“言の鎖”

あんころまっくす

1

 今日も薄暗い部屋の中で目を覚ます。


 ごみの散らかった狭い部屋。もうずいぶんと電源を落としていないパソコンがナイトスタンドのように部屋の中をわずかに照らしている。

 締め切られた窓のカーテンの外は暗いな。じゃあ今は夜なんだろう。

 携帯端末でSNSのタイムラインを追ってちょっとくすっと笑い、ムカつくやつらに不愉快を吐き出し、そこそこ熱心にやり込んでいるアプリゲーを立ち上げて行動値を消費する。ベッドから出る必要はない。空腹感がないから今は食事の必要もない。うとうとしてきたらもう一度寝直せばいい。

 そう、時間に追われてするべきことなんて今の俺にはなにもない。

 クソみたいな会社に勤めていたがそれも半年前に潰れた。社長が金を持って逃げたのを倒産と言っていいのかわからないが、まあとにかく失業手当が貰えているのでどうでもいい。

 二十年近く朝から深夜まで安い給料でこき使われていた俺に彼女はいない。

 クリエイターになりたいなどと啖呵を切って家を飛び出したっきり親とも連絡をとっていない。

 会社で仲の良かった同僚も何人かいたが今は疎遠だ。それぞれ実家に戻って家業を継いだり、次のクソ会社に勤めたり、いつの間にか音信不通になったり、まあ色々だ。

 仕事は探していない。早く社会復帰しなくてはと思う気持ちはあるが、実際にやろうとするとほんの数分で億劫になり止めてしまう。

 失業手当もまだ当分貰えるし、収入がなければ公的保護を受けることもできるはずだ。ネット上にはその手のさまざまなノウハウが山のように転がっている。真偽のほどは定かではない、いやむしろどちらかと言えば怪しいもののほうが遥かに多いんだが、そこは自分を信じるしかない。

 それにしたところでいつか困ったら真面目に読もうと思ってブックマークだけつけて終わり。今からせっせとやるような気分にはなれない。

 そもそも俺は社会に、いや世界に必要なんだろうか。

 誰とも繋がっていない。残すべきものも、残すべき相手もいない。今日俺が心臓発作で死んだとしてもきっと三ヶ月くらいは誰にも見つからないだろう。

 仕事をしていないからだろうか最近やたらと存在価値の希薄さを感じる。でも生きている意味がないなら、誰からも生きることを望まれないなら、わざわざ苦しい思いをしてまで生きる必要なんてないんじゃないのか?

 むしろクソ会社で朝から夜中まで働いていた日々に戻ることに俺の存在価値があるっていうのなら、いっそ死んだほうが俺が幸せなんじゃないか?

 だけどわざわざ死ぬのも怖い。痛くない方法があればまだマシかも知れないけれど、今度は逆にそうまでして死ぬ意味もないような気がする。

 だから今日も結局なにもせずにアプリゲーを消化してネットで取り留めなく情報を享受して安い飯を食いエロ動画を見て眠くなったらベッドで目を閉じる。


 今日も薄暗い部屋の中で眠りにつく。

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