庭園に花は狂い咲き ―10

 予期せぬ再会に驚きと嬉しさを混ぜ合わせた複雑な感情を抱きつつも、しかしサレナはその時思わず別のことに気を取られてしまっていた。


(お姉様、だと……!)


 そんなあまりにも親しげな呼びかけを発したアネモネを、サレナはつい軽く無言で睨みつけてしまう。


 しかし、前世でプレイしたゲームとしての知識があるサレナは、当然二人の関係性についてもすでに知っているはずだった。

 カトレアさまとアネモネは大貴族同士であり、それぞれの家が国は違えど名家であるため、以前から家同士である程度の交流があった。

 それ故に二人も幼少期から幾度か面識を持つ機会があり、その際にすっかりカトレアさまに心酔したアネモネは、血の繋がりは全くないもののカトレアさまのことを『お姉様』と呼び慕っている。


 ゲームにおいてはそういう設定で、そしてこの世界でもそれは同様であるようだった。

 冷静に考えてみればたったそれだけのこと。

 しかし、実際に自分以外の女の子が愛しのカトレアさまに対して親しげな態度を取っていることに対して、サレナは軽いジェラシーが湧き起こらずにはおれないのだった。

 おのれアネモネ、どこまでもこちらを予測不能にかき乱してくれる。


「……騒ぎの原因はあなただったのね、アネモネさん。それと――」


 顔見知りが騒動の中心だったことに気づいたカトレアさまは軽く嘆息した後で、次にサレナの方を向いて言葉を詰まらせる。

 サレナが火龍討伐の時に出会った"恐るべき少女"であるということには気づいていつつも、この場でそのことについて話していいのか判断を迷っている。そんな表情であった。

 しかし、サレナはそれを「そういえばあの時ちゃんと名乗ってなかったから、自分サレナの名前を知らないのでは」という戸惑いだと誤解して、慌ててカトレアさまに向かって自分の名を名乗る。


「――あっ、わ……私は、サレナ……サレナ・サランカです……!」


 それは、サレナにとって夢にまで見た瞬間シーンの一つだった。


 ずっと追い求めてきた憧れの人に正しい場所で正しく出会い、自分の名前を名乗る。

 なんとまさしく、乙女ゲーム的な場面だろうか。

 騒動を起こしている自分を諫めに来たという全く予期していない形である上に、いささかムードには欠ける状況ではあるものの、それでも鼓動は我知らず高鳴ってしまう。頬にも熱が上る。


(ああ、カトレアさま……サレナわたしはあなたと出会いに、ようやく学院ここまでやって来ましたよ……!)


 そう思うと、何だか目頭もじんわり熱くなってしまいそうだった。

 思わずこのまま時が止まってしまえと願うくらいに、その美しい姿と向かい合って名を告げるこの瞬間が運命的なものであるようにサレナには感じられていた。


 だが、当のカトレアさまはサレナがそう名乗るのを聞くと、何故だか少しだけ苦笑しながら、


「知っているわよ、サレナ・サランカさん。あなたの名前はね。あんな新入生代表挨拶を聞かされたら、覚えない方が無理だもの」


 そう告げられ、サレナは一気に顔を真っ赤にして思わず俯いてしまう。


 名前をすでに知って覚えていてもらえていた嬉しさやら、それなのに名乗ってしまったことやら。

 あの挨拶がカトレアさまの苦笑を招いてしまったことに対する恥ずかしさやら、たとえ苦笑であっても麗しすぎるカトレアさまの笑顔に覚えてしまったときめきやら。

 それら全部が一瞬で渦を巻いた複雑な気持ちがサレナの頬を紅くさせ、黙り込ませてしまった。

 自分ですらまったく自分らしくないと思ってしまうような初心うぶな反応が勝手に出てきてしまって、サレナ自身も戸惑っている。

 何だこれ。何だこれ。

 カトレアさまの前では以前出会った時のように自分に出来る限りの騎士ナイトっぽい振る舞いをしようと思っていたのに、いざこうして普通の状況で、改めて彼女を目の前にすると、全くそんなことが出来そうになかった。


「…………」


 そして、そんないきなり赤面して俯き、黙り込んでしまうというサレナの反応に、カトレアさまどころかさっきまで対立していたアネモネまで全く毒気を抜かれてしまって、困惑するしかないようだった。


 しばし、誰もが言葉を失った沈黙が流れる。

 しかし、いつまでもこのままではいられない。


「……とにかく、何を言い争っていたのか教えてもらえるかしら? その上で、私が間に入るから、互いに和解を――」


 いち早く何とか困惑から抜け出したらしいカトレアさまが、サレナとアネモネ、二人の顔を見比べながらそう言おうとした。

 その時――。


「――一体、これは何の騒ぎなんだい?」


 涼やかな男性の声と共に、新たな人影がその場に入ってきた。


 カトレアさまの時と同じく、その場を取り囲む人波が自ずから左右へと退いてその人物のための道を作る。

 しかし、その行動はカトレアさまの時のような畏怖だけではなく、むしろ高貴な存在に対しての敬愛から発生したもののようであった。

 それを証明するかのように、その人物の登場に対して一部女生徒から小さく黄色い悲鳴が上がる。


「なあ、カトレア? ああ、それにアネモネも……?」


 まずは親しげにカトレアさまに声をかけ、そしてアネモネとも面識がありそうな態度を見せる――その人物は、一言で表すならば"美男子"という言葉がそのまま形になったような人間だった。


 端正な顔立ちと、綺麗に切り揃えられた輝くような金色の髪は爽やかさと同時に薄らと高貴さを漂わせている。

 すらっとしたスタイルも男性的でありながら柔和さも感じさせて、その容姿はまるで物語から出てきた"王子様"そのもののようであった。


 そして、その身を包むのは全学生共通の男子用の学院制服だが、その上に纏うローブの色はどの学年のそれでもなかった。

 美しい光沢を放つかのような、眩いほどに純白のローブ。

 それは、この庭園ガーデンにおける至高の白エーデルワイスである証そのもの。


 その人がこの場に現れたのを見て、まずカトレアさまが何だか安心したかのような、ほっとした顔つきになった。

 そして、アネモネは気まずいところを見られたような恥ずかしさを混ぜつつも、隠しきれない嬉しさが溢れ出たかのような顔つきでその人を見る。


 最後に、その人の登場に気づいたサレナは――。


「…………ッ!」


 有り体に言えば"苦虫を噛み潰した"という表現が正しいような、まるで怨敵と突然予想だにしない遭遇を果たしてしまったような、そんな顔つきでその人物を呆然と眺めていた。

 それは、およそこんな誰もがうっとりとしてしまいそうな程の美男子に向けるものとは思えないような表情。


 最後にそんな顔をしているサレナと目が合い、その人は怪訝そうに顔を歪める。


「――そして、君は……?」


 向こうは未だサレナの名前を思い出すのに時間を要しているようだったが、サレナはもちろん、顔を見た瞬間にそれが一体誰なのか気づいていた。


 それは、出来るならばこの時、この場所で、一番出会いたくなかった人物。

 そして恐らく、一番最初に戦わなければならない"恋敵"。

 自分の願いを果たすためには、何としても越えなければならない壁。


 ああ、そうだ。

 何よりもわかりやすく表現するならば、ナイウィチにおける攻略対象キャラクターの一人にして"筆頭"。


「アドニス・ラナンキュラス・ギルフォード……!」


 サレナは誰にも聞こえないように小さく、まったく忌々しげにその名前を呟いた。







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    第一対決    VS 恋心(アドニス・ラナンキュラス・ギルフォード)


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