第一対決 VS 恋心 ―15
そんなサレナの言葉に、ヒースは思わず激発し、声を荒げて叫ぶ。
「無茶苦茶言うんじゃねえよ! お前、自分が何言ってるかわかってんのか!?」
しかし、その剣幕に動じることもなく、サレナはあくまで平然とした態度で応じる。
「わかってるわよ。一度決まってしまった部屋割りも、学院からのこういう私達への嫌がらせ目的の"決定"も、どうやっても覆せないことはね。だったら、諦めて前向きに受け入れていくしかないんじゃない? それともヒース、あなた私と相部屋になりたくないからってだけで退学して出て行くつもり?」
「…………ッ!」
サレナの指摘に、ヒースは一瞬言葉を詰まらせた後で、吐き捨てるように答える。
「そんなこと、出来るわけねえだろ……!」
「そうよね。私も同じ、退学するつもりは毛頭ない。どっちも出て行くつもりもないし、出て行くことも出来ないのなら、選択肢は一つしかないでしょ」
「…………!」
確かに、理屈で考えればそうするしかない。思えば最初から抗いようもないことではあった。
「――いや、やっぱり無理だろ、どう考えても! 大体、お前は本当にそれで大丈夫なのかよ!? 普通、もっとあるだろ!? 拒否感とか、嫌悪とか、恐怖とか、色々と! よく考えろよ! 男と相部屋なんだぞ!?」
しかし、ヒースはなおも食い下がろうとする。どうにも、倫理的な面での激しい抵抗感から抜け出せないようだった。
とはいえ、それも当たり前であるし、言うまでもなくヒースの反応の方が人として正しいことは間違いがないだろう。
「うーん、そこら辺は別に……っていうか、これまでずっと弟や妹達と一緒の部屋だったし、時々みんなで固まって寝てたりしてたから、こういうの慣れてるのよね」
「どう考えてもそんなのと一緒にしていいレベルじゃねえだろ!?」
どこまでも暢気にそんなことを言うサレナへ、ヒースからの渾身のツッコミが飛んできた。
しかし、サレナはそんなツッコミに対して何故かドヤっとばかりに自慢げな表情になって反論する。
「ふふふ、そうでもないわよ? 何故なら、私は二つ下の弟のアカシャともこの歳になってもたまに一緒に寝てたからね! 男の子には免疫があるのよ!」
アカシャは毎回顔を真っ赤にして頑なに抵抗していたけども、あの子を抱き枕代わりにするとメチャクチャ安眠出来るからついつい一緒に寝たくなっちゃうのよね。
サレナが孤児院での日々を懐かしむようにそう言うと、
「いや、どう考えても何の根拠にもならないだろそれ!? というか、アカシャくんの内面色々歪むぞ!? 大丈夫か!?」
ヒースは割と本気のトーンで、顔も見たこともないサレナの弟への心配を籠めたツッコミを返してきた。
あははは。そんなヒースの様子がおかしくて、サレナはつい普通にころころと笑ってしまう。
確かに、年頃の男女が相部屋にさせられそうになっているというのに、この態度はあまりにも暢気過ぎるだろう。
それはサレナ自身の感性が少し普通より天然でズレ気味というせいでもあるにはあったが、一応他にも理由はあった。
サレナは前世のゲームに関する記憶から、少なくともヒースが自分に対して襲いかかってきたりはしないということを全面的に信じられているのだった。
本来ゲームにおいてこのイベントは、今とは全く逆でむしろ
そして、
その上で、最後まで律儀かつ真面目にそれを守り通してくれる、ヒースとはそんな男の子なのだった。
結局、グレて
そして、それがわかっているからこその、今のサレナの暢気な態度でもあったのだった。
しかし、サレナが一方的にそう信じられているからといって、ヒースの方ではその理由がわからないのだから、未だに諦めてこの状況を受け入れるということが出来ない。
「……ふざけんなよ」
あまりにも暢気しているサレナに遂に業を煮やしたのか、ヒースは最終手段に出る決意を固めたようだった。
感情に任せて怒鳴りつけるようなそれではない、低くドスのきいた、明確に脅しつける意図を籠めた声でヒースはそう言うと、
「――――!?」
サレナの身体を軽く、後ろへ突き飛ばしてきた。
突然の不意打ちと体格差から、サレナは抵抗も出来ずに背後にあったベッドの上へ尻餅をついてしまう。
「ちょっと、何すん――」
サレナの抗議の声が最後まで発せられる前に、それを遮るかのようにヒースが一気に近づいてきて、サレナの背後にある壁へ鈍い音と共に手を突き立てた。
その手は丁度サレナの顔の真横を通り過ぎる軌道で突き立てられたので、一瞬サレナはもしかして殴られるのかと思い、少し身構えてしまった。
しかし、どうやらそれは勘違いだったらしい。というか、それよりも更にタチの悪い行動だったかもしれない。
顔の真横に突き立てられた手に向けていた視線を前に戻したサレナは、いつの間にかヒースの顔が自分の真ん前、とんでもなく近い距離にあることに気づいて思わずぎょっとする。
ヒースの強面ながらもどこか整った美しさのある顔面がどアップで迫ってきて、思わずそれにドキドキする……というよりは、むしろ何だか息苦しさをサレナは感じてしまう。
これは、あれか。ここに来てようやく、この状況にピンとくるものをサレナは思い出した。
(俗に言う、『壁ドン』ってやつか!?)
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