庭園に花は狂い咲き ―4

 でも、結局その後も名物娘のサレナの出発ということで街中から人が集まって通りに並んで見送ってくれて、それに一々答えてお別れの挨拶をしていたせいで、危うく出発の馬車に乗り遅れるところだったりしたのだが……。


 ――と、サレナは暇潰しの回想をそこでようやく締めくくった。

 どうやら、壇上で行われていた学長の長いお話が終わりを迎えた様子だったからだ。


(約束通り、早速みんなに手紙書かないとなぁ……とりあえずは無事に着いたという報告と……)


 ぼんやりと回想の余韻を引きずってそう考えつつも、サレナはさっきよりもしっかりと式典進行のアナウンスに耳を傾けておく。

 何故ならば、予定通りであれば、この次は――。


「それでは、次に新入生代表による在校生並びに教職員の皆様への挨拶に移りたいと思います。今年の新入生代表は――」


 アナウンスが、その名前を朗々と読み上げる。


「サレナ・サランカさんです! 壇上へお越しください!」


 そう、この次の行程はまさしく、サレナじぶんの出番なのであった。


 名を呼ばれたサレナは、まず事前に言われていた通りに「はい!」と大声でそれに返事をした。

 その返事によってその場の全員の注目が一斉に自分へと集まってくるのを感じながらも、サレナは努めて落ち着き払った態度を維持しつつ、並んでいた列から離れて規則正しく、ゆったりとした歩調で壇上を目指して歩いていく。


 そんなサレナに全員から向けられる視線の殆どはまず驚きを含んだものであり、それらはそのまま次に"信じられない"という疑いや、"ありえない"とでも言いたげな動揺や、あるいは興味深そうな感情を含んだ眼差しへと変化していった。


 それには理由があった。


 何故かというと、この魔術学院の入学式において代表挨拶を任される新入生代表とは、伝統的にが選ばれるものであったからだった。

 なので、大抵は毎年入学前からすでにある程度名を知られている実力者――多くは高名な大貴族の子息令嬢、その中から選ばれるものであるし、新入生も含めた在校生や教職員は代表となる候補を事前に何人か予測出来るようになっていた。

 その候補からであれば、誰が選ばれたとしてもここまでの驚愕の反応は起こらなかっただろう。


 しかし、サレナの名前は当然だがその予測されていた候補の中に影も形も存在していなかった。


 まったく無名の、謎の人物。

 しかし、新入生代表に選ばれる程の実力があるということは、必然的にそれ相応の教育を受けられるような貴族の生まれであることはまず間違いがない。

 だが、彼女が一体どこの貴族の令嬢なのか、それすら名前を聞いただけでは誰にもわからない。サランカなどという家名は誰も聞いたことがない。

 ならば、彼女サレナは一体何者なんだ――。

 それが、まず大半の人間の反応。


 そして、一部の人間の間にはそれとは違うもう一つの反応が起こっていた。

 一部の人間――それは、今年、十五歳になってから突然どうにも妙な魔力に目覚めた平民が、その未知なる魔力の保護と観察のためという名目で、学院に入学してくるらしいという噂を事前に仕入れていた情報通の人間達。

 彼らはそれこそが"サレナ"という少女であるということは知っていたか、あるいはその場で即座に気づいたが、しかし誰もその平民の少女が並み居る候補を差し置いて新入生代表の座を勝ち取るような規格外の存在であるとは予想もしていなかった。


 そして、今、自分に注がれている視線がであるということをサレナ自身も気づいており、


(ふっふ~ん♪ どや!)


 顔には一切出さずに真面目に澄ました表情を維持しつつも、内心ではかなりの優越感に浸っていた。


 そう。学院への入学を受け入れる代わりにサレナが提示した"交換条件"とは、まさしくこれだった。


 と言っても、別に『自分を入学式における新入生代表にしろ』などと直接的にったりしたわけではない。

 ただ、サレナは学院に入学する条件として、『他の新入生と同じように自分にも正規の手段で入学試験を受けさせて欲しい』とお願いしたのだった。


 ゲームにおける本来のサレナは、その未知なる魔力の保護が目的であったため、特別扱いとして入学試験はパスで入学してきたことになっていた。

 しかし、サレナは敢えてその流れを曲げて、入学自体は決定事項であるものの、ちゃんと全員と同じように採点、比較されるものとしての入学試験を受けさせてもらうことにした。


