第一対決  VS 恋心 ―12

「なんだってんだよ、チクショウ!!」


 ひとまず部屋に戻ってきたはいいものの、まだ怒りが冷めやらぬらしいヒースは備え付けのベッドを思いっきり殴りつけた。

 殴っても傷つく可能性の低い備品を選ぶ辺り、そこまで理性を失っているわけでもなさそうだが。


「あんたそっちのベッド? じゃあ、私こっち貰うわね」


 一方サレナはといえば、そんなことを言いながら部屋の入り口側から見て右側のベッドに向かうと、ひょいっとそこへ腰掛ける。


 学院寮の二人部屋の間取りは、部屋の左右にそれぞれのベッドが置いてあり、その横にそれぞれの机も置いてあるという非常にシンプルなものだった。窓も机の前に一つずつ。

 わかりやすく言うと、ちょうど左右対称に家具が設置されて並んでいる二つの部屋の間の壁を無くして一つの部屋にしたような形であった。


「……テメェはよくそんな落ち着いてられるな。見ず知らずの男と相部屋にさせられそうになってんだぞ、普通ちょっとは焦ったり拒否反応示すところじゃねえのか」


 ヒースはその凶悪な目つきでサレナを睨みつけながらそう言ってきたが、その声は怒っているというよりも呆れや戸惑いの感情を含んだものだった。


「焦ったところでどうにもなんないでしょ。拒否しようにも出来ないこともさっきので十分わかってるしね。あと、ルームメイトなんだからいい加減『テメェ』とかじゃなくて名前で呼んで欲しいんだけど。ああ、それとも自己紹介しといた方がいい?」


 そう指摘されてもあくまで飄々としながらサレナは応じつつ、そんなことを提案すると、


「チッ……いらねえよ、そんなもん。お前、サレナ・サランカだろ? あんな新入生代表挨拶かまして、食堂でも一騒動起こして目立ってたからな。新入生でお前の名前を知らない奴の方が少ないんじゃねえか」


 ヒースはサレナの落ち着き払った態度が気に食わないのか、多少の苛つきと共にそう返してきた。


「あっそう。それは光栄だわ。じゃあ、私の方もあんたの名前はもう覚えてるから、これで自己紹介はいらないわね……ヒース・ライラック?」


 まあ寮監の前で自分の名前告げてあれだけ怒鳴り散らして抗議すれば、そりゃ誰でも覚えるわよね。

 皮肉っぽくやり返すようにサレナがそう告げると、ヒースはさらに目つきを強めてサレナを睨みつけてきたものの、これ以上やり合う気はないのか舌打ちだけを返してきた。


「なんだってこんな奴と相部屋組まされなきゃなんねえんだよ……! "学院の決定"だと……!? クソッ、一体何がどうなってんだよ……!!」


 それから自分も残った方のベッドへ乱暴に腰掛けると、苛立ちも露わに自分の頭をかきむしりながら吐き捨てるようにそう言う。

 その言葉を聞いて、サレナは"意外"とでも言いたげな声を作って、現状確認のために問いかける。


「何がどうなってるかなんて、わかりきってるんじゃないの? ヒース、あんたさっき寮監に向かって、私と相部屋になりたくないあまりに自分が何て言おうとしたのか思い出してみなさいよ」

「ああ? そんなもん、『こんな学院とこ出てってやる』って――」


 そこで何かに気づいたのか、ヒースはつい真面目に答えようとした言葉を途中で止めた。


「つまり、そういうことでしょ。私達を相部屋にすることで、私かあんた、あるいは二人ともに学院を辞めて欲しい誰かが"学院の決定"ってやつを出せる中にいるんでしょうよ」


 サレナはそう言いながら、同時に脳裏で思い返す。


 この推測自体は論理的に考えれば誰でもすぐにそうだと気づけるものだが、実はそれが事実であるという裏付けもサレナは既に得ていた。

 何故ならば、これはナイウィチのゲーム内においても発生する事態イベントだからである。

 この攻略対象キャラクターである『ヒース・ライラック』と相部屋になってしまうというイベントは、ヒースを攻略するルートを選ぶ選ばないに関わらず本編の共通ルートの中で強制的に発生するものである。

 このやや不良ワルっぽく粗暴な同級生となし崩し的に共同生活を送っていく内に、最初は彼に対して怖がり、怯えていた主人公サレナも徐々に打ち解け、その不器用ながらも心優しい内面に触れて心惹かれていくというのが、ヒースとの恋物語の醍醐味となっていたりする。

 だが、ゲーム本編の物語においてそれは別にそうやってヒースと主人公サレナをくっつけるためだけにそんな状況が設定されたのではなく、最初は別の思惑でそう仕組まれたものが結果的に二人を結びつけるのに一役買うことになったというものになっている。

 そして、ゲーム本編内で描写されるその"別の思惑"というのが、先ほどサレナが言ったように『どちらか、あるいは両方を学院から自主的に退学させたい』というものなのだった。


「まあ、仕組んだのは学院上層部の『守旧派』でしょうね。恐らく、だけど」


 サレナは肩を竦めてそう言った。

 さっきの推測の続きという風にしておいたが、実際それは前世の記憶から判明している事実だった。


 守旧派。魔術士界――イコールで貴族界における古くからの伝統や慣習、貴族としての家格や血脈、権威を何よりも重んじる思想の人間達。

 学院の上層部に存在しているそういった層から、どうやらサレナとヒースは二人ともあまり快く思われていないようだった。

 仲良く揃って自主退学して欲しいと願われ、こうした嫌がらせを受ける程度には。


「けど、ま、そうされる心当たりは大いにあるんだけどね。ちなみに私は特別に入学を許された平民で、それも親の顔すら知らない、生まれた時から孤児院育ちだもの。そりゃ、伝統ある貴族の学院に相応しくないってことで、追い出したい人間も多いんでしょうよ」

「…………ッ」


 それを聞くヒースの方が気まずさに多少狼狽えてしまう――そんな生い立ちを、何ともあっけらかんとした様子でサレナは口にした。

 ゲームのサレナは事あるごとにそれを気に病んでは落ち込み、学院側からのこうした嫌がらせに傷ついていたが、今のサレナにとっては別にどうということもなかった。

 親はなくとも孤児院の先生達に立派に育ててもらったし、自分の生まれに恥じるところは何一つないと思っている。

 平民であるということも特に気にしたりもしていない。

 自信を持って堂々としていることこそが愛しのカトレアさまに好まれる態度であるし、実際わざわざ意識せずともそう振る舞うこと自体が今のサレナの性格には合っていた。

 良く言えば芯が強くてブレない精神性であるが、悪く言えば図太くて暢気な性質たちなのだった。


「あんたの方でも、それについての心当たりが一つや二つはあるんじゃないの?」


 そして、その悪く言えば図太い方の性質を発揮しながら、サレナはヒースに向かってそう言葉を投げかける。

 しかし、それを聞いたヒースの方ではその質問の無神経さよりも、それで浮かんだ心当たりの事柄に対する怒りの方が勝ったようだった。


「――そうか……! そういうことかよ! あのクソ野郎共め!!」


 激しい憤りと共に吐き捨てるようにそう言うと、ヒースはベッドを何度も何度も殴りつけた。まるで行き場のない怒りをそこにぶつけるように。


「…………」


 サレナは普通の人間ならば怯えて逃げ出しそうな程のその逆上ぶりを黙って眺めながら、流石に自分の無神経さを反省しつつ、そんな状態のヒースに対して少し同情の念を覚えていた。


「……話したいことあるなら、聞くわよ」


 そして、一通りヒースが怒りを発散して落ち着いたと思われるタイミングで、そう声をかけた。


「……あぁ?」

「あんたの事情、誰かに話したいんじゃないかと思って」


 まだ多少の苛立ちが残った態度で威嚇するようにこちらを向いたヒースへ、サレナはそう言う。


「誰がこんなもん、好き好んで誰かに話したがるんだよ……!」


 それに対して、ヒースは噛みつくようにそう答えた。

 確かに、恐らくサレナの"誰もが気まずくなる生い立ち"と同じレベルと思われる、学院の守旧派から睨まれる原因となるような何らかの薄暗い個人の事情というものを自分から明かしたがる人間はいないだろう。

 サレナにだってそれくらいはわかっている。

 だけれども――。


「……話すことで少しは楽になるものっていうのも、あるんじゃないかと思ってさ。あんたが気に食わないなら、言い方も変えるわ。私は知りたい。少なくとも、これからルームメイトになるかもしれない相手の事情は、どんなものであれ知っておきたいって思う。だから――」


 サレナは優しく、相手を安心させられるように微笑んで、言う。


「教えてくれない? ヒース……あなたの事情。私もさっき話したんだからさ、お返しってことで」

「…………」


 そう言われても、ヒースはしばらく何かを考え込むように無言のままだった。

 しかし、やがてサレナのその笑顔と言葉に毒気を抜かれたのか、若干険の取れた顔になると、嘆息しながら言う。


「……あんまり面白い話じゃねえぞ」


 そう前置きしてから、ヒースはぽつりぽつりと語り始めた。

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