185.天陀の街歩きと新しいフェンリルのお話
さて、天陀の街を視察するのもこれで十分だろう。
確かに街中ではそこかしこで回復魔法を使っている様子がある。
本来なら細かい怪我は自然治癒に任せた方がいいのだが、そこまでの知識はないようだ。
ねんざのようなけがになると回復魔法は有効になるが。
「さて、街が明るくなった理由もわかりましたし、これからどうしますかにゃ? まだ日は高いですし出発しますかにゃ?」
「うーん、せっかく都会に降りてきたわけだし、もう少しゆっくりしていきたいわね」
「そうですね。出発が少しくらい遅れても構いませんよね?」
「俺は大丈夫だと思うが、リオンはどう思う?」
「吾輩も問題ないと思いますにゃ」
「じゃあ、もう少し天陀の街を楽しんでいきましょう」
俺たちの方針はこれで決定だ。
なお、ハンターギルドの仕事があるシーブさんとはすでに別れている。
「それで、アヤネはどこに行きたいんだ?」
「とりあえず大通りに行ってみましょう。そこならなにか面白いものやおいしいものがあるかも!」
「ああ、アヤネさん、待ってください!」
駆け出していくアヤネとミキ。
無防備極まりない姿だが……一応最低限の警戒はしているな。
「さて、吾輩たちも追いかけますかにゃ」
「だな。こんなに気楽なのって初めてな気もするぞ」
「吾輩もそう思いますにゃ。アヤネ殿もミキ殿もどこか緊張している様であったしなぁ」
「たまにはこういうのもいいか」
「ですにゃ。それに吾輩たちには地龍王様の加護がありますにゃ。暗殺は不可能ですにゃ」
「……それもそうだった」
「というわけで行きますにゃ~」
なんともまあ、気楽になったものだ。
だが、それを裏付けるだけの強さは手に入れてきた。
……まだまだアグニには届かないのだろうけど。
「結構いろいろなお店があるのね」
「天陀の街はこの地方の中核都市だからにゃー。いろいろなお店が集まっているのにゃ」
「あ、あのお店。邦奈良でも見かけました」
「多分、支店だにゃ。大きな店なら支店を出すことは珍しく無いにゃ」
「ふたりとも、見てるだけで店には入らないのか?」
「いやぁ……いざ買おうかと思うとね」
「特に欲しいものってないんですよね、私たち」
「服とかは? これからしばらくは街で暮らすんだから着替えは必要だろう?」
「うーん……部屋着は必要だと思うけど」
「外出着はやっぱりこれになると思うんですよね。身を守るためにも」
「それが賢明ですにゃ」
結局、街並みを見て歩くことはあっても買い物をすることはなく、途中で昼食をとるだけに終わった。
それから、ふらりと覚醒施設の方を見に行ったら、人の出入りが頻繁にあった。
やはり、住民の関心を集めているようだ。
「結構な数の住人が出入りしてたわね」
「住人だけじゃないです。身なりからして、冒険者やハンターの人も多かったですよ」
「冒険者やハンターは出先で怪我の治療ができるかどうかが生死を分けるからな。ほかの人間よりも熱心になるんだろう」
「暴れたりしないといいんですがにゃ」
「暴れたら出入り禁止になるんじゃないのか? 国の兵士が守っているっていうことは国の所有物ってことだし」
「そういえばそうですね。できる限り、多くの人が簡単な回復魔法を覚えてくれるといいのですけど」
「確かにな。……さて、これからどうする? あまり時間もないが」
「そうね……グラニエのところに遊びにいく、っていうのは?」
「……あまり気が進まないけど、挨拶をしないで帰ったことが知られたらなにを言われるかわからないか」
「ですにゃ。とりあえず、ハンターギルドの方に行ってみましょうにゃ」
この街のテイマーギルドは、ハンターギルド内と冒険者ギルド内に分かれて存在している。
一応、事務所としての役割を果たす独立した場所もあるらしいのだが、そこの場所を知っているのはテイマーギルドの所属員くらいらしい。
秘密にしているとかではなく、あまりにも目立たない場所にひっそりと存在しているので誰も気がつかないだけだとか。
そして、ハンターギルドにたどり着き、2階にあるテイマーギルド支部に顔を出すと……。
「あ~! フートさんたちじゃないですか! 帰ってきたんですね!! よくぞご無事で!」
「あー、ただいま、グラニエ。邦奈良に帰る途中で天陀にも寄ったから様子を見に来たんだが……」
「ちょうどいいところにきてくれました! 皆さんも座ってください、いまお茶をお持ちしますから!」
はて、ちょうどいいとはなんだろう?
全員が顔を見合わせるなか、グラニエは同僚と一緒にお茶を運んでくると、一冊の新聞を机の上に置いた。
「とりあえずお茶を飲んで一服してください。そのあとで説明いたしますので。あ、その間、テラとゼファーに触ってもいいですか?」
「……尻尾に触らなければいいってさ」
「おお、もうそこまでの念話ができるとは! 登録に来たときのちっこい姿とは似ても似つきませんね」
グラニエがテラたちと戯れている間にお茶を飲み干す。
そして新聞記事をのぞいてみるが……普通にテイマー関連の記事ばかりに見えるのだがな?
