第58話 咲良のお相手を探せ!

 おれが安心してホッとしたその時に、その話題が来た。


「そういえばさ、昨日変な男がウロついてたらしいぜ」


 ビリッ、身体が電気通したみたいに反応した。


「うちのバーちゃんが買い物出た時聞かれたんだって。『このあたりで大人計画に行った子のお母さん知りませんか』とか」

「何それ! ヤバ」

「うさん臭え!」

「バーちゃん大人計画分からんくて、知らんて返事したけどー」

「ハハハハハ」

「イケメンだったらしくて帰ってかーちゃんにしゃべって、大人計画だって分かって」

「イケメンー! 怪しい!」

「そんなの言う訳ないじゃん、なあ」


 凄い鼓動が頭までうるさく響いてくる。


「そいつなんで探してんの?」

「あれじゃない? お相手探し!」


 ズドン!


 おれの脳はぐわんぐわんに揺さぶられる。


「え? 誰の?」

「花野咲良のだよ! そう言えば青野鷹也の方は全然書いてなかった」

「ネット?」

「うん。いや、俺は雑誌。店にあるから」


 咲良ファンでインタビュー全部見たチャレンジャーの猪瀬くんは、家が美容院だ。


「どういう話?」

「家来たら見せてやるよ。花野咲良、蔵野市役所で受けたんだって。それでお相手を探せ! ってタイトルで」


 なんだか気が遠くなってきた……


「うっそ、マジ?」

「オレも会えるかな?」

「それはどうかなあ~ファンとか近づかないようになってるんじゃないの~」


 咲良見たさに大勢の人が押しかける映像が見えた。


 そうだよなぁ、見たいよなぁ。

 蔵野市役所で受ける奴は絶対探すだろ。

 いや、それだけじゃない、全然関係ない奴が蔵野市役所に押しかけて、彼女を探す。

 一回目はもう終わったから、次こそはと……


「でもお相手なんて、一緒にいた奴が一言でもしゃべったらバレるじゃん。時間の問題だよ」

「そうだよなぁ。可哀想というか羨ましいというか」

「そりゃ羨ましいだろ~、なぁ?」


 おれの顔を見て同意を求める、満面の笑みで。

 とっさに「うん」とうなずいた。

 これは嘘だ。

 そしていつかバレる。

 嫌だ。こんなの────

 言ってしまいたい、本当のことを。

 相手はおれで、黙っていて欲しいと。「あのさ……」


「そりゃそうだろうけどさー、やっぱ可哀想だよ」

「何が?」

「お相手だよ。だってさ、勝手に選ばれて勝手に騒がれて、本人のせいじゃないじゃんな」


 そのまま、おれの声はスルーされて、言えないうちにどこかへ消えた。


 帰りに猪瀬くん家寄って、みんなで雑誌を見た。

 おれはあんまり雑誌って読んだことないんだけど、こんな風なんだ、と思いながら。

 表紙は黄色やブルーでカラフルかつ衝撃的な、ゴチャゴチャしたものなのに、中は白黒だったりして地味な印象。


 でもその記事は、見開きのページの半分はタイトルで、その下にも縦書きだったり斜めだったりする、大き過ぎる文字が目を打つ。

 そんな風だから内容のようなものは少しだけ、後は次のページに回っている。写りの悪い咲良の写真が事件を装って不快だった。


 何がしたいんだろう。

 あの時の男がこれを書いたんだとして、どうしてこんなことをするんだろう。

 咲良が何かした訳じゃない。

 おれが悪い訳でもない。

 なのにまるで悪いことでもしたように、追求しなければ気がすまないらしい。

 理解できない。

 意味がわからない。

 だから、怖い。

 この人は、一体何に怒っているんだろうか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る