが『あらゆる回復能力を上昇させる』というものらしい。
イツキ曰く『龍魔法を使うなら必須ですよ~』とのこと。
そんな俺には加護のほかに【樹魔法】を授けてくれた。
これは植物を媒体にいろいろなことができる魔法である。
……本当にいろいろできすぎて困るのだが。
ミキたちもそれぞれスキルをもらい、直接戦闘力よりもサポート能力が増したらしい。
さて、最後にリオンなのだが……。
「ケットシーさん。あなたにはこれを差し上げますね~」
「にゃ? これは?」
「はい。私の神器、樹龍の剣ですよ~」
「にゃー!?」
「ああ、そうだった。地龍から俺の神器もお前に授けとけって言われてたんだった。ほれ」
「にゃにゃにゃ!!」
イツキもホムラも軽々しく神器を出しすぎである。
本人たちに聞けば神器自体はそんなたいしたものでなく、自分たちの鱗一枚程度でしかないらしいのだが。
それって人間社会では文字通り神宝だからな?
「私の剣はあまり切れ味はよくありません。ですが、刀身からさまざまな毒や薬を生成する能力を備えています。うまく使ってくださいね~」
「俺の剣は攻撃特化だ。竜の鱗でも焼き切っちまうから取扱注意な」
「ははーっ! 大事に使わせていただきますにゃ!」
「大事に使うよりもそいつを使って赤の明星を導き守ってやってくれ。地龍もそのために渡してんだからな」
「承知いたしましたにゃ。この身に代えてもおつとめを果たしますにゃ」
「……まあ、頑張れ。じゃ行くか、イツキ」
「はい。おいしいご飯、ありがとうございました」
「いえ、おそまつさまでした」
「それでは。武運長久をお祈りいたします」
イツキがかかとを鳴らすと花のゲートができる。
その中をイツキとホムラがくぐっていき……消えてしまった。
花のゲートも消えてなくなり、庭には木製のテーブルと立派な木だけが残っている。
「……で、どうすればいいのよ。このテーブル」
「俺が樹魔法で消せるから心配するな。……しかし、これでまた因縁が増えたな」
「ですね。かと言って国同士の話ですし、うかつに動けないですよ?」
「今度国王陛下に報告ですにゃ。吾輩の神器をお目にかければきっと信じてもらえますにゃ」
「そうだな。じゃあ片付けようか」
「それは私どもにお任せを」
「あ、了解」
家精霊たちによってお皿などが片付けられ、早速覚えたばかりの樹魔法を使ってみる。
テーブルを片付けるだけでも結構な魔力を持っていかれた。
……確かにこれは樹龍王の加護が必要だわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます