第一対決  VS 恋心 ―8

 さて、そのためには、一旦ナイウィチ本編内におけるアネモネというキャラクターについてのデータをおさらいしておこう。


 『アネモネ・ラナンキュラス・バートリー』。


 高名な魔術師を多数輩出してきた大貴族であるラナンキュラス一族、その分家筋にあたるバートリー家のご令嬢。

 そして、ラナンキュラス一族の本家であるギルフォード家の子息であるアドニスの従姉妹である。


 彼女についてのパーソナルデータは正直それくらいしか存在しておらず、ゲーム内においては本当にサブキャラもいいとこだったりする。

 何故ならば、彼女が物語に関わってくるのはアドニスを攻略するルートのみなのである。他のルートでは全く登場してこない。


 ただし、その代わりに、アドニスルートにおいては"お邪魔キャラ"として八面六臂の活躍を見せてくれる。


 アネモネがどうしてサレナの邪魔をしてくるのか、理由は色々とある。

 平民でありながら特別扱いで入学してきたサレナが気にくわない。

 そんなサレナと、従兄弟ながらも実の兄のように慕い、また向こうからも可愛がってもらってきたアドニスお兄様が惹かれ合い、恋に落ちるというのが許せない。

 そんな理由から度々アネモネはサレナに突っかかってきて、隙あらばその評判を下げようとしたり、笑い物にしようとしてくるのだ。


 なので、何というか、放っておいたら率直に言って非常に"うざったい"ことは間違いないだろう。


 だがまあ、別にそれはそれで構わないと言えば構わなかった。

 ゲームのサレナであればそういうものに一々傷ついてしまうのかもしれないが、今のサレナならば突っかかってこられるのは全部無視するか実力で黙らせればいいだけだし、アドニスとくっつくつもりは毛頭ないのでその点においても邪魔されて困ることはなかった。むしろ積極的に邪魔してくれとお願いしたいくらいだ。


 しかし、実はそんな風にアネモネがサレナの邪魔をしてくる理由の中に、今のサレナにとっては一番重大で、どうしても無視出来ないものが存在していた。


 アネモネは従兄弟であるアドニスに非常に懐いているし敬愛もしている。しかし、不思議なことに恋愛感情のようなものはまったく抱いていない。

 まあ、歳が近いこともあって小さい頃から本当の兄妹のような関係で育ってきたのだろうし、本家と分家とはいえ同じ一族でそういう感情を抱くのにも忌避感があるのかもしれない。

 なので、アネモネがアドニスルートにおいてサレナの邪魔をしてくるのも、恋愛的な嫉妬ではなく、単にサレナのようなどこの馬の骨ともしれない平民が"敬愛するお兄様"とくっつくのが気に入らないことが主な理由となっている。


 そして、アネモネはまた、ナイウィチにおけるライバルキャラであるカトレアさまとも大貴族同士、幼少期から交流があったので、お兄様と同じくらいにカトレアお姉様のことも慕い、敬愛していた。

 いや、それどころか、それは割と、単に"仲良くしてもらっているお姉様"という関係性への感情を若干超えているような節があった。

 とにかくゲーム内におけるアネモネは、カトレアお姉様のことが大大大の上に更に大を重ねるくらいに大好きであるということになっていた。

 どちらかと言えば、アドニスよりもカトレアさまへの情愛の方が大きく描写されていたくらいだった。それは、もはや崇拝に近いものがあったかもしれないと思うほどに。


 さて、それでは、このアネモネの"カトレアさまへの異常な愛情"と、"お邪魔キャラ"という役割が合わさった時、一体何が起こるのか。

 なんとアネモネはサレナの恋路を妨害し、またカトレアお姉様を自分の血縁へと迎え入れてより本当の姉妹関係に近づかんとするために、と行動し始めるのである。


 そのためにアネモネはアドニスルートにおいてことあるごとにサレナとアドニスの仲を引き裂こうとし、また一方でカトレアさまとアドニスの仲を進展させようと暗躍するという八面六臂の活躍ぶり。

 そんな風に少女漫画的な波乱の展開を非常に盛り上げてくれる、まさに名バイプレーヤーとも言えるキャラクターがアネモネなのだった。

 そりゃ一ルートにしか登場しないサブキャラなのに妙な人気も出るというものである。


 しかし、そんなアネモネも最終的にはそのような取り巻きの力なんかも駆使した暗躍の数々が途中でアドニスとカトレアさまの前で明るみになってしまい、それがプライド高く正々堂々とサレナと争いたかったカトレアさまの逆鱗に触れ、滅茶苦茶にお叱りを受けた上で絶交宣言まで出されて失意の内に物語からフェードアウトすることになってしまう。

 自業自得とはいえ何とも哀れな末路、その姿も妙に涙を誘うものがあって憎みきれなかったりするのだが。


 とはいえ、それはあくまでゲーム内だけの話。

 それが現実の世界である今となっては、サレナにとって暢気に構えてばかりもいられない。


 アネモネがサレナとアドニスの仲を引き裂こうとしてくる。

 それはいい、大いに結構、是非やってくれとお願いしたいくらいだ。


 しかし、カトレアさまとアドニスをくっつけようとする方はまったくいただけない。

 そればかりは全力で阻止しなければならない。


 何故ならば、自分が結ばれたいのはアドニスなんかではなくカトレアさまの方なのである。


 となると、カトレアさまを他の男とくっつけようと行動するような存在は到底看過できるものではない。

 果たしてこの世界でのアネモネがゲームと同じような行動をするのかはともかくとして、その危険性を見過ごすわけにもいかない以上、何かしらの手を打っておく必要があった。

 ということで、食堂の一件の後で色々と考えを巡らせた末に、サレナはアネモネについての方針をこう決定した。


 敵に回してしまうくらいなら、そうなる前に味方に引き入れてしまおう。


 つまり、アネモネと"友達"になってしまえば、彼女が自分の目的にとって不利益となる行動を取ったりしなくなるかもしれないし、またその行動を取ろうとするのを事前に防ぐことが出来るかもしれないというわけである。


 そう考えついたサレナは、頃合いを見計らってメッセージを持たせた使い魔をアネモネの元へ送り、放課後の裏庭へとこうして呼び出した。

 そして現在、というわけである。


「…………」


 サレナはイラスト集に夢中なアネモネを見ながら、改めて考える。


 アネモネと友達になる計画について、勝算はあった。

 彼女のゲーム内におけるカトレアさまへの"崇拝に近い愛情"を思えば、そこの部分を上手く利用して懐柔し、仲良くなることは容易だろうと思っていた。


「……こっ……こんなにも素晴らしいものを所持しているだなんて……こんなもの、一体どこで手に入れましたの……!?」


 ようやくイラスト集を眺めるのに満足し終えたのか、興奮で息を荒くしつつ、アネモネが驚きを多分に含めた疑問を投げかけてくる。


「全部自分で描いたのよ。私が、一人で」


 それに対して、サレナはあっさりとそう答えた。


「あ、あなたがこれを……!? 全部、一人で……!?」


 アネモネは再び驚愕と共に、イラスト集へ目を落とす。

 そして、次に、信じられないものを目の当たりにしているような視線をサレナへと向けながら、震える声で問いかけてきた。


「サレナ・サランカ……あっ……あなたは……あなたは一体、何者なの……!?」


 その問いに対して、サレナはふっと微笑むと、更にアネモネの方へと近寄って、その両手を自分の両手でぎゅっと握りしめる。


「さっきも言ったでしょう? 私達は"同志"。私もあなたと同じで、カトレアさまが大好きなの。大好きで大好きで、たまらないくらいに大好きなの。自分でこんな絵を描き溜めてしまう程に……ね。だから――」


 そうしながら、さっきから驚いてばかりのアネモネの目を真っ直ぐ見つめて、サレナは言う。


「だから、友達になりましょう! アネモネさん! 同じ、カトレアさまのことが大好きな者同士――カトレアさまの"大ファン"として! そして、カトレアさまの美しさや素晴らしさについて、今からでも存分に語り合いましょう!!」


 そう言われたアネモネはまず、もはや驚愕を通り越してしまったのか、何だか一気に気の抜けたような表情になり、


「サレナさん……」


 呆然とサレナの名を呟いた。

 しかし、徐々にサレナのその言葉の意味を飲み込み、理解したかのように、目に爛々とした光を灯し、感激に打ち震える顔へと変わっていく。


「サレナさん……!」


 握られた両手を強く握り返してきながら、アネモネが叫ぶ。


「サレナさん!」

「アネモネ!」


 サレナも即座にその名前を叫び返した。


 そして、二人は見つめ合ったまま激しく頷きあった。

 言葉はいらない。それだけで何かが通じ合ったような気がした。


 確かに、サレナがアネモネと友達になろうとしたのは、自分の目的の障害となりうる彼女を味方に引き入れておいた方が得策だという打算からでもあった。

 しかし、それ以上に、サレナは生前から個人的に、これだけカトレアさまのことを崇拝し、慕い、愛しているアネモネというキャラクターと"友人"になってみたいと考えていたのだった。

 そして、いつか飽きるまで二人でカトレアさまについて語り尽くしてみたいと思っていたのだった。


 何とも奇妙なことに、果たしてその願いを叶えられるチャンスはこうして現実のものとして訪れた。

 そして、願っていた通りに、見事にサレナはそれを成就させるに至った。


 友達が出来た。この世界で唯一、カトレアさまについて語り合える友達が出来た。


 そして、それは向こうにとっても同じだったらしい。

 彼女達は、まさしくお互いにお互いを欲していた同志なのだった。


 お互いに心のどこかが同調シンクロしたような奇妙な感動に包まれながら、二人の少女はしばらく熱い目で見つめ合い、何かを確認しあうように強く頷き合うのであった。

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