41.お引っ越し

「フート殿は魔力視の力に目覚めつつあるようですにゃ。今度、時間があるときにでもお話ししますにゃ」


「魔力視?」


「魔力の流れを捉えることができるようになるそうですにゃ。これができれば、結界の流れを見たり魔法の前兆を見ることが可能になりますのにゃ」


「へぇ。今度調べてみるよ」


「そうしてくださいにゃ」


 ゲーテさんと一緒にギルドまで戻ったら、早速売買契約をすませてしまう。

 これであの家は俺たちのものになった。

 なぜか代表者は俺の共同名義だけど。


「さて、そうと決まれば引っ越し作業よ!」


「そうですね。私たち、あまり私物がないといえ、一週間でお引っ越しするのは初体験ですからね」


「まあ、そうでしょうにゃ。吾輩は慣れたものなのにゃ」


「そうなの?」


「ハンターが定宿を持っている事の方が珍しいいですにゃ。街にいるときは何泊分かの宿泊費を払い、仕事に行くことになったらさっさと部屋から出る。そんなものですにゃぁ」


「へー。宿が決まらなければ私たちもそういう暮らしだったんだ」


「そこは難しいところですにゃ。女の子の一人暮らしはいろいろ危険が伴いますにゃ。信頼できる宿……というか、下宿先を見つけるまでは吾輩たちと行動を共にしたほうがいいですにゃ」


「その心配もなくなりましたけどね」


「むむ……普通のハンターは家など購入しないのにゃ」


「そうなんですか?」


「ハンターは獲物を求めて移動する職業にゃ。場合によっては数カ月帰って来られないこともありますにゃ。その間の家の管理をどうするかという問題が発生しますのにゃ」


「あー、そこまで考えてなかったわ」


「まあ、君たちが新人ハンターの間はせいぜい二泊から三泊程度の距離しかいきませんにゃ。それなら心配いりませんにゃ」


「それなら安心……なのかしら。まあ、家は買っちゃったんだし、引っ越し作業を進めましょ」


 引っ越し作業を進めるといっても、まずは新居の方で修繕作業が必要なところがあるか調べる必要がある。

 全員で手分けして、一通り見て回ったのだが……。


「修繕箇所がひとつも見当たりませんのにゃ」


「普通、こういう場合って雨漏りとかで木が腐っていてりするものだよな」


「水回りもきれいそのものだったしね」


「アヤネさんと一緒に見て回りましたが、コケすら生えてませんでした」


「うーむ、本当に謎の家ですにゃ」


 ちなみに、俺たちはキッチンにあったテーブルに座って話している。

 これも年季が入っているが、アンティーク調でなかなかものだ。


「こういう家には大抵ナニカが棲み着いているものなのですにゃ」


「なにかってなによ……」


「家の家事を手伝う妖精や精霊の類いですにゃ。そういったものが前の主人のときから契約をしていて、今なおこの家を守っているのですにゃ」


「家の家事を手伝う妖精や精霊ねぇ。いればつじつまが合うんだけれど……」


『もし、私をお呼びでしょうか?』


「え?」


『家の家事を手伝う精霊がいるかどうかと聞かれたのでご挨拶をと……』


「これは驚きましたにゃ。本当に家事精霊がいましたにゃ」


『私、この家の管理を任されている精霊、シルキーでございます。どうぞよしなに……』


「シルキーといえば、気に入らない居住者は追い出すと聞くにゃ? 吾輩たちは合格かにゃ?」


『はい。もちろん合格です。家のことを大事に扱ってくれそうですので私としても本望ですよ』


「うん、どこで合格だったんだろう?」


『それは秘密でございます。あと、この家にはブラウニーたちも棲み着いております。引っ越し作業が落ち着きましたら、家の片隅、目立たないところにパンとミルクを供えてあげてくださいな。彼らも喜びますので』


「わかった。そうさせてもらうよ」


「さて、引っ越し作業ですがどこから始めましょうかにゃ?」


『できれば私の名前を最初にお願いしたく思います』


「え? あなた、シルキーじゃないの?」


「シルキーは種族名にゃ。名付きになるということは、その主人の魔力次第でさらに多くの力を持てますにゃ」


「ということは名前をつけるのはフートさんですね」


「……になるよなぁ」


『お願いできますでしょうか』


 さーて、なんて名前がいいかな?

 白いシルクのドレスを着ているけど、そこから連想するような名前はちょっとな……。

 逆に、緑色の髪から連想するような名前かな。

 緑、緑、エメラルドしか思いつかん。

 やっぱり白で、パールかな。

 呼びやすくてわかりやすいし。


「パールなんて名前はどうだ?」


『パール、でございますか? ちなみに名前の由来は宝石でしょうか?』


「ああ、一応そうなるけど……」


『ふふ、そういったところも前の主人と似ておりますね。前の主人は私の肌からサファイアと命名したのですよ』


「そうか、かぶらなくてよかった」


『それでは私、パール。誠心誠意をもって皆様にお仕えいたしましょう』


 その宣言が終わると、先ほどまで半透明だったパールが、実体化したように見えた。

 実際問題、先ほどまで浮遊していたのに、いまは地面に足をつけているし、一体どうなったんだろう。


「あら、私、ここまで成長するとは思ってもみませんでしたわ。種としての進化……なんでしょうかね?」


「吾輩もびっくりである。この手の儀式には潜在魔力も関わってくると聞くが……フート殿はどれだけの魔力を秘めているのであるかにゃ?」


「俺に聞くな。俺が一番驚いているんだから」


 何はともあれ、シルキーからハイシルキーとでも呼べる存在になったパールのおかげで引っ越し作業は無事進んだ。

 というか、めんどくさそうなすす払いとか拭き掃除とかが毎日くるたびに終わっているんだものなあ。

 引っ越し作業は終わってないが、部屋の片隅にお礼としてパンと牛乳を置いておいたら、翌日はもっときれいになっていた。

 家事精霊、すごすぎである。

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