第28話 あなたの傍にいつまでも File 10

静かに幸せな時が流れている。

あれから、リベは私の前にその姿を見せることはなかった。

どこかで聞いたことがある。死期を迎えた猫はその姿を愛しき人の前から消し去り、どこへともなく旅立つと……。


あの時リベは最後に私にさよならを言いに来た。

たぶん本当に最後の力を振り絞って、私に別れを告げに来たんだろう。

「ありがとう……リベ。そしてまた会う事が出来るのなら、また出会いましょうね。それまでは……」


夏が終わり、木の葉が舞い落ち、木々が全ての葉を落とし切った。

吹き付ける風は冷たい。でも心の中はとても温かった。

雄太さんと香さんの結婚の日取りも決まり、二人は式場でコンセルジュとの打ち合わせで次第に忙しくなってきた。

二人の結婚式の日取りは、3月の大安吉日の某日。

本当は6月のジューンブライドも狙っていたみたいだけど、やっぱり桜の花に囲まれた時期に式を上げたいという香さんの想いを雄太さんが汲んでくれたみたい。


「はい、雄太さん珈琲」

「ありがとう美愛」

「順調そうだね。結婚式の段取り」

「そう見えるか?」

「まぁね」ニコッと、ほほ笑んで返した。


「そうか、でも、本当は色々と難航してんだ。まだ席順やら、引き出物に料理、それになんだかビデオまで作成するって言う事になっちまって、物すげぇ大変なんだ」

「ほへぇ―、ビデをも作るんだ! どんなビデオになるんだろうね」

「俺は恥ずかしいから嫌だって言ったんだけど、香の奴面白そうだから作ろうて張り切ってるんだ。ホントまいったよ」


「ハハハ、それは大変なことで。ところで香さんは? ああ、今日はなんでも友達と買い物するからって出かけたよ。たぶん夕食は食べてくると思うけど」

「そっかぁ。そんじゃ今晩は私が雄太さんのために腕を振るいますか!」

「お、本当か。なんか久しぶりだな美愛の手料理」

「期待している?」

「ああ、期待したい」


「じゃぁ、期待して待ってて」

とは言ったものの、冷蔵庫を開けるとなんかピンとくる食材がなかった。

「う――ん、買い物ちょっと行ってこよっかなぁ」

「ん、買い物か? だったら一緒に行こうか。俺も気分転換に外に出て少し歩きたい気分だ」

「うん、それじゃ……一緒に行こうか」

マイバックを片手に私と雄太さんは外に出た。


思いのほか外は寒く感じた。

「寒いねぇ」

「ああ、ホントだ」そう言いながら雄太さんは私の肩に手をやり、グイッと自分の方に寄せた。

二人の躰がくっ付いた。

「これなら少しは温かいだろ」

「……う、うん」

温かいというか、顔がポット熱くなって来た。


「いいのぉ? 結婚前の人が女子高生にこんなことしちゃって」

「ああ、お前は特別だ。それとも嫌か?」

「…………ううん。嬉しい」

心臓がドキドキしちゃってる。雄太さんの香りが、私を包み込んでいく。

このままずっとこうしていたいな。

出来ることなら……。許されるのなら。このままずっと。


「なぁ美愛」

「なぁに雄太さん」

「お前もうじき卒業だろ。進路もう決まってんだろ。大学。行くんだろ」

「そうだねぇ―。大学かぁ。行くみたいだよ」

「なんだよ、その行くみたいだよって。まるで他人事みたいだな」


「そうかなぁ」

「そうだよ。ところで、もう決まってんだろもうじき試験なんだから。都内の大学か? 早稲田か? それとも慶応か? まさか東大狙っているなんて言うんじゃねぇだろうな」

「なははは、東大かぁ。そんなとこもあったねぇ」

「おいおい、もったいぶらないで教えてくれたっていいじゃねぇか」


「う―――ん。そうだこれに答えたら教えてあげる」

「ん、なんだよ」

「雄太さん。」

「うん」

「今晩の夕食何が食べたい?」

「へっ? それとどういう関係があるんだよ」

「別に、いいじゃない。何が食べたいの? リクエストにお答えしますよ」


「あのなぁ、話題すり替えてんじゃねぇんだよ」

「別にぃ、すり替えてなんかいないよ」

「そうかぁ。それじゃ、寒いしなぁ、何か温かくなれる物がいいかな」

「それじゃ、お鍋?」

「う――ん鍋も捨てがたい気もするけど、肉も食いてぇな」

「そっかぁ、じゃ、決まりだね」

「で、何にするんだ」


「ンもう今の雄太さんのリクエストだったらもう決まってるじゃない」

私たちは声をそろえて言った。


『すき焼き』


「でしょ」

「だな」


スパーで私たちは二人ですき焼きの材料を選んで籠に入れる。

「お肉ちょっと奮発しようか?」

「げ! たけぇんじゃねぇの」

「そぉかなぁ。たまにはいいんじゃない。ぜったいこっちの方が美味しいって。私たち二人でちょっとした贅沢しちゃおうよ」


じぃ―――と雄太さんの目を見つめると

「ま、いいかぁ。どうせ香りもうめぇもん今日はたらふく食ってくるんだろうし」

「そうそう、私たちは私たちで美味しいもの食べようよ」

「ああ、そうしよう」ポイッと籠にお肉が入った。


レジに行き、会計をすると結構な金額を請求された。やっぱ、あのお肉が効いてるんだと思ったけど、ま、いいかぁで流すあたり、前の私からすれば、大分贅沢が身につき戻っているような気がした。

でも……今日は特別なんだから。そう自分にも言い聞かせた。


帰ってからすぐに夕食の準備に取り掛かった。

「ねぇ、雄太さん。まだ時間かかるから先にお風呂入ってきたら」

「そうか、そうするか」と言いながらチラッと私の方見て


「一緒に入るか……」


「えっ! マジ! それってマジやばいよ。問題発言。香さんにチクるよ!」

「げっ! 今のなし」

「うん、今のは無で……」

んっもう雄太さんの意地悪ぅ! 胸がドキドキしちゃってるじゃないのぉ。


「冗談言っていないで早く入ってきてよ」

「はいはい分かったよ。これ以上怒らせると香よりこえぇもんな美愛は」

「馬鹿!」



でもさ、本音を言えばちょっと嬉しかったかなぁ。

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