 そして、その理由とはまさしくこの『新入生代表に選ばれるため』であった。


 幸いにして、サレナの前世の知識にはこの(ナイウィチにおいて中々知る人も少ないマニアックなものとして)『新入生代表は入学試験の成績首位が選ばれる』という設定がきっちりと記憶されていた。

 カトレアさまに認めてもらえるような実力のある優秀な人間になる。

 そのためにこれまで頑張ってきた成果を、次は実際にカトレアさまへとアピールするのに、これほどうってつけのイベントがあるだろうか。

 サレナ・サランカという少女は、今年の新入生代表に選ばれる程の優等生である――そんな評判を最初にガツンと打ち立てられれば、カトレアさまの理想の騎士ナイト像に近づくという目標も一気に前進することは間違いがない。

 であれば、この絶好のチャンスをみすみす逃す手はなかった。チャレンジしてみる価値は大いにある。


 そして、サレナがその条件をもぎ取ってから実際に試験が行われるまでには数ヶ月の猶予しかなかったものの、みんなと同じように試験を受けたいという申し出に心打たれた人達からいただいた参考書や過去問をその短い時間で必死に勉強したサレナは、見事に入学試験トップの成績を収めることが出来た。


 しかし、実はサレナにはそれに対してある程度の勝算があった。


 すでに入門レベルとはいえ数々の魔導書を隅々まで読み込んでいたし、学問としての魔術がこの基礎の発展と応用であるならば、さほど苦労せずに入試レベルまでは到達出来るだろうという自信があったのだ。


 この点においてだけは、本来のサレナではなく前世の"私"としての才能が役立った。


 前世では、勉強というものに苦労をした記憶はなかった。大天才というわけではないが、少しの努力でそこそこいい大学に進学出来るくらいには自分は賢いようだった。

 そんな、"私"が天から与えられた唯一の才能のようなものを、今回ようやくフル活用出来たというわけだった。


 とにもかくにも、こうしてサレナは今回、完全なる自分の実力として新入生代表に選ばれた。

 そして、そうとあっては、誰にもそれに対して文句はつけられない。

 魔術についての知識と権益は貴族が独占しているとはいえ、そうであるからこそ、その囲いの中は完全なる実力主義の社会となっている。

 一度その中に入ってしまえば、たとえ平民だろうがその実力は認められ、尊重されなければならなかった。


 故に、サレナはまったく堂々とした態度で壇上へと進んでいき、そこへと登った。

 それは、ゲームでのサレナが抱いていた"特別扱いで入学した平民である"ということへの負い目や怯えなど微塵も感じていない、自信に満ち溢れ、まったく堂に入った優等生の態度だった。

 そんな、ゲームでのそれとは全く別人の、これまで三年もの時間をかけて必死にそうなろうと目指してきた人物――カトレアさまの理想の恋愛対象としての眼鏡にかなうサレナ・サランカとして、彼女は事前の打ち合わせで渡されていた挨拶の原稿を暗記したものを、一斉に自分へ突き刺さる好奇の視線にも一切臆さずに、凛々しく読み上げた。

 そして――。


「――――以上で、新入生代表としての挨拶を締めくくらせていただきたいと思います。ありがとうございました。……そして、最後に、私の個人的なご挨拶を一つ」


 そうやって最後まで詰まることなく立派に挨拶を読み上げた後で、しかしサレナは突然、渡されていた原稿には書かれていなかったことを話し始めた。


 それは、式典においてはまったく打ち合わせにない、予定外の出来事。


 全員に浮かんだ焦りと戸惑いで会場内が静かにざわめき始める中で、サレナはハッキリと、まるで何かに対して宣戦布告をするかのように、この場に居合わせた全ての人間に向かって、それを宣言する。


わたくし――魔術学院新一年生であるサレナ・サランカは、この学院でより魔術について深く学び、研鑽を積むことで自分を高め、その努力と実力の証明として、今年度の"至高の白エーデルワイス"に選ばれてみせるつもりです。それを踏まえた上で、どうか今後のご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」


 その言葉によって、会場は一瞬水を打ったように静まり返った。


 しかし、全員がその言葉を飲み込んだ次の瞬間には、そこかしこから驚愕と動揺、そこに多少の怒りや興味深さなども混ぜ合わせたような大きなどよめきが起こって、サレナ・サランカが入学したその年の入学式はしばし大混乱の様相に陥ってしまうこととなったのだった。

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