「あ、落ち着きましたか? では、この新聞の説明をしたいと思います。このページをご覧ください」
俺たちの世界でいう一面記事、そこには『2例目以降のフェンリル誕生!』とどでかい見出しがおどっていた。
ほう、これはこれは……。
「興味、ありますよね?」
「ああ。とても興味があるな」
「吾輩もであるにゃ。どこで誰が目覚めさせたのにゃ?」
「目覚めさせた地方はバラバラです。ただ、どのフェンリルも高位魔術師が長年相棒としていたレッサーフェンリルが進化したものだとインタビュー記事では書かれています」
「ふむ……そんなすぐには進化できないのか」
「あら? でも、フートって半年程度で進化させているわよね?」
「そうですよね? これってどういう違いでしょう?」
「そこのところを伺いたかったんですよ。ちなみに、この後輩はテイマーギルド新聞の記事担当者です」
「違い……違いか。あえて言うなら、くぐり抜けてきた戦いの数だと思うが……」
「でも、それだと普通のテイマーも当てはまりますよね」
「フート殿の『戦い』はわけが違うにゃ。格上の魔物であったり、同格であっても大量の魔物であったり、ときにはモンスター退治などもしているにゃ」
「……なるほど、戦いの『密度』が濃いと」
「そうなる。ただ、それを真似されても死人が増えるだけだしなぁ」
「私もそう思います。もっと具体的に違いがあったりしないでしょうか?」
「うーん……皆はなにか思いつかないか?」
「……ダメね、私は思いつかないわ」
「吾輩もダメにゃ。単純に戦闘回数を増やす、くらいしか思い浮かばないのにゃ」
「……あ、ひょっとしたら」
「ミキ、なにか思いついたことでも?」
「はい。フートさんって魔物をたくさん倒しているのでソウルもたくさん集めているじゃないですか。その差かな、と」
「ソウルの差、ですか? 一般的に従魔にはソウルは流れ込まず主人の成長に合わせて強くなるのですが……」
「……いえ、その仮定、一理あるわ」
「グラニエ先輩?」
「いままでは誰も気にしていなかったけど、従魔にだってソウルは流れ込んでいるはずなのよ。それは進化用にため込まれているとしたら……」
「……熟達したレッサーフェンリルでなければ進化できない理由になる……」
「そういうことよ! さあ、この仮定を記事にして上にあげなさい! ひとつの推論として認められれば研究はまた新しい段階へ進むわ!」
「はい! ありがとうございました、皆さん!」
グラニエの後輩さんは一礼すると勢いよくテイマーギルド内に戻って行った。
これからいまの話を記事に起こすのだろう。
いやはや、大変である。
「やっぱり、あなたたちと話すといい刺激をもらえるわ。この二匹も賢いしね」
「それはどうも。……そうそう、そろそろ俺たち邦奈良に戻るんだけど、なにか用事はあるか? 簡単なことだったらついでだし引き受けてもいいぞ」
「本当? 助かるわ! ほら! 記事の初稿はできた!?」
「もう少しだけ待ってください!」
「……記事の初稿を持たされるみたいにゃ」
「まあ、戻ったらテイマーギルドにも挨拶に行かなきゃだし、いいんじゃないのか?」
「ですね。というか、邦奈良に戻ったら行くところは山ほどありますよ?」
「ハンターギルドに帰還報告、ギルド連合に顔を出して学校運営に支障が出ていないかの確認、学校にも顔を出して現場の視察、あのアクセサリーショップに行ってアクセサリーが傷んでいないかのチェックでしょ。あとは……」
「国王陛下にも会わなきゃダメにゃ。そっちの取り仕切りはハンターギルドを始めとするギルド連合がやってくれるはずにゃ」
「……思ったよりも忙しそうですね」
「だなぁ」
「フートさん! 記事の初稿できました! これを邦奈良のテイマーギルド本部まで届けていただけますか?」
「テイマーギルドにも顔を出すから問題ないぞ。それじゃ、預からせてもらうな」
「はい、よろしくお願いします!」
グラニエに見送られてテイマーギルド支部を出たあとは天陀の街を出発するのでその登録をする。
そのときに、新人ハンターのパーティ3名を邦奈良まで護衛してほしいと頼まれたのだが……。
「どうする? 連れて行くとなるとハウススキルが使えなくなるが」
「フート殿の車なら1日半で邦奈良に着くと思いますにゃ。野営は一回だけですし吾輩は連れて行ってあげてもいいと思いますにゃ」
「そうね。私たちも普通の野営をたまにはしておかないと忘れるしね」
「ですね。練習はしてるんですけどね」
というわけで新人ハンターの護衛を引き受けることに。
出発は明日早朝ということにして、今日はいったん街の外へ出てハウス内でゆっくり休むことに。
さて、邦奈良はどう変わっているのかな?
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