26話 太腿も好きだっ
我が高校の図書室は、以前から存在していたものとは別途に、今年から新たに体育館横に建設されて現在稼働を開始している。厳密に言えば学校図書館となるその館は、広大な敷地にものを言わせていて、かなりの規模を誇る。読書に適したテラス、学習スペース、書籍検索システムなど、足を運んだことは無いけれどまあ物凄いらしい。実際外観もかなり良い感じの雰囲気を醸し出しているし。
生徒により良い知識をより良い環境で、
という名目らしいが、まあそんな事はどうでもよくて。
問題なのは第二図書室。旧図書室。行き場を失った書籍が詰め込まれた押し入れ。東棟の1階、その端に位置する第二図書室という体のいい名前を与えられた場所。以前はただの図書室だったが、実際に足を運んだ印象としては狭いし、品揃えもあまり良いものではなかったと記憶している。更にはちょっと歩けば駅前に公立の図書館もある為、そりゃもう以前から利用者は壊滅的に少なかったのだが、今回の新装開店でいよいよ店仕舞い。いや、元々閉鎖予定だったか。
ともかく、用済みとなった一室と幾ばくかの書籍、そんな場所に何を拘る必要があるのか。
「金持ち、お嬢様、美少女、文学少女、巨乳……か」
依頼という名の責任の押し付けをされ、早速第二図書室に向かう道すがら、まだ見ぬ彼女に想いを馳せていた。
文学少女には大別して2パターンが存在する。気弱で自分の殻に閉じ籠る閉塞的なパターンと、文化人を気取って人を見下しているパターン。共通して言える事は、どちらも気難しいという事。
先生の話によれば業者が作業に入るのは、今週の土日らしい。
今日が月曜日だから含めて5日間程の短期決戦。となると図書室に通いまくって心を開いてもらうという戦法は使用不可。タイムリミット内で如何に会話を重ねるか、内容を濃密なものに出来るかが勝負になるだろう。
「あーあ、夏取ちゃん。今頃何してんだろうなあ」
それに今回の依頼はいつもとは毛色が違っている。
今まで自分が行っていたのは、言うなれば懐柔だったけれど、今回は説得をしなければならないのだ。それも俺の人生が金の暴力でデストロイされない程度には、穏便に事を進める必要がある。
我ながら面倒な頼みを引き受けたものだと呆れるが、失恋の痛みを癒すにはやっぱり新しい出会いが必要だろうと。
だが、高橋先生の持って来た話という点だけが、引っ掛かる。
「……あのポンコツ教師、ホントに何考えてんだか」
認めたくはないがあの最低教師は優秀な人物だ。教師として優秀、ではなく大人として優秀、人として優秀、対人的に優秀で、問題点を見通す面に於いては天才的と言っても過言ではない。そのくせ人に問題を押し付けるもんだから、本心から信用出来ない。というかあの人は多分自分で解決するのが面倒なだけだと思う。というわけで、今回もきっと何かしらの裏がある。
と、妄想すると面倒事も少しは楽しくなりそうな気がするんだよね。
実際、夏取丁のケースは非常に稀であり、現実的に考えても、あのような大惨事にはきっとこの先巡り会う事は無いだろう──もし仮に、もう一度、何かに出会えたなら、
俺はこの世界で、初めて恋に落ちる事が出来るかもしれない。
「まーあるわけねえよなそんなこと」
さてさて放課後の校舎を一人、とぼとぼ歩いてようやく目の前だ。
辿り着いた懐かしい場所は、東棟1階の端の端に位置する暗がり。かつて入り口にあった、話題の本の入荷情報が書かれたPOPなんかはもう撤去されていて、ただの無機質な扉がそこにはあった。
第二図書室の札さえもないその一室は、本当にこの場所で合っているのかさえも疑わしい。
「これじゃあ……誰も寄り付かんわな」
呟いて、取手に埃でも被っているんじゃないかとも思える扉を開いた。
現れたのは本棚によって適度に遮られた夕陽、オレンジと影の黒がコントラストになった一室。幻想的でロマンチックで、一枚の写真みたいな光景の中、
ではなく彼女──倉主琳が座していたのは、入り口からすぐの貸し出しカウンターだった。
「……ぉ、ぅ」
その状態に思わず変な声が漏れてしまって、慌てて口を閉ざす。
カウンターに足を乗せてはふんぞり返り、こちらには一瞥だってくれる様子も無く太ももを露わにし、パンツが見える可能性だって一切危惧している様子もなく、曲線美を披露する少女、
懐に置いた袋菓子を頬張りながら、器用に片手で本を読む少女が、そこにはいたのだ。
ボーイッシュ、というよりは凛々しく整った、頬に横髪が掛かるくらいの、黒の短髪。あどけなさの一切を排除し、整っていて、妖艶に気怠げが上乗せされた顔立ちは表情が無く、カバーも無い文庫本を捲る姿に、美しい太腿に、たわわに実った推定Dカップに、俺は思わず言葉を失っていた。
これがそう、俺と倉主琳の出会い。
期間限定の短い恋物語の始まりだった。
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